岩男


 岩山の端、その隣に沿うように岩男がおりました。

 岩に成り済まし、獲物が訪れるのを待っております。

 鳥、獣(けもの)、果ては人間までも、その岩男に近付くと、突然パクリとやられてしまうのです。

 岩男は岩でできておりますので、近付いてもどこがどこまで岩男なのか、ただの岩なのか、そういうも

のがさっぱり解りません。

 なのでうっかりそこでのんびりしてしまうと、パクリとやられてしまうのでした。

 岩男は獲物を食べる瞬間しか動きませんので、その存在は誰にも知られておりません。

 知った時は岩男の腹の中、という訳なのです。

 でも余りにもその場所で行方不明になる数が多いので、鳥も獣も人間も、皆恐れて近付かないようにな

りました。

 そこは誰も踏み入れてはならない禁断の地、そんな風に言われていたのです。

 ですが、そういう風に禁じられるとかえって入りたくなる者がいるもので、岩男は飢えずにすんでおる

のでした。

 もし本当に誰も訪れないようでしたら、引越しを考えなければならなかったのですが、岩男はとてもも

のぐさで、出来れば一生何もせずにぼんやりとしていたい、食事もしないでよければそれに越した事はな

い、という男ですから、好奇心という愚かさはありがたいのでした。

 こうして岩男はいたって平和に暮らしていたのですが、それを脅かす不穏な事態が起こったのです。

 それは人間達から始まりました。

 鳥や獣は少々食べられてもそれも自然の摂理(せつり)と潔(いさぎよ)く諦(あきら)めてくれるの

ですが、人間だけはそうはいきません。

 人間だけが復讐(ふくしゅう)を考え、自分の心を救う為に、好き勝手する事ができるのですし、それ

をほめあうのです。

 何とも身勝手な種族ですが、岩男も人間にはお世話になっているので、文句は言えません。

 他人に関わるのはひどく面倒なので、気にせず放っておいたのです。

 それに獲物があちらから来てくれるのですから、反対する理由はなかったのです。

 調査団と名乗ってちょくちょく現れる人間達を、ガブリパクリと遠慮なく美味しくいただかせてもらい

ました。

 人間達も回を重ねる度に人数を増やしてきましたが、十人でも二十人でも百人でも変わりません。

 岩男の口はとても大きいので、十や二十なら一口でガブリといけますし、百や二百もガブガブッと一瞬

にして平らげてしまえるのです。

 早食いは岩男の自慢なのでした。岩でできているので、消化不良も起こりません。

 子供は真似してはいけませんが、岩男なら平気なのです。

 この世の誰も岩男程食べる生命はいないでしょう。しかもあっちがこなければ食べないですし、ずっと

食べなくても案外平気なので、とても気楽です。

 岩男は岩でできておりますので、大抵の事は平気なのです。もしかしたら食べる事すらしなくて平気な

のかもしれません。

 でもずっと昔からガブリペロリと食べておりますので、何となく続けたいのでした。

 岩男も美味しい事は嬉しいのです。

 この美味しさというものを感じられなければ、岩男もただの岩と変わりなくなってしまうのでした。

 岩男がただの岩だとしたら、男という文字はなんて余分なんでしょう。

 でも幸いな事に食欲がありますので、岩男はいつまでも岩男なのでした。

 もしかしたら昔はどの岩も岩男か岩女で、それが食欲を失ってしまい、何にもする気がなくなって、た

だの岩になってしまったのかもしれません。

 そう考えると岩男は岩一族の最後の生き残りなのですが、人間達は希少さを最も愛するくせに、岩男の

事は理解してくれないようです。

 調査団を送っても送っても帰ってこないので、とうとう軍隊を送ってきました。

 この軍隊というのはとても悪い奴で、人様の土地や居場所に勝手にずかずかと入り込んできて居座り、

大人しくするどころか元居た人を追い出そうとするのです。

 拳骨(げんこつ)を振り上げて、わーわー間抜けに暴れまわるのでした。

 同じ人間に対してさえそうなのですから、岩男なんかにはもっと厳しい。きっとがりがりと削られて、

細かく砕かれ、そしてどこかへ捨てられてしまうに違いないのです。

 でも軍隊というのは大抵馬鹿ですから、岩男が岩男だという事にも気付かないで、そのままパクリと食

べられてしまいました。

 これで少しだけ世の中も平和になったのです。

 岩男には百も二百も、千も二千も関係ありません。皆美味しくいただいてしまうのです。

 何しろ岩ですから、どこまでも栄養を染み渡らせる事ができます。岩は栄養分で言えば空みたいなもの

ですので、いくらでも入るのです。

 むっしゃむっしゃと何でも噛み砕いて、美味しく栄養にしてしまえばいいのでした。

 軍隊まで食べられてしまえば人間も大人しくなるだろうと思っていたのですが、そんな事はない。なん

と勇者などという者が現れたのです。

 勇者というのは正義とさえ言えば何でも許されると思っている人種で、極々稀に現れる、とても強くて

厄介な人間の事です。

 どんな人でも国でも、一度この勇者に悪と決められてしまうと、世界中の敵にされて、散々いじめられ

た後、勇者に全部盗られてしまうのでした。

 何でも人間の社会には、勇者だけは何を盗っても罪にならない、という決まりがあるそうなのです。

 勇者の友達には魔王という人間もいますが、こちらも大変にろくでもない奴だそうです。

 何でも勇者と魔王ごっこをして、世界中を巻き込んで戦争をするのだそうです。負けた方は眠りにつく

そうなのですが、少しするとまた起きてもう一度勇者と魔王ごっこをするとか。

 まったくほんとに悪い奴らです。

 勇者は勢い勇んで岩男のとこにやってきましたが、所詮は人間が一人やってきただけですので、パクリ

と簡単に平らげられてしまいました。

 何か変な鎧とか着て、おかしな剣を持っていて、硬くて面倒だったのですが、硬さなら岩も負けていま

せん。結局は美味しくいただかせていただいたのです。

 これで世界はまた一つ平和になった、と岩男は美味しさの上に達成感という美味を得たのですが、人間

というのはゴキブリよりもしつこいらしく、まだ諦めていませんでした。

 今度は英雄というのを出してきたのです。

 この英雄というのは勇者に似てますが、あくまでもただの人間で、一人で熊を殴り殺したりはできませ

んが、人を動かしたり操るのがとても上手で、例えば軍隊なんかを持たせると、とても強くなってしまう

のです。

 英雄によりますが、何倍も強くなったりする時もあるのだとか。

 この英雄が軍隊を率いて、わーわー言ってやってきたのです。

 でもまあ、所詮は人間ですし、うるさいのでガブガブガブリと食べてしまいました。今までと何も変わ

らないのです。

 面倒くさい奴らですが、おかげで岩男は満腹になって、充実した時間を過ごす事が出来ました。

 これ以後も人間はしつこくしつこく人間が滅亡するまで、色んな種類の人間を送ってきたのですが、そ

のおかげで岩男も一生を美味しく過ごす事ができました。

 本当にありがたい事です。

 岩男は思いました。しつこさと頑固さっていうのはとても美味しいものなんだと。

 そして人間がこんなに愚かに育った事を、自然に感謝したのです。

 何をしようと、岩男から見れば、所詮は食べ物なのです。

 めでたし。めでたし。




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