宿り観・正体

宿り観（正体）

　次の日、喜兵衛さんは神主さまの元へ向かいました。

「神主様、神主様ァ」

「おや喜兵衛さん、何か御用ですか」

　神主さまはいつもの神主姿で出て来られました。

「どうぞお上がりください」

　喜兵衛さんは中へ通されました。

「それで、どうされましたか？」

「へえ、どうぞこれをお納め下さいやし。昨日のお礼でございやす」

　喜兵衛さんは酒瓶を差し出しました。

「ほほう、ではありがたく頂戴致しましょう」

「それから、神主さま」

「何でしょうか？」

　喜兵衛さんはおずおずと言いなさいました。

「あの眼は一体何だったのですかい？わしゃあ、気になって仕方が無いのです」

「なるほど、ではお教え致しましょう」

「へえ、よろしくおねげいいたしやす」

　神主さまはゆっくりと話されました。

「あれは宿り観と呼ばれるものです」

「宿り観？」

「ええ、身宿り観るものの意で宿り観です。あれは聞くところによりますと、人間を監視してだ

んだんとその人になっていくものなのだそうです」

「その人になっていくとはどういう事ですかい？

「ええ、文字通り影がその持ち主になるのだそうです。初めは眼が現れ、つぶさに観察する。すると、

だんだん影に鼻や口が浮き上がって来るのです。そして腕や足が実体化してむくりと起き上がる」

「ひええ、影がわしになるのですかい」

　喜兵衛さんはひぃぃと震えなさいました。

「そうです。あなた自身になってしまうのです。そうすると勝手に動き始めます。もしそうなったとし

たら決してもう一人のご自分の眼を見てはいけません」

「見ると・・・見るとどうなるのですかい？」

「その影に消されてしまいます」

「けッ、消されるッ！！？」

「ええ。同じ人が二人もいるのはおかしいですから。その影はその人を影にしてしまうのです」

　神主さまは昨日の手鏡を弄びながら仰います。

「ですがそうなると、影だけでその影の持人がいなくなってしまうのです。そうして、影も後を追うよ

うに消えてしまいます」

「か、影もですかい？」

「ええ、所詮影は影。人の残映に過ぎませぬ故。元のお方が消えれば影も消えます」

　神主さまは鏡を楽しそうに眺めていらっしゃいます。

「ひええ、そんな恐ろしいものだったのですかい。で、でももう消えてしまったので安心ですわい」

　喜兵衛さんは心からほっとした表情を浮かべなさいました。

「消えた？いえ、あれは消えませんよ」

「へ！？消えないって・・・」

「ええ、ですから元のお方が消えない限り宿り観も消える事はありません」

「そ、それじゃああの眼は何処に・・・？？」

　神主さまは涼しげな笑みを浮かべて、ゆっくりと手鏡を持ち上げます。

「ここですよ」

「ひッ、ひえええええええッ！！？？？」

　鏡の中の眼が喜兵衛さんをじぃーっと覗いておりました。

「で、でたあああああああッ！！！」

　喜兵衛さんは腰を抜かしながらも、這いずるようにして転げながら逃げ出して行きました。

「フフフフフ、鏡の中の貴方の影に移したのですよ」

　神主さまは楽しそうにお笑いになりました。

「おやおや、騒がしい人だ。もはや鏡からはこちらを見る事など出来ないと言うのに。それにしても実

に興味深い」

　その鏡は今もそのお社に奉られているそうであります。

　永遠に何も見ることは無く映る事は無く、ただ眼が二つぎょろりと見開かれたまま・・・。

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