差し伸ばす腕


 腕を伸ばした分だけ近付ける気がした。

 遠く見えるあの子にその分だけ近付けるような。

 何日も何日も手を伸ばし続けた。手は少しずつ伸び、その分だけあの子に近付く。

 小さな丸い星。たった一人だけしか住めない星に僕とあの子が一人ずつ居る。

 別々の星。遠くて近い星。隣であって決して届かない場所。届きっこない場所。

 それでも伸ばし続けた。

 見えるだけで、きっと届く気がして。

 腕は伸び続け、とうとう星の端まで届いた。そして宙に飛び出す。

 ひんやりとした空気を掌に感じ、慌てて戻した。

 差し伸ばした腕は、もう片方の腕の二倍は長くなっている。

 不安を覚える。こんな姿で、あの子は受け容れてくれるだろうか。

 解らない。でも信じるしかない。きっと届くのだと。

 そうする事しか。

 もし届かなくても、このままここで一人きりでいるよりはましだ。

 そう思って、懸命に伸ばす。

 もう宙を恐れない。ひんやりとした空気も慣れれば心地いい。

 腕はどこまでもどこまでも伸び続ける。

 こんな事ができるなんて知らなかった。でもできている。

 きっと初めから、できていたんだ。

 もう怖くない。

 立ち上がり、身体全体を空に向けた。

 その分だけ手があの子に近付く。あの子はどう思っているのだろう。

 ここからでは何も解らない。それを解りたいから腕を伸ばした。でもそれだけで届くのだろうか。

 考えるな。悩んでも仕方ない。

 ただ腕を伸ばし、少しでもそこへ届くよう一心に祈る。

 肩まで空に出して、いっぱいに伸ばした。

 あの子の居る星に向かって、いっぱいに伸ばす。

 届かないはずのあの場所へ。届かないはずの腕を伸ばす。

 無理かもしれない。でもそれで諦められはしない。

 伸ばせば何かが変わる。そんな事を思っていた訳じゃないけれど。

 訳も解らず伸ばし続けただけかもしれないけれど。

 諦めたくは無かった。

 だって、まだ何もしていないじゃないか。

 届いてさえいない。届きっこない。

 でも、それでも腕を伸ばし、手を広げる。

 ふと手に何かが触れた。

 驚いて目を向ける。あの星には届いていない。宙に在る。

 でも何かに触れている。やわらかくあたたかい何かに。

 掌を何かがなぞる。くすぐったくて泣きそうになった。

 そして固く二人の手は結ばれた。

 大きく引き寄せる。

 片方だけ伸びた不恰好な腕で、あの子を抱きとめた。

 同じだけ伸びた不恰好な腕で、あの子がしがみ付く。

 ああ、同じ事を、同じだけ思っていたんだね。

 二人では狭いこの星も、前より心地よく感じた。

 必要だったのは、狭さだ。広がりじゃない。無限に広がる宙は、僕らには寂しすぎたから。




EXIT