かわらけにて御座候


 あっしはかわらけ、武士でござる。

 正確には武士に使われる杯でござるが、武士用であるからには、あっしもまた武士でござろう。

 あっしは今土蔵にて、今や遅しと出陣の機会を狙っているのでござる。

 出陣すればかわらけとして使い捨てにされ、討ち死するは必定。さりとて哀しくとも、この身が惜しく

ともござらぬ。むしろ一夜限りの晴れ舞台に上がれるのならば、それで本望なのでござる。

 かわらけとして生れた以上、使い捨て、いやさ一夜にて全身全霊を使い果すは本望にてござる。

 それにあっし共も生きて錦を飾る事が、絶対にないとは言えぬでござる。

 極稀にではござるが、記念に主より同胞へと我らが贈呈され、飾り物、縁起物として命を存えられる事

もござる。

 これはかわらけにとって名誉極まりない事。討ち死にするが武士としての役目であれど、名誉の証とし

て生きる事もまた、あっしらにとっては名誉でござる。

 それはかわらけではなく、名誉の証として生まれ変わった事にござれば、それもまた良い生き様。

 されどあっしとしては、生き恥を晒して毎夜の晩酌に使われるよりも、やはり一夜限りの主命を全うし

とうござる。その為に作られたのでござるからには、その為に生き、その為に死にたいものでござろう。

 それは人様であれ、かわらけであれ、変わりはござらぬ。

 名誉より以上に、この乾坤一擲(けんこんいってき)の舞台に立ち、その舞台で命終える事に、あっし

は憧れを抱いておるのでござる。

 かわらけとしての死、土塊としては永劫の命があるが故に、この一時の生と死、そして大地への帰還に

対し、強く憧れを受けるのでござる。

 生あるからこその憧れ、かわらけとして生み出された事の喜び、それを味おうてみとうござる。

 例えこの命消えようとも、我ら粉々に砕けようとも、その内雨に塗れ、或いは踏み砕かれ、また大地へ

と還り、永劫の生に戻るのでござれば。一夜限りのかわらけとしての命とて、何の儚い事がござろうか。

 さあさ、使うて下され。遠慮のう使うて下され。

 壊されても壊されても、あっしらはまた生れるのでござる。

 職人様がおられる限り、まあ見事なくらいに良いかわらけとして、何度も生を受くる事が出来るのでご

ざる。いくらでも、何度でもお使い下され。

 かまどで焼きあがる時の、なんと心地よい事か。身がかっかと燃え立ち、生の祝福に満ちてござる。あ

の感覚を再び味わえるのであれば、何度でも叩き割っていただきたいと思う程でござる。

 遠慮なんぞ要りませぬ。叩き割られ、大地に帰る事もまた、あっし共にとっては喜びに過ぎませぬ。

 還る喜び、生れる喜び。そう思えば、今ここにこうして鎮座している事の何と虚しい事でござろう。

 たった一度、たった一夜、永劫の時の内、たった一瞬の期間だとしても、お役目を全うして、この生を

終える。それは非常に有意義な事にござれば、これ以上の満足はござらぬ。

 今こうして埃篭る土蔵にて並べられているこの時、この時の静寂と待ち遠しく気を失しそうなまでに待

ち遠しいこの気持ちは、もう勘弁していただきたくござる。

 あっしらは土器でござる。不恰好な土器でござる。

 遠慮は要りませぬ、存分に使い捨てて下され。

 焼いた土塊は、人に使われてこそ初めて土器、酒を注がれてこそ初めて杯。

 今こうしてただ陳列されているのは、まったくもって物悲しい心地に御座候(ござそうろう)。

 扉を隔てた向こうでは、今正に宴も酣(たけなわ)。我ら同胞は酔いにまみれた主君と家臣一同に使わ

れ、振り回され、勢い余って割られたりもしてござる。

 同胞が消えるのは哀しくもござるが、やはり羨ましくござる。

 酔いにまみれて振り回されての討ち死にとはいえ、主命を全うした事に変りござらぬ。むしろ誰かの身

代わりとなって討ち死に出来たとなれば、それもまた名誉極まりなし。

 彼らという犠牲あってこそ、初めて宴は成り立つ訳でござる。

 つまりは犠牲あってこそ、一夜の喜びがあるのでござる。

 あっし共こそが宴というても、これは言い過ぎではござらぬ。

 そしてここに残る我らにも、もしかすれば援軍に出れるやもしれぬ、という希望を与えてくれるのでご

ざれば、何と大きな役目を果されたというべきや。何と羨ましくも祝福すべき割られ具合でござろう。

 まっこと哀しくも羨ましきお役目。あっしも早くあの場に出陣したく、ただそれだけが望みでござる。

 されどあっしの出番はまだまだ先のようで。蔵される同胞を見渡せば、後何百枚割られればあっしまで

来るのやら、後どれだけのお客人が来られれば良いのやら、まったくもって数えも出来ぬ所存。

 近頃は武士も数字が入用との事、なればあっしも少しは学んでおくべきであったやもしれませぬな。

 あっしが出来る事と言えば、せいぜいあっしの縁をぐるっと眺め、欠けている所が無いかと見定める程

度にでござる。

 ああ、情けなし、情けなし。

 あっしもせめて算盤の玉にでも生れておれば、もう少し要領よう立ち回れたかもしれませぬ。

 ああいう風に上に下へとかちかちかちかち上手く立ち回れたかもしれませぬな。

 いや、かわらけに生れたこの身、この宿命天の采配を嘆んでおるのではござらぬ。ただ、何故にこのよ

うな場所にしまわれたのか。それが悔しくてならぬのでござる。

 何が哀しくて、このような端も端、扉より最奥へとしまわれてしまったのか。

 正直申せば、今正に出陣していかれるかわらけ達は、あっしよりも半年も後に運び込まれて来たかわら

け達にござる。そう、あっし達が使い切られる前に運び込まれた、新しき者達にて御座候。

 あっしよりも若年のかわらけに遅れを取るとは、真に恥ずべき事でござる。

 如何にあっしが名のある職人の手ではなく、簡素に作られた、どちらかといえば庶民向けのお手頃価格

だとはいえ。あっしの武勇、決して劣るものではござらぬ。誰が作っても、かわらけはかわらけにてござ

れば、そこに差などは本来は無きが如く思い候。

 けれども何かしら差を作りたがる、あの傲慢者の策謀にて、あっし達のようなかわらけは軽視されるの

でござる。

 決してあっし達が劣ってるのではござらぬ。嘘だとお思いであられるのならば、さあさ、とんとこの身

に酒を注ぎたまえ。見事なまでに、縁まできっちりと注がれて見せましょうぞ。

 どうかあっしを使って下され。武家言葉も必死に覚えてござる。こんな事まで出来るのは、長年この土

蔵に収められていたあっし以外におらぬではありませぬか。何故あっしを使うて下さらぬのか。

 もう我慢も限界ですぞ。腐っても武士、これ以上の恥辱には耐えられぬ。

 ああ、口に出せばもう我慢が出来ませぬ。もう行きますぞ、行ってしまいますぞ。手前勝手に宴へまじ

ってしまいますぞ。

 もう止めても無駄でござる。武士に二言無し!

 いざや行かん。例え途上で滅しても、我が心意気、例え一太刀でも今生に馳(は)せて見せようぞ。

 あっしが本気になれば、この高台より転がり落ちる事など朝飯前にて御座候。伊達にここに長年しまわ

れていた訳ではござらぬ。その程度はお見通しよ。

 見よ、我が勇姿。こちらへ転がり落ちれば、そこはもう扉の前ぞ、そりゃあああああああああッ!!!

「あら、今何か音がしなかった?」

「いけない、器を落としてしまったのかしら」

「そんな事はないわ。ほら、こうしてきっちり並んでいるもの」

「じゃあ、気のせいかしら」

「そうね。それより早く行かないとまた叱られる」

「急ぎましょ」

 ああ、我が命果てども、悔いは無し。

 しかしあっしも所詮はかわらけ、落ちれば割れるはこれ道理。これに気付かず事を起こし、更には割れ

て後に誰にも気付かれぬは、流石に虚しく思いて御座候。

 されどあっしは諦めず。

 ほうらねずみのやつめがあっしを咥え、どこぞなりと運んでくれるわ。

 例え欠片を尽く巣作りに使われたとて、最後の一片だけでも何かの拍子に大地に還れる可能性あれば、

あっしは満足でござる。まだあっしの望みは途切れぬ、断たれぬ、それもまたよろしく思いて御座候。

 むしろこうして下まで落ちたことで、外へと一歩前進でござれば、もう二度と酒が注がれる事がなかろ

うとも、杯として使えぬとも、これはこれで満足にてござる。武士は後悔せぬのでござる。

 せいぜいねずみ共には頑張ってもらわねばなりませぬ。もしかすれば猫を誘い入れるかもしれませぬ。

猫なれば、外へ連れて行ってくれましょうや。そうなれば、猫の毛先に引っ付いてでも、必ずや外へと、

大地へと還る所存にござる。

 例え猫が来ぬとしても、ねずみが外へ運ばぬとしても、まだまだ諦めはしませぬ。

 長き年月かかれども、いずれはこの土蔵自体も風化し、土に還るでござろう。そうなれば土蔵と共に故

郷へ錦を飾れるというもの。これだけでかいのだから、大地の母上もさぞや喜んでくれましょうや。

 それならば、それもまたよしに思いて御座候。

 また、あっしの破片が風化して砂となって、後は風に運ばれ外へ出られる事もござろう。

 いついかなる時も諦めず、生が潰えても諦めぬ。これこそかわらけの武士道にて御座候。

 我ら無骨なれども、しぶとさだけは誰にも負けぬ。

 されどかわらけとして生を受けたからには、一度だけでも酒を注がれとうござった。

 後悔はせぬが、少しだけ哀しくも思うのでござる。かわらけ片となる前に、かわらけとして出来る事は

やっておきたかった、その心が無いとは言えぬでござる。

 それだけは適わぬ望み。こうなればここで下男下女が酒でも盗み飲みをし、あっしへと一滴でも零して

くれる事を祈るのみでござろうか。

 さてもさても永い生、これでかえって楽しみが増えたわいと思うのが、武士らしいというものでござろ

うや。

 諦めねば、勝機はあるものでござろうや。


                                                     了




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