ベンチ


 柔らかな日差し、公園の中、一人佇むベンチ。一つ腰掛ければ、あたたかい匂いがする。

 この場所は全て優しい。冬の寒さ募る日、木枯らしの吹く秋。そういった季節でも、多分このベンチの

ある景色はいつも優しい。物悲しくとも、柔らかく包んでくれる。

 それはここに人の記憶があるから。

 人生といってもいい。

 ここにこうして座り、眺め見る景色。それは皆同じであって、全く違うもの。人の心の中を映す鏡。色

んな思い出が映し出され、残っている。

 ここは人生の一休み。

 誰の物でもない場所。

 だからこそ尊い場所。

 誰でも来られるからこそ、普段は誰も居ない場所。

 つまり、ここにこうして座るという行為自体が、人間にとって特別なのだ。

 少しだけ休む。そういう気持ちが生まれた時、その人間は誰でも特別な状態にある。ほんの少しだけ余

裕があり、優しくなれる時間。

 或いは途方にくれて、少しだけ何かを見失っている時間。

 その二つがバランスをとり、この風景を優しく、柔らかくしている。

 どちらにも優しく柔らかく包み込む事が必要だからだ。

 厳しさの中にあってさえ、この場所は少しだけ特別なのである。

「ふーーーーーーーっ」

 ゆっくりと息を吐く。それだけでも特別な気がする。

 いつもはゆっくりと息を吐く暇すらない。いや、息という行為自体を意識する事さえない。

 疲れていて、迷っていて、急いでいて、心が騒いでいる。

 それを鎮めたいと思う。でもその方法を忘れている。こうしてゆっくりと息を吐き、一時ベンチにこし

かけるという行為を、皆忘れている。

 あの空を何となく眺める事を、誰もが忘れている。

 こんな近くに木や水や草や虫、そして鳥達が居る事を、皆覚えているのだろうか。

 知っているのだろうか。

 こうして少しだけだけれど、休める場所がある事を。

 皆忘れている。

 それでもベンチは誰も選ばない。全てを受け容れてくれる。

 忘れられても、思い出してくれた時を喜ぶ。

 いつも優しくやわらかく包んでくれる。

 ただし、塗りたての時は別だ。化粧中はそっとしておく事。これは女性に限らない。

 でもそれ以外の時間は、いつも待っててくれる。

 寒くても、暑くても、身体がぼろぼろになり、色がはげてしまったとしても、ベンチは怒らない。いつ

も受け容れてくれる。その為にあるかのように。

 公園に初めてベンチを置いたのは誰だったのだろう。きっと優しい人だったに違いない。

 こんなにやわらかい場所を作ってくれたのだから、その人にずっと感謝したい。

 こうしてゆっくりと眺め見る時が、どれだけ貴重かを教えてくれる。

 こんな時間を与えてくれたのだ。

 でも人にはこんなにのんびりと自分の居る場所を見られる時が、一体どれくらいあるのだろう。

 一生のうちに、それはほんのわずかな時間なのではないか。

 そんな事を思って眺めていると、その時の風景が移ってくるような気がした。

 春の午後、夏の朝、秋の夕暮れ、冬の夜明け。

 いずれも光差す時間。不思議と夜は浮かんでこない。それはベンチに腰掛けるという行為が、一時の休

息時間だからだろう。

 働いているのか、休んでいるのか。忙しいのか、暇なのかは解らない。

 ただベンチにこしかけるのは、いつも日の当たる時間。だからこそいとおしい。夜に使う人はきっと間

違っているのだ。

 ここは一時の憩いの場。夜を過ごす為の場所でも、楽しみに溺れる場所でもない。

 激しくはないのだ。もっとゆったりとした。それでいて優しい時間。

 それが私の全てを癒す。

 あるべき事を思い出させ。

 為すべき事を忘れさせる。

 自分で作った境界や縛りを、素直に忘れさせてくれる。

 ほんの少しずつ同じ景色が移り変わっていくのを眺めながら、自分もまたその一部だと知る事ができる

時間。

 そんな時間を深く味わう為に、私はゆっくりと目を閉じた。



 溜息をついている。小さいが、深い。

 何かを抱え、大事そうに、疎ましそうに見ている。それさえなければ気が楽なのに、それがなければ生

きられないような、そんなどうしようもない物を。

 一回だけついた溜息の長さに、自分でも驚いている。

 こんなに長い息が自分のどこに潜んでいたのだろうかと、心を疑う。

 そして自分が一体本当はどうであるか知らない事を思い出して、同じようにゆっくりと目を閉じた。



 優しいが激しい気持ちだった。

 この気持ちをどう表せば良いのだろう。厄介で、それでいてたまらなくいとおしい。この気持ちだけあ

れば、いつまでも生きていられるような、そんな気がして、ゆっくりと目を開けた。

 目に差し込んできた色は命に満ちていて、ここが人工的に作られながらも、やはり自然の一部である事

を、それに近い事を感じさせられる。

 その形がどうあったとしても、きっと人間にとって緑は全て同じ植物なのだ。生命なのだ。

 心が澄んでくる。

 余りにも心地良くなって、もう一度目を閉じた。



 苦しさを感じる。肺の奥で歪むような、胸の中をいっぱいに塊で埋めるような、切なく尊い気持ち。赤

く染まる景色が、同じように惜しんでいる。

 何がしたかったのか、何をするべきだったのか、今はもう解らない。

 ここにある気持ちは、もうすでに自分のものではなく。それが為にいつまでもこの場に在り続ける。

 でもいつまでも自分を縛り付ける。

 そんな意思があるような気がして、この赤の中に溶け込みたくなった。

 目は閉じず、そっと息を吐く。

 いつの間にか、目をつむっていた。



 寒い中仕方なくこの公園にきたが、別に当てがある訳ではない。

 こんなに朝早く来たのは他に行き場所がなかったからだ。

 でもここが行き場所というようでもない。きっと誰からも見られたくなかったのだろう。でも忘れら

れたくもない。だからこんな場所に一人できた。

 誰からも気にされず、誰かが居る場所に。

 誰かの風景になれる場所に。

 想いが残る場所、欠片となった思い出に、自分もまたよりかかりたかったのだ。例えそれがどれだけ脆

く、壊れやすいとしても。

 しがみ付く相手がいないからこそ、ここへ来たかった。過去に消えた確かな事を、そっと感じていたか

った。いつまでも。

 目を開き、空を見た。

 雪はまだ、降りはしない。

 晴れたのは誰の心だったのか。

 私は最後に、まぶたを下ろす。



 濃霧が張っているような気がする。

 霧の中で光が反射し、まるで光りそのものがかすんでいるかのように感じる。

 あの空に、光る何ものかが住んでいる。もう二度と見られる事はないのかもしれない。

 でも私はそれを知っていた。見たような気はする。

 気持ちがたかぶる。

 渦を巻く、あの空に飛び上がるくらいに激しく。

 それすら妄想であった事に、気付いた時は、終わっていた。

 そして今度こそ眼の奥を開く。

 光が、注いだ。

「・・・・・・」

 気まぐれだったのだろうか。同じ風景が、優しく広がっている。

 今までどれだけの人がこのベンチに座り、どんな景色を見て去ったのだろう。

 その何千、何万という景色が、このベンチ一つによって生み出されたものなら、私もまたその一つなの

だろうか。

 その一つになって、このベンチと共に流れていくのだろうか。

 ベンチの生の一つになって、一緒に流れていくのだろう。そこにあった、唯一つの時間として。

 私は見た。

 皆は何を見たのだろう。

 私と同じように、木々と草と土の景色なのか。

 それとも鳥がいたか、虫がいたか、人がいたか。

 今は私以外に誰も居ないこの場所も、全ての時間を静かに重ね合わせれば、途方もない程多くの命で満

ちている。

 それを眺め、休息とする。

 そうである為にこのベンチがあるのなら。

 それはきっと、素敵な事だ。

 とても、すてきなことだ。

 いつかの景色と時間を、誰とでも共有できるのだから。

 ベンチはいつも優しい。

 そして一人在り続ける。




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