宿り観・発端

宿り観（発端）

　ある所に喜兵衛さんと言う方がおりました。

　大変真面目な方で毎日毎日樵の仕事を日の出から日が暮れるまでやっておりました。

　喜兵衛さんは村はずれの山の麓に住んでおりましたが、毎晩村の男衆と一杯やるのをとても愉しみに

しておりました。

　良く笑うお人で村の皆も喜兵衛さんと飲むのを愉しみにしておりました。

　ところがある時からぷっつりと姿を見せなくなってしまいました。

　二日、三日と経つにつれ、流石に皆心配になってまいりました。

「五助どん五助どん、喜兵衛どんはどうしたんじゃろうのう。ここの所めっきり姿を見ておらんが」

「そうさのう。わしも気になっとったんじゃが・・・。病にでもかかっておらんのならいいのじゃが・

・・・」

　焚き火の火の爆ぜる中、流石に三日も見ないのは心配だと言うので皆で喜兵衛さんの家に行ってみよ

うという事になりました。

「喜兵衛どん、喜兵衛どん！」

　どんとどんと叩きますると、がらりと扉が開きました。

「ああ、五助どんかあ・・。どうしたんだい皆揃って・・」

「最近見ないから皆心配してやって来たんじゃないか」

「そうか・・・」

　喜兵衛さんは申し訳無さそうに項垂れました。

「喜兵衛どん、一体どうしたんじゃあ。見た所体は無事みたいじゃが」

「ああ・・・それがのう・・・」

　喜兵衛さんは何だか酷く足元を気にしているようです。

「どうしたんじゃ喜兵衛どん。何かあったのならわし達に言ってくれ。知らない仲でもあるまいに」

　喜兵衛さんは迷っておる様子でしたが、やがておずおずと出て参りました。

「わしの影を見てくれんかのう・・・」

「どれどれ・・・・うひゃあ！！なんじゃいそりゃあ！」

　よく見ますと影の中にぎょろりと向いた眼がございました。

　それがじぃーっと見詰めるのです。そう、じぃーっと。

「あわわわわ・・・」

　影を見た村の衆はやれ妖怪じゃあ、祟りじゃあとそれはもう大変な大騒ぎでした。

「この影がじぃーっとわしを見詰めるんじゃあ・・・。わしゃあもうどうしていいか・・。いつも見張

られてるようで・・・」

「き、喜兵衛どん。身体は大丈夫なのかい・・・。そ、そんなものが付いてて・・」

「ああ、この眼でただ見てるだけなんじゃあ・・・、じぃーっとな・・。だがそれが怖いんじゃあ、怖

いんじゃあ・・」

　村人達は悩んだあげく村長さんに相談に行く事にいたしました。

「なんじゃなんじゃ、村の男衆が総出で何かあったのかね」

　村長さんは眠気眼で眼を瞬かせております。

「ほほう・・・、影に眼が・・。なるほどのう・・・」

　村長さんはしばらく悩んだ後、神主様にお頼み申し上げようとおっしゃいました。

「あのお方は陰陽士としても名高いお方じゃから。少し気難しい方じゃが・・」

　そうして五助さんと村長さんが神主さんの元へ向かったのでございます。

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