1.霧

 ヴィグリム。人口一万を有する辺境の一都市であったが、霧と呼ばれる原因不明の現象が付近で起きてから

はそれに対応する拠点として栄え、一攫千金を夢見る戦士やそれを目当てに集まる商人などで、今では二万か

ら三万にまで膨れ上がっていると言われている。

 霧と呼ばれる現象が起こったのがいつなのかはっきりしていない。何の前触れもなく霧のようなものが生じ、

その霧によって生態系が狂わされ、人を含む動物と植物に大きな影響を及ぼし、様々な変化を短時間の内にも

たらした。

 腕が無数に生えた奇怪な動物、根の代わりに足の生えた木、半人半獣となった人々、そういった奇妙な動植

物が現れ、そのほぼ全ては暴力的で目に見えるものを見境無く襲った。

 人間達は最初こそ一方的にやられていたが、すぐに団結して立ち上がるようになり、霧から奇妙な動植物達

を出さないよう国と各都市が連携して包囲網を敷いた。

 そうして数十年。数え切れぬ死闘が繰り広げられた後、発生した時と同じように前触れなく霧が晴れた。

 理由は解らない。ただ現れた景色を見て、人は再び驚かされた。

 そこは最早魔界と呼べる程に変わり果て、人間の暮らす世界とは一線を画する異世界になっていたのである。

 人はどうなるものかと静観していたが、霧が晴れたのと同時に奇妙な動植物もぱったりと出て来なくなり、

まるで初めから何も無かったかのように時は過ぎた。

 こうなると知りたくなる。異世界からの侵入者という恐怖が消えた今、今まで恐れていたはずの霧に対して、

それ以上の興味を持つ。何が起こったのか、そして何が起こっているのか、恐怖すればするほどにそれを知り

たくなるのが人間である。

 そこで国は勇気ある者を募って探索団を編成して霧に送るようになった。

 決死の覚悟で向かった探索団と慎重に慎重を重ねた十年に及ぶ調査のおかげで、どうやら現状霧による人体

への影響は無い、というよりも霧自体が存在しない、という事が判明している。

 こうなると人の興味は益々霧へ向かう。

 特に探索団が異世界から持ち帰った物は、生物から金属に到るまであらゆるものが未知かつ有益なものであ

り、人々はそれらを珍重し、金持ちは惜しげもなく私財を投じて買い漁った。

 永久に続くかと思われた異生物との戦いが終わったという安堵感も、それを後押ししたのだろう。

 包囲網は敷かれたまま警戒を解かれていないが、十年もこなかったのだからもう大丈夫だろう、という気分

は蔓延(まんえん)している。

 いや、今は力を蓄えているだけに過ぎない、結局何も解らないし、何も解決していないではないか、と声高

に述べる者も少なくないのだが。ほとんどの人間は楽観的な方角に向かい、国家が臨戦状態を解いていない以

外は平時と変わらなくなっている。

 そして人の意識は一攫千金という夢へと向かう。

 国が大々的な調査を行う為、制限無しで人を募った事もそれを後押しした。

 多くの者が死んだが、成功者にはそれを問題としない程の富と栄光が与えられている。国も功ある者には地

位を惜しげもなく与えた。

 通称、霧と呼ばれるこの地域はまさに宝の山であり、人の好奇心を刺激する未知の宝庫。

 恐怖の象徴であったはずの霧が、今では人類の夢と言っても過言ではなくなっている。



 それから更に五十年。

 霧からもたらされるあらゆる物を利用する技術が発達し、益々身近なものになっている。奇怪な動植物が当

たり前のように売られ、よく解らないが使える金属が様々な物に加工され、店先に並べられている。

 その中でも特に人気のあるのが武具だ。霧の金属と獣皮はそれまで人が用いていた物の強度を遥かに越え、

それから作られた武具は圧倒的な力を人に与える。

 霧武具を持つ事が一種の社会的地位のようなものにさえなっているようだ。

 これらの武具、道具は総じて高価で、中には家を建てるより遥かに高い値が付く物も多く。そういった物は

地位と引き換えにされる事もある。

 王侯貴族にとってもそれらは宝石や古美術品と並ぶ、いやそれ以上の、身分と豊かさの証になったのだ。

 その事を最も象徴するのが、フィードバルト・ゲインリッヒ将軍だろう。

 彼は幾多の霧探索から得た物で将軍位を得た、つまり平民以下の存在から貴族になった最初の人間である。

霧探索者に市民権を与えた人物と言っていい。かなりの高齢となっているはずだが、今でもその腕は衰えてお

らず、名立たる勇者を闘技会などで容易く打ち破っているとか。

 流石に自ら霧に出かけるように事はなくなったが、私財を投じて霧探索者を助ける設備を作り、国にも働き

かけて様々な便宜を図らせている。今日のように誰でも簡単に探索に行けるようになったのも、探索者の急増

で混乱に陥っていたこの都市を沈静化させたのも、彼の功績と言われている。

 その人気は留まる事を知らず、王もまた彼には遠慮せざるを得なくなっているとか。その事に対して宮廷な

どで様々な噂が流れているが、面と向かって批判したり、競争意識を見せる者はいない。

 そんな事をすれば、失脚するのは自分の方だからだ。

 フィードバルトは様々な事をやったが、その中で最も大きいのは、教会建設とその地位向上に貢献した事だ

ろう。

 霧探索を引退してから敬虔な信者になった事は確からしいが、勿論真意はそれではない。協会側も当然そう

いう事を承知して手を貸したのであり、教会とフィードバルトは盟友の関係にあると言える。彼を批判する事

は教会を批判する事でもあり、それもまたフィードバルトを批判できない大きな理由の一つである。

 教会はフィードバルトが亡くなった後、聖者の列に加える事を半ば公然と示しているし、その功績を見れば

そうなってもおかしくない。霧探索者が増えるに従い、信者も増えていったが、それだけでは今のような影響

力を持つ事はできなかっただろう。

 教会が今のようにしっかりとした地位を築けたのは、全てフィードバルトのおかげである。

 つまり、政治家としても有能だったという事だ。

 彼は教会と霧探索者の間を密接にしようとし、様々な依頼を相談事として聞き、その助力を探索者に願う、

というギルドのような役割を教会に与えた。そしてそれに対する援助という名目で多くの資金を投入したが、

霧経済はそれ以上の見返りを国にももたらした為、異論が出たのは初めだけであった。

 何しろ教会が霧探索者から得る見返りは膨大で、また確実なものであり、投資先としてこれ程嬉しいものは

ない。王侯貴族も争って投資、また協力するようになり、それもまた教会、フィードバルト両者の地位を築か

せるのに大いに役立った。

 霧探索には勿論教会を介さずに行く事もできるのだが、それは教会から与えられる宿舎や食料、一時的な協

力者といった様々な恩恵を無視する事になる。よほど名のある者か、金銭に恵まれた者以外はほとんどがこの

教会を頼るしかない。

 しかし教会にお布施という形で搾り取られる分を差し引いても、霧から得られる報酬は大きく、今の所大き

な不満は出ていないようだ。

 それに霧で命を落とす者も多く、その場合は勿論教会の投資は無駄になる訳で、初めから文句を言う筋合い

は無いといえばそうである。

 こんな都合だからヴィグリムには教会の数が多く、それぞれの教会によってできる事も違ってくる。裕福な

教会もあれば、それほどでもない教会もあり、権威あるのもあれば、無いのもある。今では非公式にランク付

けがされており、それが教会を任されている司祭のランクにもなっているそうだ。

 だから各教会の司祭は自分の教会から有名探索者を出す事に躍起になっており、他の教会と対立する事も多

い。嘆かわしい事だが、教会もフィードバルトもそれを奨励しているのだから、治まるはずはなかった。

 フィードバルト後の教会はそれまでの教会と全く違う性質を持つようになり、それを嘆く敬虔な信者という

奴も多いが、このヴィグリムにおいてそのような批判は無視されて然りである。



 さて、数多くある教会の中でも最低ランクに位置し、それに属する者も数えるほどで、司祭の役も一人のま

だ若いとすらいえる修道女が担っている、という有様のこの聖アネス教会にも、今まさに旅立たんとしている

若者が居る。

 名をミハイル・フォーレンハイム。黒髪黒目、中肉中背の特徴の無い男だが、見た目以上に肉体は鍛え上げ

られており、愛用のメイスで毎日素振りしながらこの日を待っていた。彼はこの教会に所属する祓魔師(ふつ

まし、エクソシストの和訳名)の一人、というよりも一人しか居ない祓魔師で、聖アネス教会の唯一つの希望

なのである。

「ミハイル、解っていますね。仲間達と協力して、必ず生きて戻るのですよ」

 旅の無事を祈る銀髪金目の女性こそ司祭代わりの修道女トゥーリ・イーロネン。彼女は教会の前に捨てられ

ていた生まれたばかりのミハイルを弟のように、自分の子供のように慈しみ、育ててきた。

「はッ、このミハイル、教会の為、神の為、明日のおかずの為に必ずや稼いで参ります。この頼もしき仲間達

と共に」

 背後を振り返ると、そこには二人の男が。

 灰髪赤目の左右の腰に斧を差した姿が印象的ながっしりした体型の男が、教会(一教会ではなく、教会全体

という意味で)に属し、仲間の少ない探索者の求めに応じて力を貸す派遣士、ゲオルグ・アーべライン。一応

それなりに名の知れた戦士である。

 茶髪青目、細身で身長の高い長髪の男が、ルカ・カルヴァーリ。元はちんけな盗人で、数々のしょうもない

盗みをして捕まり、探索の手助けをする事を引き換えに釈放された。太く黒い槍を持ち、腕は悪くない。性格

に多少問題はあるが、見た目と違いおそろしく軽く鋭い黒槍を振るう姿は頼もしくさえある。鍵開けや罠解除

の技術も持ち、探索には役立つ。

 何故この三人がこうして集う事になったのか。まあ、色々と細かい理由はあるが、正直どうでもいい事であ

り、最終的な答えを述べれば、ただの偶然。

 ともあれ、この三名はよく晴れたこの良き日に、危険な探索行に赴く事になるのである。

「シスター、行って参ります」

 ミハイルの元気の良い声とトゥーリの笑顔に後押しされ、三人は早速買い出しに向かった。

「ちょっと信じられない。何で今から準備なの。あの光景はもう絶対準備万端で今からすぐ行くわよって感じ

じゃない」

「ごめんごめん、何せうちは貧乏だから人手がなくってさ。でもお金だけは上の教会から寄付してもらえたし、

何とかなるさ。ルカも居るしね」

「あらやだ、この子、女の扱いを解ってるじゃない。いいわ、私が一から教えてあげる」

「いい加減にしろ、お前は罪人の身分なんだぞ。気持ち悪い話し方するんじゃない」

 ルカに対し、露骨に嫌な顔をするゲオルグ。派遣士にも色んな人間がいるが、彼は堅物の方なのか珍しいも

のに対して露骨に嫌悪の情を見せる。同性愛者は珍しくないのだが、まあしなを作るような優男にこれからの

旅を思って不安を抱くのは当然かもしれない。

 彼らは昨日会ったばかりで互いの力量も知らない。見た目の印象だけで判断してもおかしくない。それが間

違っているとしても、目の前に突きつけられるまでは改め難いものである。

「つれない男ねぇ。そりゃあんたは来る前からきっちり準備できるからいいけどさ。あたしらはそんな訳には

いかないんだから、仕方ないじゃない」

 先ほどまで彼も同じように憤慨していたのだが、とうに忘れているようだ。

「まあまあ、これから一緒に困難な道を進んで行くのですから、仲良くやりましょう」

「まあ、あなた良い子ねぇ。ますます楽しみになってきたわ」

「フン、軟弱者が」

 三人は道沿いに大通りへと向かう。

 どの街でも大抵大通りには露店(ろてん)が並び、必要な者を揃えられるようになっている。特に街の出入

り口となる道にはそういった傾向が強く、売り上げも見込めるので露天商と契約している店も多い。

 あまり金の無いミハイルのような新参探索者ならここで充分だろう。

「さーて、ミハイルちゃんは・・・・・まあ、装備は揃っているわね。後は食料と水と・・・一通り道具が必

要ね。解ったわ、私に任せといて」

 ひったくるようにミハイルから金をぶんどり、意気揚々と露店の方へ走り出すルカ。あまりにも素早く突然

の動きに他の二人は反応できない。

 どちらも重装備で、特にゲオルグは全身鎧を身にまとっている。彼の強靭な肉体があっても、軽装のルカに

はとても追いつけない。

 ミハイルはゲオルグに比べれば軽装だが、胸当てに肩当に篭手(こて)にとすっぽり上半身は覆われていて、

下半身も膝まである足鎧にずっしりと重いメイスを下げている。その上に神職の証であるローブを羽織ってい

るのだから決して動きやすい格好ではない。

 もしルカがこのまま金を持ち逃げしたら、とても追い付けないだろう。

 まあ、そうなってもすぐに指名手配され、その日の内に捕まってしまうだろうが。

 このご時世、国や教会といった組織に頼る事無く生きるのは難しい。物も人も全て管理され、管理の中で生

きるからこそ治安は保たれている。そこからはみ出して生きる事は難しい。だから本来罪人であるはずのルカ

も拘束されていないのだ。

 商工に関するものからローグに到るまであらゆるギルドがこの街にもあるが、全て管理下におかれている。

霧発生による団結の副作用として、はみ出し者が生きる術はほぼ失われた。

 それが良いか悪いかは解らない。

「ミハイル、奴を信用し過ぎるな」

 あっという間に雑踏に姿を消したルカの居るだろう方角を渋い顔で睨(にら)むゲオルグ。彼はルカを信用

していないし、はっきりと嫌っている。

 ルカが居ると太い眉をしかめている事が多く、ミハイルは彼の眉がそのまま釣り上がってしまわないかと心

配している。

「でも、悪い人ではないですよ」

「・・・・何を馬鹿な事を。罪人に悪い人ではないも何もあったものか」

「でも、罪を犯すのに、善悪は関係ないと思います」

「・・・・フン、まあ、俺はお前を手助けをする立場に過ぎない。ある程度は従おう。だが、俺は絶対に奴を

信用せんからな」

 苦笑するミハイルを無視し、まるで監視するように雑踏を睨み続ける。

 そんな姿を見ていると微笑ましくなってくるが、初心者だからこそ人任せにするのはよくない。教えてもら

える内に色々な事に慣れておかなければ、独り立ちできなくなる。

 幸いトゥーリという母親代わりに恵まれたものの、貧しい教会であったから、ミハイルも様々な事、人を見

てきている。辛い事もたくさんあったし、自分が人よりも不幸だとは考えていないが、特別幸せだとも考えて

いない。丸い性格をしているが、彼もただのお坊ちゃんではないのである。

「はい、一通り揃えたわよ」

 小一時間ほどしてルカが両手にごっそりと荷物を抱えて戻ってきた。ロープや太い釘のようなもの、手袋か

ら棒まで色んな物を買ってきている。

 それを何言う事もなく自然にゲオルグと分担し、ミハイルにも荷物をまとめて渡す事を考えても、彼ら二人

は自分の遥か先に居る。

 ミハイルはそんな二人を心強く思い。自分もそうなりたいと心から望んだ。

 しかしそんな晴れやかな心を他所に。

「出せ」

「な、何よ」

「いいから、出せ」

 ゲオルグがルカに詰め寄っている。どう見ても険悪な様子だ。

「ど、どうしたんですか」

「助けて、ミハイルちゃん! 私、襲われる。出せ出せってこんな明るい時分から何言ってるのよ、いやらし

いわね」

 ミハイルの背後に隠れようとするルカを容赦なく掴み、無造作にその服に手を入れるゲオルグ。

「やだ、痴漢、痴漢よぉぉぉぉぉぉ」

「フン、やはりな」

 絶叫するルカを無視し、抜き出した手にはミハイルからぶんどった金の入った袋が握られていた。中にはま

だ半分ほど残っているのか、外から見ても膨らんでいるのが解る。

「それって・・・」

「数だけ仕入れて、さも金を使い切ったように見せかけるのは、こういう輩の常套手段だ。確かに必要な物は

揃えているようだが、こんなものにさほど金はかからない。いいか、ミハイル。お前がリーダーなら、誰かに

金を持たせるな。解ったな」

「は、はい」

 開放されたルカは、なによ手間賃くらいいいじゃない、などとぶつぶつ言っているが、ケンカに発展する様

子は無さそうだ。きっとこういう事は当たり前のように起こっている事なんだろう。そしてこういう経験をす

る事で、少しずつ人は成長していくのだ。

「その金で、予備の武器を買っておけ。よく使い込まれ、手入れもされているようだが、並のメイスなどそう

持たんぞ」

 ここでいう並とは武具としての質の事ではなく、霧金属ではないありふれた素材で作られた武具、という意

味である。霧に住まう異生物は人界に居る生物に比べて遥かに硬い皮膚を持ち、頑丈な防具を装備している事

が多い。鉄製の武器では歯が立たない。

 そう言われて見てみるとルカの槍は一目瞭然として、ゲオルグの斧も鉄製ではない。鎧類もそうだ。

「なめていた訳じゃないけど。やっぱり思っていたのとは違うみたいだ」

 装備からして自分は素人なのだと思い知らされた。

「では、行こう。自分の目で、確かめるんだ」

「はい」

 ミハイルは気を引き締めた。



 全露店を見る勢いで回ったが、なかなか良い物には出会えなかった。手持ちの金が少ない。良質の武具には

とんでもない額が付く。初心者用の武具でもちょっと良い物になると裕福な者しか手が出せなくなる。

 それでも諦めず、値切ったり怒鳴ったりなだめすかしたりと考えられる限りの方法を用いて得られたのが、

一本の刃無しの短剣。霧金属との合成金属でできているらしく、見た目よりも硬く鋭い。

 わざわざ刃無しを選んだのは神職にある者は刃を持てないからだ。祓魔師用にそういう武器も当たり前のよ

うに売っている。

 準備を整えた所で三人は街を出、霧へ向かう。

 目的地は霧でも最も浅い場所。探索者からは見た目通りに解りやすく森と呼ばれている。霧が晴れてからは

人界の生物の方が多く住むようになり、危険な異生物は少ない。ニ、三厄介なのが居るが、縄張りに近寄らな

ければ向こうから襲ってくる事は無い。

 ミハイルは初の霧探索に緊張して泡を吹きそうになっていたが、他の二人は落ち着いたもので、経験という

ものの差をはっきりと感じさせる。

「いいか、奥へ行くんじゃない。外周をたどるように進むんだ」

 森に入ってからのルカは今までが嘘のように静かになり、もっぱらゲオルグが説明してくれている。

 ミハイルは連れ子のように二人の後ろをよちよち歩き、たまに獣を見付けると二人に助けられながら狩る。

 もし学校という所に行けていたらこんな感じだったのかもしれない。

 彼は実戦経験が無く、模擬戦の経験も無い。相手と言えば教会の庭に生えていた大きな木で、それを木の棒

で毎日毎日叩きながら大きくなった。

 たまに教会を訪れる探索者に稽古をつけてもらったりもしたのだが、やはり実戦は全く違う。野犬や狼を相

手にするにも酷く骨が折れた。この二人が居なければどうなっていた事か。

 地理にも疎いから、危険な場所に紛れ込んでしまっていたかもしれない。

 ミハイルは心から感謝していた。

 ルカもいつもミハイルの背後に居て、何かあれば知らせてくれたり、助言してくれたりする。何となくお尻

に手を触れられる事が多いような気もしたが、まあ、気のせいだろう。

 太い黒槍を押し付けられるような事が多かったような気もするが、まあ、気のせいだろう。

 とにかく二人とも優秀で、特に問題も起こらず、初日は暮れていった。



 霧では野宿が基本である。街に近い場所を探索していても、毎日帰るような面倒な事はしない。明けるまで

交代で見張りに立つが、ゲオルグが彼かミハイルのどちらかが常に起きているように計らってくれた。警戒し

過ぎだとミハイルは思ったが、冷静に色々考え合わせて見ると無難な判断かもしれない。

 幸いいい枝ぶりの木陰があったので雨露は凌げそうだ。今の所降る気配はないが、天候なんていつ変わるか

解らない。特に霧とその周辺は。

 パチパチとはぜる薪を眺めながら、ぼんやりとミハイルは考える。

 今日一日自分なりにやれるだけやったつもりだが、結局は二人におんぶにだっこでまともに働けなかった。

戦闘で一番重要な位置取りも、まだ相手との距離を上手く取れないでいる。野犬程度なら良いが、今後異生物

と戦う事にでもなれば、致命的になりかねない。

 戦利品も肉や皮程度で、その辺の猟師と変わらない。

 意気込んで出てきたものの、先行きが不安になる。

「焦るな。今はまだその時ではない」

 いつの間にかゲオルグが隣に座っていた。

 驚いたが、同時に安心もする。

「誰でも最初はそんなものだ。そこから始まるのだ」

「貴方もそうでしたか?」

「ああ、無論だ。そこのルカも同じだ。誰だって初めからできるようなものではない。これは才能とか実力と

かではなく、経験の問題なのだ。・・・・・まあ、例外は居るがな。それより、まだ夜明けまで時間がある。

もうしばらく休んでおけ、持たないぞ」

「はい」

 ゲオルグの言葉に少しだけ気楽になったミハイルが焚き火から離れようとした時。

「早く消して! 隠れるわよ」

 突然ルカが起き上がり、そのままがばっと背後から腰を掴まれ、草むらに引きずり込まれてしまった。

 訳が解らないまま、身を任せるしかない。

 程なくして、彼にも何かの音が聞こえてきた。




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