黄金虫


 黄金虫は金ぴかだ。全身が輝いていて、誰もが振り返り、誰もが仰ぎ見る。陽光に煌(きらめ)く美し

い虫。

 でも昔からそうだった訳ではない。名前も姿も今とはまるで違った。

 昔の名は赤銅虫という。その名の通り銅に身を覆われ、少し錆びて赤茶けた色合いになっていた。

 そんな虫がぶんぶん飛び回るものだから、その度に錆がぶわっと宙に舞って、とてもじゃないが見れた

ものではない。目を開けるにも苦労する程だった。

 地味で汚れ、誰からも見向きされていなかった。

 赤銅虫は寂しくて仕方ない。いつもいつも見られていたい訳じゃないけれど、いつか誰かには見てて欲

しい。そんな風にして、毎日毎日思い悩んでいた。

 それを憐れに思った銀食虫が。

「そこまで言うんなら、ほうれこの銀の水でも毎日浴びてみるがいい」

 そう言って銀色の水溜りまで連れて行ってくれた。

 そこは銀食虫が毎日毎日食べかすや残り物を捨てていた所で、元はただの水溜りだったのだが、今では

銀がみっしりと溶けて、どこを見ても銀色に輝く水に満たされている。

 赤銅虫は喜んで。

「ありがとう、ありがとう」

 と拝むようにしながら、毎日毎日その水を浴びた。

 そうしている内に少しずつ銀が染み込んで、全身銀色に輝くようになった。

 喜んだ赤銅虫は名前を銀水虫に変え、自分の姿を見てもらおうと意気揚々飛び立った。

 しかし銀色というのは案外目に響かない。しかも食べかすなどが溶け出したものだから、それほど美し

い色ではない。まだ水溜りにたまっていた時は良かったが、こうしてその一部を持ち出したようになると、

どうしても見劣りする。

 その上、皆そこが食べかすの捨て場という事を知っていたから、不潔に思って近寄ろうとしない。

 結局誰も寄ってこず、銀水虫は虚しく時を過ごし、毎夜毎夜泣いて暮らした。

 すると銀食虫がまた憐れに思い、これは自分にも責任がある事だからと言って、長老虫にお目通りして

もらえるよう取り計らってくれた。

 長老虫は物知りで親切な所もある虫だが、なにぶん歳を取り過ぎているので勘違いする事が多く。誰よ

りも体が大きくなっているので、間違えてうっかり客を食べられてしまう事もしばしばだった。

 でも銀食虫は昔から長老虫と仲良くしていたので、食べられずに話をする方法を知っていたのだ。

 それは匂い。ミントのすうっとした匂いをまとっていくと、長老虫は不思議とすっきりして、冴えた頭

で話してくれる。

 それにミント味が好きではないので、よほどお腹が減ってでもいない限りは食べられる心配がない。

 とはいえ一応警戒して、長老虫の食事が終わったのを見極めてから会いに行った。

「ほほう、ではそうきゃ、美しい色になればええという事かや」

 銀水虫の言葉を聞いたのか聞いてないのか、面倒になったらしく途中で遮ったが、一応要点は解ってい

るようだ。

 銀水虫が、そうです、と返事すると。

「ふうむふむ、なら、あれ、金風呂でも作ってやるきゃ」

 長老虫は有り余る金をどんどん溶かして風呂桶に満たし、銀水虫に毎日毎日浴びさせた。

 金は溢れる程に採れるが、虫にとっては何の価値もないので長老虫も正直困っていた。そこに現れたの

が銀水虫だったから、良い機会だと思ってどんどん溶かした。

 その結果、銀水虫は大きな金の塊としてかちこちに固まってしまった。

 どうも浴びせさせ続け過ぎたらしい。

 こうして銀水虫は大金虫と呼ばれるようになったが、このままだと硬いし重いしで身動きが取れない。

 長老虫もそこまでなってようやく間違いに気付き、慌てて職虫を呼んで普段の大きさくらいにまでかつ

んかつんと掘り出させる事にした。

 大金虫は自分の体まで削られてしまわないか心配だったが、そこはそれ、腕の良い職虫達である。傷付

けないよう、見事に削り出してくれた。

 こうして小金虫が誕生したのである。

 光を反射して美しく輝くその姿はすぐに知れ渡り、あっという間に人気者になってしまった。

 虫はきらきら輝く光が大好きだからだ。

 でも誰からも見詰められ、賞賛されるようになると、急にそれが詰まらなく、面倒に思えてきた。

 目立つから鳥や獣に狙われやすいし。どこに居ても隠れようがなく、毎秒毎秒びくびくしていなければ

ならない。

 中にはそれを知っていて、囮にしようとする虫達も居る。

「ああ、こんな事なら赤銅色のままで良かった。こんな思いをするくらいなら、元のままが良かった。も

う一度静かに暮らしたい」

 長老虫は責任を感じていたので、もう一度職虫を呼んで、小金虫の金を綺麗に削り取らせる事にした。

 これはとても危険な仕事だったが、職虫達は見事にやり遂げた。

 こうして再び小金虫は赤銅虫戻ったのである。と思ったら、どうしても取れない金が薄く表面に残り、

中途半端に輝く虫になってしまった。

 そこで仕方なくコガネムシと名乗り、どっちつかずの気持ちで毎日をぼんやりと過ごした。

 人に見られるのは恥ずかしいので、一日のほとんどは家に篭っている。

 どうしても外出する時は金風呂に浸かって、全身をわざわざ金に塗ってから出かけるようになった。

 するとそれが薄く皮膚の表面に残った金と合わさって上手い光加減をかもしだし、驚かせる程輝くでは

ないが、えも言われぬ風情をかもし出すようになった。

 そこでいつ頃からか皆コガネムシを黄金虫と呼ぶようになり、黄金虫も自信を取り戻したのである。

 しかし塗った金が剥がれてしまえば見苦しい虫に戻る。

 結局、自分のした事からは逃れられない。

 皆自分の欲に相応しい姿になるのだ。

 めでたし、めでたし。




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