伝達神


 この世にある全ての物に神は宿る。神の力を借りられなければ存在できないとでも言うように。

 それが形ある物ならば、すべからく神は宿り、神の力によって初めて安定する。

 神とは心であり、何かを為そうという意志、働き、その動き全てである。

 この世は神の集合であり、神の力の現れを即ち形と言う。

 とまあ、そんな堅苦しい事は置いておいて。つまりは神様が働いてくれないとどうにもならないという訳

ですよ。

 そしてその神様。最近はやたらと忙しい。どうも問題は人と人が会話する手段が変わってしまった所にあ

るようで。

 今までは単に口から耳に運べばよく、投げ飛ばす側も受け取る側も楽でした。

 そこに電話が現れた訳です。こうなるとなかなかにしんどい。

 何故って、考えてもごらんなさいな。人が大声を出して、それがどこまで届くのか。

 人の言葉を意味が通るまま飛ばすには大変な力が要りまして、さすがの神様でもそう遠くまでは飛ばせな

い訳です。ですからどんなに声を張り上げても、それが届く距離は自ずと決まってきます。

 それを考えれば電話なんて途方も無い距離を声が行き来する訳です。そりゃあ疲れる。いかに電話線を通

ると言ってもです。

 そもそも一体全体どうして電波として音を届ける事ができるのかと言いますと。あれは無数の電気神様が

えっほらえっほらとバケツリレーのように音神様を運んでいるからです。

 電気神様も疲れますが、運ばれている方の音神様もへとへとになってしまいます。ほんとにもう運ばれて

いる方の身にもなってくれという事です。

 それでももう電話は広まってしまいましたし、そこにケチをつけても仕方がありません。何とかしようと

頑張って身体を鍛えまして、電気神様も音神様もどれだけ遠方へ移動してもへこたれないだけの見事な肉体

を作り上げました。

 しかしそこにまたしも現れた強敵が、例のアレ、無線って奴です。

 簡単に言うと携帯電話ですか。

 これ明らかに線が無い訳で、ではどうやって音を飛ばしているかとなりますと。そうです、電気神様がえ

いやっと投げ飛ばすしか無い訳です。

 勿論無限に飛ばせる訳がありませんので、遠くに飛ばす際は幾つかの中継地点を設けまして、そこに居る

電気神様がバトンリレーする感じで最終的に貴方の電話に届けている訳です。

 それはもう疲れますね。一度飛ばすだけで腕が弾け飛びそうな勢いです。

 一人では飛ばせませんから無数の電気神様が集まってえいやっと飛ばしている訳で、交代要員も考えます

と、確かにあれだけの電気を消費して当然という事になるのです。

 それでもう毎日途方も無いくらいの電気神様が莫大なエネルギーを消費してやっていたのですが、最近は

少し楽になってきました。

 それはメールを使うようになってきたからです。

 ようするに手紙ですね。手紙を文字データに換えて飛ばす。

 電気神がえいやっと飛ばさないといけないのは同じですが。声神に比べて文字神というのは非常に軽いの

で、楽なのです。

 声神を飛ばす何分の一とか、何十分の一とかいうエネルギーで飛ばせる訳で、非常に助かっております。

 受け取る側の神様も随分楽になりました。

 今までは耳神が必死で受け取っていたのですが、何せこの世は音に溢れておりまして、受け取る音は人の

声だけではありません。しかも言葉は聞き取らないとならないので余計に力が必要です。

 それを考えればメールなどはとても楽です。

 目神も毎日毎時毎分毎秒と恐ろしい数の情報を受け取ってはいるのですが、同じ文字が同じだけずっと映

っているメールを読むのは難しい事ではありません。

 電気神と目神はあまり相性が良くないので、ずっと見ていると喧嘩を始めて目が痛くなってしまいますが

、それを除けばメール、つまり手紙というものは非常に優しいのです。

 文字を読みながらそれを読み取ろうとする速度は、言葉を聞きながらその意味を理解するのに比べてゆっ

くりで済みますし、何度も読み返したりできますので、のんびり見ていられます。間違えずに聞き取らなけ

れば、といつも緊張している耳神に比べて非常に気楽です。

 そのまま消さずに残してもらえれば、文字神もその間ゆっくり休む事ができますし。色々と楽です。

 まあ、こんな風にして今日も神々は大忙しな訳です。

 メールが増えたとはいえ、大事な話は電話でする事が多く、その分責任重大になってきますし、神という

仕事はいつも楽できないようになっているのです。

 その上運ぶほとんどの言葉はどうでも良い物ですし、中には相手に迷惑と思われる物も無数に混じってお

ります。神としては明らかに不要だと思われるものは、神様権限で削除しても良いと思うのですが、神とい

う法則を守る側の立場としては、勝手な事ができないのです。

 ですから神々が唯一期待できるのは、人間がこれからどれだけ神に優しい伝達方法を見付けるか、という

一事にかかっております。

 手紙や直接会話だけで済んだ昔は良かった、などと懐かしんでいる暇はありません。

 神は過酷です。

 休む事も迷う事も許されず、ただただ働くしかない、そんな神々の事を、貴方もたまには考え、思いやっ

てあげてはいかがでしょう。

 一通でも一本でも減らせば、それだけ神の負担は軽くなります。

 そしてもし神々の機嫌を良くするような事ができたとしたら、何か良い事があるかもしれませんよ。

 まあ、かえって災いを招く事も多いですが。

 神というのは難しいのです。

 機嫌を良くさせたい時は、せめてメールだったり電話だったりという事をしばらく控え、充分に休ませて

あげてから行なうと良いでしょう。

 神は気まぐれですが、正直で嘘をつきませんので、裏表の無い純粋な思いやりの心であれば、きっと伝わ

ると思います。

 その点、人間相手よりは、楽かもしれませんね。

 そんなお話。




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