陸と部利


 傭兵の陸と部利。通称リックとベリー。彼らは傭兵の間では少しは名の知れたコンビである。

 彼らは常に慎重かつ冷静。どんなに激しい戦争においても生き残り、決して無理はしない。傭兵におい

て死なないという事がもっとも重要である以上、彼らに敬意が払われるのは当然の事だ。

 二人は新たな戦の火種を聞き付け、ここハックルベンの街へとやってきている。

 ハックルベンはこの付近に数多くある自治都市の一つで、その数多い自治都市達は連合を結んで一つの

大きな国を形作っているのだが、その中でも1、2を争う程規模の大きな都市である。自治連合の筆頭と

も目されており、そんな都市から受ける仕事なら当然報酬もでかいに決まっている。

 ハックルベンは竜騎士の育成でも有名で、付近の森や山には野生の竜が数多く生息しており、竜騎士を

志す者が毎年数多く現れる事でも知られている。

 ただし竜騎士となるには数多の試練があり、数千人単位で現れる志願者達の中でも、合格できるのは僅

か数名程度だと言われている。

 何故そこまで難しいかというと、まず竜に慣れるというのに無理がある。何に付けても竜は怖い。その

上身体もでかければ力も強く、迂闊に近寄って尻尾でパシリと叩かれでもしようものなら、全身の骨は

粉々、下手しなくても人生はそこで終わりという寸法だ。

 噂では志願者の八割は毎年パシリとやられて悲しい結末を迎えているそうである。

 パシリとやられない残り二割の運の良い者も、その中のざっと九割は騎乗しようとして振り落とされた

り、餌と間違われてパクリとやられたり、そんなこんなで上手い具合に振り落とされ、これまた人知れず

脱落していく。

 運良く、更に運良くそういう事態にならずに済んだとしても、竜を飼い馴らすのは難しく、生き残った

大部分もこんなもんやってられるか命が惜しいと逃げ出してしまい。結果、残るのは数名のみという事に

なるのである。

 それほど危険であるのに竜騎士になりたい者が減らないのは、単純にもてるからだ。男でも女でも竜騎

士になれば特別待遇、選び抜かれた者という貴重さは常に尊重され、少々顔が悪かろうと太っていようと、

竜騎士という名さえあればもてはやされる。

 言ってみれば最高のブランドであり、竜に殺されない限りは一生愉快に暮らせるという訳だ。

 だから毎年最後の望みに賭ける者達が、数多くハックルベンを訪れるのだろう。

 竜というのは当然のように強い。そしてそれに乗る竜騎士も運悪く竜に殺されなければ、まあ人類でも

最強の戦士と言っていい。だから傭兵もその主に彼らのサポート役が与えられ、自然と戦死し難くなり。

その上報酬もでかいのだから、傭兵にとってハックルベンに雇われる事は非常に旨味がある。

 名立たる傭兵、リックとベリーが見過ごす訳がなかった。

「へい、リック。流石にハックルベンは賑わっているな、良い街だぜ」

「そうだな、ベリー。しかしあの竜ってやつはどうにかならないのか、怖くてたまらないぜ」

「ああ、俺もだよリック。でもあいつらのおかげで俺らは甘い蜜を吸えるって寸法だ。ここは一つ我慢し

てやろうぜ」

「そうだな、仕方ないな。じゃあともかく雇ってもらうか」

「おうよ」

 二人は早速役所へと向かう。

 傭兵になるにはその街にある役所やそれに類する機関に登録し、正式に街と契約をしなければならない。

いくら傭兵でも勝手にきて勝手になるという訳にはいかず、面倒な手続きを踏む必要がある。

 ここはよく誤解されるところだが、傭兵というのもなかなかに面倒かつ事務的な仕事なのである。

 何しろ政府や自治機関と契約しなければならないのだから、そりゃあ面倒という訳だ。

 二人は手馴れた調子で契約を済ませ、竜騎士を統べる竜騎隊長殿への挨拶に向かった。この挨拶という

のも非常に大事な仕事である。きちんと上司に良い印象を与えておかないと、いざ戦争という時に悲惨な

役割を与えられかねない。

 この竜騎隊長殿の一存で編成や仕事内容などが決まるのだから、せいぜいおだてて良い仕事をもらわな

ければならないのである。

 上司にかわいがられる事。これもまた一流の傭兵の条件と言う訳だ。

「うんむ、お前らが新しい傭兵か。良く鼻の利く奴らだ、気に入った。せいぜい儲けさせてやろう」

 竜騎隊長はごきげんに豪快に笑う。人に聞いた話では最近色々と調子が良いらしい。ならこの機会を利

用して取り入っておくのが傭兵の常套手段というものだ。

「隊長殿、俺らぁ何でもしやすぜ。隊長殿、いやさ隊長様の為なら火の外水の外でござーい」

「ええもう、あっしらぁどこまでも付いていきやすぜ、隊長様ぁ」

「うむうむ、殊勝な奴らよ。ならば早速仕事を与えてやろうか」

 陸と部利はしめしめと笑いあったが、その内容を聞いて内心うんざりした。しかし表面上は如何にも愛

想良く。

「おお、ありがてえありがてえ。早速仕事に取り掛からせていただきやすぜ」

「ええ、ええ。そんな細けえ事はあっしらのような者に任せておいて下さいよ、うへへへへ」

 と言い繕い。そう言いながらもさっさと出口へ向かっている。

「おいおい、冗談じゃねえぜ。こんな仕事やってられっか、さっさととんずらしようぜ、リック」

「ああ、全くだ。念の為に偽名使っておいて良かったぜ。さっさと逃げよう」

 竜騎隊長から命じられた任務は、ハックルベン付近にあるオードリー砂漠へ調査に向かった竜騎士が消

息不明となった為、そいつをすぐに探して来いというものだった。確かに大した仕事ではない。だが歴戦

の猛者である陸と部利にはその裏がはっきりと見えていたのである。

「まったく馬鹿げた話だ。なあ、リック。あいつらには竜がある。でも俺たちは?」

「徒歩」

「そうさ。大体捜索なんか竜で飛べばひとっとび、何も俺達が行く必要はねえ。時間もかかるし、金もか

かる。行方不明者の捜索なんか時間が勝負だってのに、わざわざ俺達を行かせるなんてどう考えてもおか

しいぜ。という事はよ、竜騎士でもびびっちまうような所へ俺たちを行かせようとしてやがんだよ。絶対

罠だ、罠」

「ああ、全くだぜ。多分誘き出して竜にでも食わせるつもりなんだよ。見たかよ、あの竜の目。絶対本気

だったぜ」

「おうよ、真の傭兵たるもの、慎重にいかねえとな。無敵のリックとベリーはそんな話にはひっかからね

えぜ」

「その通り、決して砂漠に行くのが怖いからじゃあないんだぜ」

「そうそう、それだけは間違いないんだぜ」

 こうして陸と部利は竜騎士達が仕掛けた罠を見破り、無事ハックルベンの街から生還したのであった。

 その後の噂では、ハックルベンは無事戦争に負け、竜騎士達も一人残らず竜に食べられ、戦争に勝って

浮かれて進入してきた兵達も竜に食べられ、ハックルベンの街は竜の巣へと変貌してしまったそうだ。

 これが後に言うハックルベンの黄昏の真相である。自分よりも強い竜を飼い馴らそうなどと馬鹿な事を

考えるから罰が当たったのだろう。そりゃあ普通に考えて人が竜に飼い馴らされる方だ。世の真理はこの

ように常に糺されるのである。



 陸と部利は新たな戦乱の火種を嗅ぎ付け、ここウッヘル村へとやってきた。

 ウッヘル村は牛馬の放牧で成り立っており、乳製品と良馬の産地で有名である。何にでも乗ってしまう

のが人間という事で、この村も村なりには賑わっている。

「よう、ベリー。やっぱり村ってのは良いね。俺ら傭兵もたまにはのんびりと洒落込まにゃあ」

「そうだな、リック。戦士にも休息は必要だ。まあ、すぐに戦が始まるけどな、うひゃひゃひゃひゃ」

「そいつぁ、傑作だ。うひゃひゃひゃひゃ」

 二人はにこやかに談笑しながら、役所の出張所を目指す。村だけに施設は非常に小さい。だがどこから

どう嗅ぎ付けたのか、今回はすでに大勢の傭兵が詰め掛けており、流石の陸と部利も二時間待ちという目

に遭わされてしまった。陸と部利もお役所仕事には敵わない。

「まったくついてねえな。こんなについてねえのはあれ以来だぜ」

「まったくだ。あれかそれ以来だ」

「待てよ、ベリー。あれ以来に決まってんじゃねえか。それってなんだよ、俺聞いてねえぞ」

「悪い、リック。俺にも色々あるんだよ」

「何だと、俺らコンビじゃねえか。それって最低だぜ」

「ふッ、いつまでもお前は子供だな、リック」

「この野郎ッ、もうお前なんかとはコンビ解消だ」

「良いさ、コンビ解消だ。いつかこんな日が来ると思っていたぜ、俺はよ」

 二人は別々に契約を済ませ、別々の方角へと歩き去った。コンビも長く続けていると色々ある。こうい

う事もあるのかもしれない。しかしこんな事でリックとベリーは解散してしまうのだろうか。

 だがそこはほれ運命の悪戯、別れた筈の二人はすぐにまた出会ってしまう事になる。何故なら、この村

に宿屋は一軒しかないからだ。しかも大勢の傭兵が来ているので鮨詰めに詰められている。そしてリック

とベリーは同時期に入った。つまりはお隣さん。離れようにも離れられない。

「ベリー、こんな日が再び来るとは思ってなかったぜ」

「いや、リック、俺は知ってたぜ、必ずお前とはまた会う事になるってな」

「ちッ、お前には全てお見通しって訳か」

「そうさ、俺達コンビじゃねえか」

「こいつめ」

「へへッ」

 などという感じで暇潰しに仲直りしている内に夜は明け、鮨詰めにうんざりした二人は契約を無視して

再び旅立ったのだった。

 勿論契約は偽名でしてある。リックとベリーの名に傷は付かない。

 このしたたかさこそが傭兵の証。二人は一切の危険には付き合わないのだ。

 ウッヘル村は程なく侵略され、程よく略奪され、まあまあ深刻な事態に陥り、雇われた傭兵達も軒並み

戦死したそうである。



 ウッヘル村には閉口したので、やはり傭兵は都市だという事になり、陸と部利は神聖都市アケハネンま

でやってきた。

 神聖都市と名前が付いているように、ここはアバハン教の総本山と言われる寺院があり、国教でもある

この宗教は手厚く保護されている。

 毎朝毎夕アバハン、アバハンと叫ぶのが教義であり、毎朝毎夕うるさくて苦情の絶えない街でも有名だ。

 ここに滞在するなら耳栓が欠かせない。陸と部利も当然ダース単位で耳栓を買ってきている。余分な耳

栓は売る事も出来るし、アケハネンに百億の耳栓あり、と言われるように耳栓はいくらあっても困らない。

 つまりは百億の耳栓が売れているという事で、百億一個目の耳栓は売れないと言う事だ。

 だが流石陸と部利、二人は何とかその百億の内に入り、心安らかにアケハネン生活を満喫している。

 神聖都市とは言っても別に禁欲的ではなく、アバハン教はアバハン叫ぶ以外に何もないので、その手軽

さから信者を増やした宗教である。国教になったのにも、特に厳しい戒律がなく楽だったからだろう。

 だからアケハネンも他の街と大して変わらない。住み心地が良いといえば良いし、悪いといえば悪いの

である。

 そんな適当な宗教に意味があるのかといえば、当然そんなものには加護も御利益もない。しかし全ては

気持ちの問題である。何かに入信していると思えば、何となく助かりそうな気もするし、特に何もしなく

て良いのだから皆気休めとして入信している。

 そう、初めから誰も期待していない。そこがみそであり、しょうゆなのだ。

 陸と部利も入信を進められたが、アバハンアバハン叫ぶとどうも舌を噛んでしまいそうだったので遠慮

している。

 勧める方も断られれば無理強いしない。何故なら別に信者を増やした所で信者に良い事がある訳ではな

いからだ。良い事があるのは宗教家だけ、教祖が儲けるだけである。そんな阿呆らしい事を普通の人間が

やるはずがなかった。

 何故こんな胡散臭い宗教を生み出した胡散臭い奴らを儲けさせなければならないのか、理解に苦しむと

いうものだ。ひたすらにアバハンアバハン言っていれば救われるのだから、それ以上の事をやる意味も必

要も義務もない。

 こうして陸と部利は一月程気楽に過ごし、気楽なまま旅立った。

 ここへは仕事に来たのではなかった。毎朝毎夕アバハンアバハン叫ぶような異様な場所に、誰が攻め入

ろうとするだろうか。そんな気持ち悪い場所は、白い目で通り過ぎるのが当たり前である。

 陸と部利も白い目で通り過ぎるのだ。



 陸と部利はキンカハムの町にやってきた。

 ここは交通の要衝として有名で、有名であるからには年中狙われている。その支配権もころころと移り

変わり、今ではどの国の誰が支配しているのかさっぱり解らない。

 そしてさっぱり解らないからには契約先もさっぱり解らず、傭兵としての仕事も何もない。

 陸と部利はそのまま通り過ぎた。ただの通過点だったのだ。



 陸と部利は王都ドンゴスまでやってきた。その名の示す通り、ここはゴッダム国の都でグルルンガスト

三世が住まう軍事都市。常時十万単位の兵が居て、常に募集している。ここなら傭兵仕事はいくらでもあ

るし、中には楽な仕事も多い。

 戦闘員としての兵は充分足りているので、傭兵の仕事は前線から離れた補給隊の警備やその他の雑務な

ど言ってみれば二級のものしかない。国としても重要な役目を傭兵などに任せる訳にはいかず。その結果

傭兵にしてみれば美味しい働き口になるのである。

 まことにここはドンゴスとしている。

 陸と部利も早速契約した。それも今度は実名に近い、リックとベリー。ここに二人の覚悟というか熱意

が感じられる。

 楽な仕事が多いから、今度は頑張れるぞ、という気持ちなのだろう。

「おうリック、ようやく俺達の力を発揮できるぜ。存分に稼いでやろう」

「そうだな、ベリー。今こそ俺達の力を見せる時。何者も俺達の前には無力だぜ」

 二人は指定された場所、郊外へといそいそと急いだ。

 そこは郊外だけに田畑が多く、何となくのどかな印象を受ける。軍だ軍だとせこせこしていた中心街と

比べると、とても過ごし易そうだ。住むならやっぱり郊外がいい。家賃も安く、空気も上手い。おまけに

近所付き合いを上手くすれば、野菜や果物をただでいただけるって寸法だ。こんなに好い所はない。

 陸と部利もせっせと畑を耕し、任務を遂行した。

 彼らに与えられた任務は畑を耕し、種を植える事。農家の方が訓練に借り出されている間、変わりに農

作業の一切を行うのが仕事である。

「思い出すなあ、ベリー。昔はよくこうして耕したものだっけ。あの頃は俺達も若かったよな」

「全くだぜ、リック。あの頃は確かに若かった。その頃よりも十歳は若かったかもな」

「ちょっと待てよ、ベリー。その頃よりは五歳は若かった筈だぜ」

「そうだったか。まあ、よくある間違いさ」

「違いない」

 二人はにこやかに会話しながら、汗水流して働き続ける。元々農家に生まれた二人には、こんな仕事は

朝飯前なのだ。まあ、朝飯はちゃんと食ってから働くけども。

 こうして久々に真面目に働き、そこそこ稼いだ後、陸と部利は再び旅立つ。傭兵に安住の地はない。



 陸と部利はとうとう大陸最南端、ドコガヘキサラス山の麓までやってきた。特に目的があった訳ではな

いが、とにかくここまで来たからには南端まで行ってみようという話になったのである。

 稼ぎはゼロだが、たまにはこういう気晴らしも必要だ。

「やっぱり高えな、山ってのは。流石山だぜ」

「確かに山だな。山だけに高い。高いから山だぜ、リック」

「そうだな、ベリー。ん、何か来たぜ。ありゃあなんだ」

「おうリック。ありゃあ山賊って奴らに間違いないぜ。見ろあの馬鹿馬鹿しい格好。おかしな面を付けて、

おかしな布を被ってやがる。ありゃあおかしな山賊に違えねえ」

「ああ、違えねえ」

 そんな事を言っている間に陸と部利は山賊達に捕らえられ、彼らのアジトへと連れ去られてしまった。

 アジトは大して独創的でもない洞窟で、山賊達同様やはり独創的ではない。

「命が惜しけりゃ、有り金全部置いていきな」

 だから台詞もやっぱり独創的ではない。しかもさらった後でそんな事を言うのだ。普通ならさらう前に

脅す筈で、さらわれてから脅されても脅される方としては仕方がない。

 それに陸と部利は宵越しの金は持たない主義なので、初めから一銭も持ち合わせていない。むしろ山賊

にこそ有り金全部置いて行って欲しいくらいである。

 陸と部利が正直にそういうと、山賊達は最初は疑っていた風だが、見事に身包み剥いでもやっぱり無一

文なのが解ると、残念そうに陸と部利を放り出した。勿論衣服や持ち物は全部奪っている。小汚い服や持

ち物でもいくらかの金にはなる。陸と部利は外れではあったが、外れでも外れなりに儲かるのである。

 だから山賊などという商売が成り立つのだろう。

「おお、なんてこった、リック。こりゃあやってられないぜ」

「ああ、鎧も武器も全部取られちまった。こりゃあ明日からおまんまの食い上げだあ」

「上がるなら良いじゃねえか。むしろ今の状況は下がってるぜ」

「おう、こいつぁ一本取られたな」

 そんな事を言い合いながら、二人はさりげなく山賊にまぎれてしまう事にした。おかしな布と面を被れ

ば誰がどう山賊やっていようと解らない。山賊は案外儲かると解った今、二人がそれを避ける意味はなか

った。

 それに身包み剥がされた今、身に付ける物といえばアジトに転がっていた面と布しかなかったのである。

 まあそれはそれとして、混じったからにはさりげなく隙を伺い、これまたさりげなく上前をはねてやる

のだ。

 こうして陸と部利の史上最大の潜入作戦が始まったのである。

 陸と部利はさりげなく飲み食いしながら時を待った。目的を果たす為には、山賊達が動く時を待つ必要

がある。山賊の方が数も力も上である以上、彼らが居ない内にこっそりいただいてしまうしかない。

「ようし、そろそろでかけるか」

 だからボスらしき山賊がそう言った時。

「じゃあ、あっしらが残って見張っておきますぜ」

 陸と部利は進んでそう申し出た。

「おう、じゃあ頼んだぜ」

 ボスも一々面や布を一枚一枚覚えている訳ではない。それにそんな奇妙な物を被っているのは山賊しか

いないのだから、面と布を身に付けていればそれは山賊なのである。疑う必要はなかった。

 山賊達も陸と部利を簡単に信用し、二人だけを残して仕事に出かけていく。案外根はお人好しなのかも

しれない。或いは自分達が騙される側になるとは、一度も考えてみた事がないのか。

 まあ、山賊なんかやらかしている連中なのだから、その脳みそも単純に出来ているのだろう。

「そろそろやらかすか、ベリー」

「おうよ、リック」

 二人は山賊達が離れたのを見計らい、アジトを物色し始めた。

「お宝、お宝、お宝だらけだぜ」

 二人はせっせと金目の物を集め始めた。ここには山賊達が今まで奪ってきた物がたんまりと積まれてい

る。この付近には金持ちが多いらしい。

 沢山あるお宝の中でも、二人が狙うは貴金属の類である。これが一番高価で割合小さい。奪うとすれば

貴金属が一番便利だ。

 勿論良い防具や武器を見付ければ、ちゃっかりいただいておく。装備も山賊達に奪われてしまったし、

この際もっと良い物をいただいてしまおう。奪われた装備も置いてあったが、そんな安っぽい物には目も

向けない。傭兵たる者したたかに生きなければならないのだ。

「へっへー、随分儲かったな、リック」

「ああ、これだけあれば当分困らないぜ。でもまあ、いつものようにパーッと使っちまおうぜ」

「ようし、早速換金だ」

 陸と部利は持てるだけの物を持つとさっさと退散し、近くの街へと駆け込んで早速換金しようとしたが、

近くの街だけにそれが盗品だという事はすぐにばれ、すぐさま警備兵に捕まり、そのまま容赦なく牢に入

れられたのであった。

 面と布を被ったままというのも災いした。用が済めば捨てれば良いのに、いつまでも要らない物まで持

っていようとするから、こういう目に遭うのだろう。



 陸と部利は牢に繋がれている。あれからたっぷり五十年は過ぎ去ったに違いない。傭兵コンビも今はた

だの爺二人。戦うどころかよたよたと逃げる事さえままならない。

 殺されなかっただけましといえるが、そうは言ってもこのまま生きていてどうなるというのか。

 起きては食べ、与えられた仕事をこなし、食べては寝る。その繰り返し。それが望んだ生活ならまだし

も、望まない生活であれば、そこから来る憂鬱もまた計り知れない。

 しかし陸と部利はたくましい。こんな生活でも充分楽しんでいた。

「ようリック、ますます禿に磨きがかかったんじゃないか。もう照明も要らないな。お前がいれば夜道も

安心だぜ」

「ようベリー。お前こそますます腰が曲がってきたじゃねえか。それならもう椅子に座る必要はねえな。

なんてったってお前自身が椅子みてえなものだからよ」

「ハッ、ちげえねえ」

 こんな風に毎日を楽しく過ごしている。

 彼らとしてみれば別にどこに居ようと、二人で飲んだり食べたりしていれば良いのだろう。飯が美味い

不味いも関係ない。何しろ大した味覚を持ち合わせていないのだから、最上でも最下等でも大して差を感

じないのだ。

 全く感覚が鈍いというのは得なものである。おかげで好き嫌いはない。逆に味が解ると言うのはなんて

不幸な事なのだろう。

 しかし長く続いた二人の平穏な暮らしも、突然の暴動によって奪われてしまう。

 この街に侵攻した国があり、それに乗じて牢に繋がれていた受刑者達が反乱を起こしたのだ。

 その反乱は物凄く、直接暴力を振るったりはせず、主に悪態を叫ぶだけだったが、何しろ受刑者の数が

多いのでうるさくてたまらない。警備兵達も戦争で忙しくただでさえストレスがたまっているのに、これ

以上面倒な事を増やされては堪らない。

 そこでストレスの余り暴力的になっていた警備兵達は、仕方なく一人一人見せしめの為に処刑していく

事にした。

 元々こんな奴ら牢に入れたってどうしようもない。初めから反省なんかする訳が無いし、そんな殊勝な

奴なら犯罪なんて起こさないってもんだ。だからもう犯罪者は全て等しく殴り殺してしまえ、という乱暴

な考えを警備兵達は少なからず持っていたので、逆にこの状況はとっても都合が良いじゃないかという事

になり、勝手にそれを行う事にしたのである。

 戦時中にならどさくさに紛れて色んな事をしても後でばれ難い。ある意味こんなに都合の良い時は他に

ないのだ。

 だがそんな事を受刑者達が素直に受ける訳がない。叫び声は一層激しくなり、余りのうるささの為か、

或いは何だか知らないけど上手い事振動が同調してしまったのか。騒音波によって壁が崩れ、一斉にそこ

から受刑者達が逃げ出し始めた、かと思いきや、もう崩れて牢も何もないのに、真面目に皆牢内に居たの

である。

 何かそうした方がらしいから騒いでいたが、受刑者達も今更外に出られても困るのだ。ここに居れば食

うにも飲むにも寝床にも困らない。その上何かあれば警備兵達が止めてくれるし、場合によっては助けて

くれたり、守ってくれたりする。

 それなのにこんな戦争の最中に外へ放り出されても困るし、運が悪ければ警備兵か侵攻軍に殺されてし

まうかもしれない。そんな事は誰も望んでいない。彼らは内心牢屋暮らしで助かっているのである。

 しかし陸と部利だけは別だった。彼らには受刑者は必ず脱獄を企てなければならない、という頭がある。

むしろその為に日頃牢屋で耐え忍ぶものだと考えている。

 だからこうなった以上、何としても脱獄しなければならない。それらしく綿密に計画を立てて。

 そこで陸と部利は綿密に計画を立て、無造作に外へと逃げ出した。何しろ何処からでも出られるので、

どう綿密に計画を立てようとも、外に出て逃げる、という大雑把な選択肢しかなかったのだ。

 ここで敢えて辛うじて残っていた塀を登って脱出する、という案もあったのだが。何しろ綿密に計画を

立ててしまっていたので、そんな無謀な事は出来ないのである。そこは綿密さに免じて許して欲しい。

 こうして陸と部利は五十年ぶりに自由を手に入れた。そして食事と寝床の心配も手に入れた。つまりは

ようやく元の二人に戻ったのである。

 ここに傭兵コンビ、リックとベリーの復活、と思ったらすぐに侵攻軍に捕まり、捕虜にされ、十把一絡

げに国へと連行、再び牢へ入れられてしまったのだった。

 こうして再び爺牢コンビ、陸と部利が誕生した。

 そしてそのまま牢内で食うに困る事も寝床に困る事もなく順調に年を取って天に召され、その波乱の生

涯を終えたのであった。その最後はお互いの禿頭と曲がった腰を笑いあい、そして眠るように眠り、その

後暫く健康に過ごした後、いつの間にかぽっくり逝ってしまったのだと伝えられている。

 約六十年もの間牢内でのんきに過ごした陸と部利の話は有名になり、小説化されて出版されたりもし、

その名は誰もが知る所となった。小説家はぼろ儲けで笑いが止まらなかったとかなんとか。

 その事が示すように、陸と部利、彼らの傭兵生活よりもむしろ牢獄生活の方が大変面白おかしいのだが、

その話を書くとなると長くて面倒くさいので省略する事にする。大して面白くもない傭兵時代を取り上げ

たのも、短くて済むが為である。

 とにかくこうして陸と部利の名は長く人の記憶に残ったような残らないようなおかしな感じでそれでも

彼ららしく長くしぶとく生き残る事になった。

 人生何が幸いか解らない。それを知る者が、本当の陸と部利かもしれない。




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