タマネギは永遠に


 我が名はヨアヒム・アルヘナンド・ジークベルグ三世。栄光あるタマネギ使いにして、先の戦での最高

殊勲者。私は今、謁見の間にて、文武百官集う中、陛下の御前にて叙任式を受けている最中である。

 何の叙任だと? 当然偉大なりしタマネギ騎士の叙任に決まっておろう。

 先の戦にて、私はタマネギを投石器にて投げつけてやろうと、懸命に次ぐ懸命の努力にて、ようやく成

し遂げたのであるが。しかし不幸にも備え付けたはずのタマネギが零れ落ちると言う憂き目にあい、我が

手塩にかけて育て上げたグリッペン三十八世は、とても言葉に出来ない無残な事になってしまった。

 しかし神はやはり我が上で微笑んでおられた。

 偶然にも小石が投石器に乗っており、しかもそれがまた偶然にも敵総大将の頭へと、もうジャストにヒ

ット、むしろクリーンにヒットと言っても良いくらいの勢いでぶつかったのである。

 これが結果として我が軍に未曾有の大勝利をもたらす事になり、私は今ここに居る。

 神の御技としか思えない。否、正しく神の御手によるものであり。ひいては史上唯一のタマネギ騎士、

グリックベルム・バルベッヘン・ネギニギリスギー一世様が私にタマネギ騎士の座を与えて下さるべく、

天界において神に働きかけてくれたに違いないのだ。

 私こそ、ネギニギリスギー様の遺志を継いでタマネギ騎士となるに相応しいのだと。

「汝、ヨアヒム・アルヘナンド・ジークベルグ三世。汝を栄光あるタマネギ騎士とする。これからも私の

為に、懸命に働くが良いぞ」

「・・・・・・・・・・・」

「ヨアヒム、ヨアヒム殿」

 誰かの声がする。この偉大なる式典で何と言う暴挙か。静寂こそがこの場に相応・・・・、ああ、いか

んいかん。

「ハハッ、このヨアヒム、命を賭して励む所存にございます」

 ぼんやりとしていて、王の言葉を聞き逃してしまう所であった。

 手柄の余韻に浸るのは、家に帰ってからにしよう。この後は祝いのパーティが開かれるはず、今戦最大

の功労者である私としては、もう女性の方から争って来るに違いない。これは妃を得る絶好の機会である。

叙任式などはまだ良いが、ぼけるのは肝心のパーティの後にしなければなるまい。

 何しろ子を生す事が、貴族の最大にして唯一の使命である。それはつまり、それさえ出来れば後は遊ん

で暮らせると言う事なのだ。伴侶を得るのに必死になっているように見えるのは、あくまでもそう言う理

由からであって。決して下々の者が想像するような、ふしだらな理由からでは無い。

 決して違うぞ。いやいや違う。いや、そうじゃない。そうじゃないって私が言うからそうじゃないのだ。

 大体の式典は長々と続くものなのだが、おそらく戦場から帰還した私の身体を心配していただいたので

あろう。ぼんやりしている間にやけにあっさりと式典は終わり。私は晴れて史上二人目のタマネギ騎士へ

と叙任された事となった。

 もうタマネギ使いではない。暦とした騎士、そう騎士団の一人である。

 これからはより一層の努力と、タマネギへと情熱を傾けねばなるまい。

「ヨアヒム、早速仕事だ。タマネギ騎士たる者、一足の休みもあると思うな」

「ハッ、これはこれは王宮料理長閣下、このヨアヒム、一時として無駄にしませんぞ」

 タマネギ騎士となったからには、激務が待っている。それは初めから承知の上、例えこの料理長の横槍

でパーティを欠席する事になったのだとしても、私は動じる事は無い。ましてや泣いてなどいない。この

涙は、あくまでもタマネギの汁が目の辺りに降り注いだからである。

 ともかく、急いで職務を遂行せねば、初日とは言え無様な姿は見せられない。

 タマネギ騎士、その最も大きな役目は、騎士団員へのタマネギ配給にある。

 常に目を光らせ、不正を許さず。厳正な態度でもって、毎日毎日ひたすらに騎士団員へとタマネギを配

給せねばならない。

 タマネギこそが戦士の肉体を作る。これは非常に重要な役目であり、タマネギ騎士が不在の場合は、た

だ王宮料理番見習いのみがその代役を務めると言う、真に貴き役目である。

 そしてそれは同時に、我が手塩にかけて育てて来たタマネギ達の、晴れの舞台である事も意味する。

 何故ならば、騎士団に配給されるタマネギは、タマネギ騎士のみが選別出来るからであり。タマネギ騎

士としては当然自らが育てたタマネギ達を献上する事になるからだ。

 そして王宮騎士団にタマネギを献上すると言う事以上に、タマネギに携わる者にとって名誉な事はない。

何も戦場で使うだけがタマネギではないのだ。

 ただ一つだけ不安なのは、果たしてそのタマネギが舌の肥えた王宮料理長をうならせる事が出来るか、

という事なのだが。そこは私に抜かりは無い。

 従来の辛味に加え、タマネギ本来の持つ甘味をも最大限に引き出した、新たなるグリッペン。いやむし

ろ、グリョッペンと言ってもいい。このタマネギならば、王ですら賞賛する事であろう。

 三十八世の成功に驕らず、更に鋭意努力した結果、ようやく新種の量産化に成功した。幸いにも我が叙

任式のみ他の騎士よりも半年ばかりも遅れた為に、記念すべき初配給に間に合った事は、真に喜ばしい。

 愚かな庶民達はこの遅れを、王宮側が私を騎士にするのが嫌で嫌で仕方なく、そこを父上が家財が傾く

ほどに賄賂を送り続け、半年がかりでようやく叙任にまでこぎ付けた、などと噂しているが、とんでもな

い流言侮辱。

 これは私の努力を知り、その成果が出るまで陛下が時間を与えてくださったおかげなのだ。

 このような噂が広がったのは、あまりにも私が輝かしい道を踏み出す事に対し、少なからぬ嫉妬を覚え

た田舎貴族の仕業であろう。下賎な者どもは、まったくもって救い難い。

 まあ寛大な私の事、めでたく叙任された事もあるから、ここは広い心で許してやろう。それが気高き貴

族たる私に相応しい姿である。

 そして私は進む。緊張のあまり握り潰し、手が思わずタマネギ汁まみれになる、くらいに緊張していた

のだが。名誉あるタマネギ騎士たる者、臆してしまう訳にはいかない。

 いよいよ勝負の時が来た。

「宮廷料理番殿、タマネギ騎士、ヨアヒム。今晩のタマネギ献上に参りました」

「ん、ああ、そういや今日からだって言ってたな。面倒だけれど仕方ない。とにかく味見させてもらおう

か。失礼かと思うが、これも掟なのだよ。まあ、ほんとはタマネギなんてどうだって良いんだけどな。ど

うせ騎士や王様に味なんか解る訳無いんだし。この間なんて洒落で作ったタマネギパイを、事もあろうに

アップルパイと間違えやがる。どこをどう間違えればそうなるのか、もう俺達には想像すら出来ないよ。

ある意味天才だね、これは。今度はタマネギティーでも出してやるかね。ああ、そうそう、タマネギだっ

たね、解ってるよ、たまには俺にも喋らせろって言うんだ、こんちきしょうめ。料理中はマスクしてるん

だから、喋ったってどうって事ねえのに、あの料理長がうるさいうるさい」

「誰だ大声で! ただでさえ面倒な仕事なんだから、タマネギなんかさっさとすませてしまえ!」

「へい料理長、すいません。すぐに終わりますから」

 吸っていたパイプを慌てて消し、妙に気だるい姿勢のまま料理番殿が、我が愛タマネギ、略して愛玉を

むんずと掴み、ゆっくりと口へと運ぶ。シャクリシャクリと味わう彼の顔は、正に仕事人。決して不味く

て顔が歪んでいるのではない。

 しかし流石は料理番殿、私の愛玉を味わうのであれば、彼のように生で味わうべきだ。決して彼が調理

するのが面倒だからそのまま食べたと、そう言う事ではないぞ。彼は解っている男なのである。

 そして料理番殿はゆっくりと噛み締めると、タマネギを勢い良く吐き捨てた。それから汚物でも見るか

のように険しくも怖ろしき夢に出そうな視線を送った後、期待して待つ私にこう言ってくれた。

「不味い、不味すぎるッ!! 砂糖のように甘く、塩のように辛いタマネギって、阿呆かお前。物には限

度があるわい。生まれ変わって出直して来い!!」

 残りの愛玉を散々にぶつけられ、私はひいひい言いながら実家へ逃げ込み。また散々に父上から賄賂を

渡していただき、どうにか料理番にも許していただいた。

 こうして私の初任務は何事もなく終わり、私の新たなる日々が始まったのである。

 これからも私はタマネギに情熱を注ぎ続ける。例え王からタマネギ栽培禁止状が送りつけられたとして

も、隠れて、こっそりと。そして毎晩一個ずつ我が愛玉を騎士団献上用のタマネギに混じらせる事だろう。

あくまでも、こっそりと。

 ああ、偉大なるタマネギ騎士に栄光あれ。


                   あるごく普通のちょっと運が良かった貴族の男の日記より  完




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