海浜山猫


 開かれた海、ゆったりとした砂浜、小高い山。そのそれぞれに一匹ずつ猫が住んでおりました。

 その猫達は互いに嫌い合い、お互いにお互いを見張っております。

 何故そんな事をしているのかは解りません。神様がそうお命じになられたとも、いつの間にかそうして

いたのだとも、様々に言う人がございます。

 海猫は一番大きく、力が強いです。

 浜猫は一番速く、とても素早いです。

 山猫は一番身軽で、高く高く跳べます。

 誰が一番という事はなくて、それぞれに良い所がありまして、もしかしたらその為にいがみ合っている

のかもしれません。この三匹の間ではずっと勝敗がつかず、いつも互いの悪い所を探り合っているのでご

ざいます。

 けれども猫でございますから、いつも真面目に見張っている訳ではありません。その多くは昼寝をした

り、何かにじゃれたり、鳴いてみたり、実に様々な事をしながら遊んでいたのでございます。

 でも決して見張る事を忘れはしませんので、ふと我に返りますと、また一生懸命に見張り始めるのです。

猫は猫なりに真面目にやっておるのでございます。

 ですがこんな所に大猫が三匹もおりまして、互いに睨み合っているものですから、付近の者は堪りませ

ん。鼠などは寄り付きもしませんし、虫や鳥なんかもそうです。爪でざくり、牙でがぶりとやられるのを

恐れて、次々にこの場所から逃げていきました。

 そんな訳でここには猫が三匹居る以外には、何にもないのでございます。

 辛うじて木々や草花が申し訳程度に生えているようですが、動物の類などは一匹も居ないのでございま

す。餌となる小動物が逃げてしまったものですから、大きな動物達もここには住めなくなっているのです。

 ですから猫がお腹を空かせても、わざわざ遠くまで狩りに行かないとなりません。そうすると暫く出か

ける事になりますから、他の二匹は気持ちが少し楽になりまして、表に出てきたりもしてまいります。

 そうしますと二匹の猫が出会ったりして、そこで喧嘩が始まる訳でございます。

「おい、おみゃあのひげはなんじゃ。まるで捨てられた野菜くずみたいにしなびてござる。そんなもん付

けるなら、ねぎでもひっつけてた方がましだて」

「おうおう、よう言いてくれるわの。おみゃあこそようもまあ風呂にも入らずきったなげにしておれるも

んじゃ。毛皮の代わりにゴミでもしょっておけばいいんじゃないかや」

「なにおう」

「なんじゃい」

 とまあ、こういう具合でございまして、一匹居なくなると途端に喧嘩が始まる訳でございます。これが

三匹居るとどの猫も奥へ引っ込んでしまうのですから、面白いものです。

 そして喧嘩の方も一度も勝負が付いた事がございません。

 何しろ、海猫は力が強くて、掴まるとどうにもできませんし。浜猫はとても素早くて、追い付けません。

山猫は山猫で身軽なものですから、届かない場所に跳んでいっております。

 こんな風ですから、お互いがお互いの長所を発揮し合いまして、いつまでも勝負が付かないのでござい

ます。いつも見張っておりますから、お互いの長所も良く解っておりまして。喧嘩したとしても、お互い

が恐がって最後にはいつも睨み合いで終わってしまうのです。

 三匹では喧嘩しないのにも、その理由が関わっておるのです。一対一では上手く自分の長所を使って睨

み合いになるのですが、そこにもう一匹来られると、どちらも動けないのですから一発でやられてしまう

のでございます。

 いくら長所があると言いましても、猫は猫、猫から飛び抜けている訳ではございません。一匹相手には

上手く出来ても、二匹相手では一溜りもないのでございます。

 だから三匹の時はもう一匹に寝首を掻かれる事がないよう、奥へ篭ってしまうのですな。三匹で睨み合

っていても、いずれ必ず隙を見せてしまう訳ですから、恐がって喧嘩しないのでございます。

 一対一で喧嘩している限り、こっちも勝てませんが、あっちに負ける事もない訳で。何だかそんな風に

妙な事になっておるのでございます。

 こんな調子では、いつまで経っても終わりません。それぞれに住む場所が違うのですから、上手く共存

していけそうなものなのですが、どうもそういう訳にもいかないようなのでございます。

 今のままでも充分生きていけますのに、目の届く場所に他の猫が住んでいるのを見ると、あちらも欲し

い、こちらも欲しいと思ってしまうのでしょう。我々人間にも隣のものは良いものに見えると申しますし、

不思議と欲が湧くのでございます。

 その結果要らぬ争いを起こして、好物の虫から鳥から鼠から全部何処かへ逃げてしまい、かえって今の

暮らしが不便になってしまうと致しましても、その心は変わらないのです。

 もうどの猫も退くに退けない気持ちになっておるのでございましょう。初めは欲だったのが、いつの間

にか意地になっているのでございますな。

 こんな三匹の不毛な争いをご覧になって、心を痛めている方がおられました。

 それは海、浜、山、それぞれの神様でございます。

 この三匹のせいで自然がめちゃくちゃにされてしまい、このままでは植物も全て枯れ、何もなくなって

しまうでしょう。虫がいなければ受粉できませんし、鳥や鼠がいなければ種を遠くまで運べませんし、糞

や死骸から土地が栄養を得る事も出来ません。

 植物を食べる動物が居ないので良いように思えますが、共生する命が失われると、その命もまた失われ

るのでございます。自然というのは、とても難しいバランスの上に成り立っているのでございます。

 ですからこのまま争い続けられてしまうと、この場所そのものが駄目になってしまいます。神様にとっ

て守護する場所は子供のようなものでございます。それが駄目になってしまうと思うと、涙の流れるのを

止める事はできないのでございました。

「困ったのう」

「うむうむ」

「まったくのう」

 猫と違って仲の良い神様達は、三柱集まられて相談されたのですが、良い方法は浮かびません。三匹で

戦わせる事が出来れば、後は丸く収まると言いますか、まあ最後には一匹だけが残る事になりまして、平

和にはなるのでございましょうが。さてその為にはどうしたら良いのやら。

 神様といってもこの方々は知恵の神様ではございませんから、そういう知恵絞りは苦手なのでございま

す。神様にも得手不得手があるのでございます。

「ええい、こんな事をしていても埒があかん。神らしく正々堂々押していこう」

 そんな訳で結局考え出されたのは力技でして、それぞれの神様が守護する場所をぎゅうっと押して、無

理矢理三匹を奥から出してしまおう、という事にお決めになったのでございます。

 知恵絞りは苦手ですが、そこは神様、物凄い力がございます。海、浜、山をぐいっと縮めてしまわれ、

潰されると思った猫達は堪らず奥から出てきました。

 用心深い猫達も、一度会ってしまったら止める事は出来ません。

「おみゃあ、ここで会ったが百年目」

「なに言いやがる、おみゃあの方が百年目じゃ」

「どっちもまとめて百年目じゃい」

 本当はどの猫も三匹では戦いたくなかったのですが、目と鼻の先に憎き猫達が居るとなりますと、体の

方が勝手に動いてしまうのです。

 揉み合いへし合い、あれよあれよという間に一匹が倒れ、一匹をやって喜んでいる猫もその隙を突かれ

てもう一匹の猫にやられてしまい、最後には力の強い海猫だけが残る事にあいなりましたのでございます。

 しかし流石の海猫も大怪我を負ってしまいましたので、息も絶え絶え、体中血だらけです。何とか海へ

帰りましたが、帰って安心したのかころりと死んでしまいました。

 喜んだのは神様です。でもこうして三匹皆死んでしまうと、哀しくもあられるのでございます。

 何せ神様でございますから、皆様情が深うござっしゃるのです。

 そこでそれぞれの猫の亡骸(なきがら)を一匹ずつ抱えられて、守護されている土地に埋葬し、その土

地の守護猫にしてしまわれたのでございます。

 争っていた三匹が消えましたので、やがて虫や鳥や鼠、そしてそれを獲物にする様々な動物が帰って参

りまして、次第に昔の繁栄を取り戻し、見事な自然へと長い時間をかけて戻ったのでした。

 ただし守護猫になっても猫達は相変わらずでありまして、今も一年中喧嘩しているそうです。

 それでも神様達はそれを微笑ましくご覧になられ、時に応援、時に叱咤されながら、この不思議な見物

を楽しまれているそうでございます。

 たくましいと言いますか、陽気な方々でございますな。

 守護猫が元気なのはその土地にとってもとてもよろしい事のようで、肉体が無いので暴れても土地は傷

付きませんし、この場所はいつまでも実り多く繁栄したとの事でございます。

 耳を澄ませば、猫達の勇ましい声が聴こえてくるかもしれません。

 おみゃあ、おみゃあ、という鳴き声が。

 やあ、めでたし、めでたし。




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