ありまはの帝王


 ありまはの帝王は愉快な事が好き。

 あまりにも好き過ぎて、自分が愉快になってしまう。

 でもそれを見て誰かが笑うのは許さない。

 ありまはの帝王は笑いたいけれど、誰にも笑われたくないのだ。

 でもそんな帝王もまりもはの女王には敵わない。

 女王の前に出るとかちこちになって、笑う笑われるの話ではなくなってしまう。

 そんな帝王を見てまりもはの女王は笑うけれど、不思議と帝王は怒らなかった。

 帝王は女王の事が好きだったからだ。

 帝王は愉快好きだけど笑われるのが嫌いだから、とてもそんな事を女王には言い出せないけれど、本当

に好きだった。

 だから怒らなかった。嬉しかった。

 女王の方はどう思っているか解らない。でも帝王は好きだった。

 ありまはの帝王は考える。どうしたら良いのだろう。この気持ちを、どうしたら良いのだろう。

 解らない。どうして良いか解らない。

 今まではただ愉快であればよかった。でも今は違う。女王と一緒に愉快でいたい。

 女王はどうしたら喜んでくれるだろう。

 帝王は来る日も来る日もそれを考え続けた。

 そうだ、美味しい物をあげよう。

 帝王は早速一番自分が好きな、一番美味しいと思う料理を持って、女王に会いに行った。

 でも女王と会うとやっぱりかちこちになって、料理まで冷めてしまった。これでは美味しくない。

 まりもはの女王はそんな帝王を見て、笑いながらどこかへ行ってしまう。

 帝王は益々かちこちになって、料理はすっかり凍ってしまった。

 間違えた。帝王は間違えた。これじゃあない、他のものを持っていこう。

 ありまはの帝王は考える。

 来る日も来る日も独りで考える。

 そうだ、綺麗な服をあげよう。

 帝王は自分の一番好きな服を持って、女王に会いに行った。

 その服はひらひらが付いていて、風に軽やかに舞い、とてもやわらかいものだった。

 でもやっぱり女王と会うとかちこちになって、ひらひらもかちこちになってしまう。風が吹いても、何

が吹いてもかちこちだ。

 女王はまた笑ってどこかへ行ってしまった。

 また間違えた。帝王はまた間違えた。これじゃあない、他のものでなければ。

 ありまはの帝王は考える。

 来る日も来る日も来る日も考え続ける。

 そうだ、お家をあげよう。

 帝王は自分の一番好きな家をえいやっと持ち上げて、女王に会いに行った。帝王は帝王だから力持ちな

のだ。

 その家は沢山の窓が付いていて、どこからでもどこでも見渡せる。開け放たれた窓は、とても良い風を

迎え入れてくれるのだ。

 でも女王と会うとかちこちになって、窓もすべてかちこちに固まり、全部閉まったまま開けられなくな

ってしまった。

 帝王がその力でえいや、えいやと引っ張っても、とても開かない。帝王はますますかちこちになって、

窓もますますかちこちになる。

 女王はまたそんな帝王を見て、笑いながらどこかへ行ってしまった。

 ありまはの帝王は流石に疲れてしまった。

 何をやっても駄目だ。結局かちこちになって、全部台無しにしてしまう。

 どうにもならなくなった帝王は、時計に相談してみる事にした。時計はいつもかちこち言っているので、

多分かちこちに詳しいはずだ。

 でもいくら時計に聞いても何も教えてくれない。同じかちこちでも、帝王と時計ではまた違うから、時

計も教えようがなかったのだ。

 帝王は怒って時計を壊そうとしたけれど、ぴたりと時間を止められて、その内に逃げられてしまった。

 帝王は悔しがったけれど、もう誰も追いつけない。一度逃げた時間には、誰ももう二度とは会う事がで

きない。

 ありまはの帝王はしょんぼりと考えた。

 でももう何も思いつかない。

 ああ、まりもはの女王は、一体どうすれば喜んでくれるのだろう。何が好きで、どうすれば愉快になっ

てくれるのだろう。

 もし女王が笑ってくれれば、それだけで帝王はとても愉快な気持ちになれるのに。いつも女王は逃げる

だけ、笑い声しか残さない。

 一緒に居たい。もっと居たい。でも何も思いつかない。

 どうしてかちこちするんだろう。どうしてかちこちなるんだろう。こんなに話したいのに、一緒にいた

いのに、会うとかちこち固まって何もできなくなってしまう。

 ありまはの帝王は悲しかった。

 涙がぽろぽろこぼれてきた。

 悲しくて悲しくてずっとずっと泣いていた。

 来る日も来る日も泣いていた。

 そうする内に寒い季節になって、涙がかちこち凍ってしまう。

 帝王は凍った涙に問いかけた。同じかちこちなのだから、何かを教えてくれるかもしれない。

 涙は帝王の心を知っているからかわいそうになって、こんな事を言った。

 帝王、あんたはいつも自分の事ばかり。自分が好きなもの、好きな事、そればかり。女王には女王の好

きなものがある。いつ何故女王が笑っていたのか、それを考えてごらんなさいよ。

 ありまはの帝王はずっと考えた。いつもよりも考えた。女王の気持ちを考えた。

 それだけで日が暮れるくらい、ずっと相手の事を考えた。

 そうだ、女王は帝王がかちこちになるのを見て笑ってくれていた。

 初めから何も要らなかった。まりもはの女王は帝王がかちこちになれば笑ってくれる。そしてそれを見

て帝王も笑う。それはつまり、一緒に愉快って事じゃないか。

 帝王は嬉しくなった。涙に何度もお礼を言って、もう一度女王に会いに行った。今度は何も持たず、た

だただ女王に会う為だけに。

 ありまはの帝王はまりもはの女王の前に出るとかちこちになる。

 それはとても辛い気がしたのだけれど、それを見て笑ってくれている女王を見ていると、何だかとても

愉快な気持ちになれた。

 そうして愉快な気持ちになれると、頬も身体もゆるんできて、いつの間にかかちこちでなくなってしま

っていた。

 自然な笑顔で微笑んだ帝王を見た女王は、もうどこへも逃げなかった。ただ二人の笑顔だけが繋がれて、

いつまでも笑っている。

 いつまでも、いつまでも。

 ありまはの帝王はまりもはの女王の前にいるとかちこちになる。

 でも女王の笑顔を見ていると、かちこちもゆっくり溶けて柔らかい笑顔になる。

 愉快だ。

 これがきっと本当に愉快という事なのだ。

 帝王はそう思った。

 でもやっぱり女王の事が解らない。

 女王は一体どう思っているのだろう。

 気になったけれど、そっとしておく方が良いような気がした。

 帝王は帝王、女王は女王。でも二人は今一緒に居て、愉快な気持ちで笑っている。それでいいのだ。

 ありまはの帝王は、ずっとそうしたかったのだから。




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