道程


 一本だけの山。線だけの道。ずっと止まらないこの足。

 動くものを見て、動かないものを見て、ずっと歩いてきた。

 何かが解った事もあったし、解らない事もあった。そして今も。

「ぐーてんのーべんはーく」

 意味不明の言葉。誰も知らない言葉。どこかで聞きかじった言葉をまぜくちゃにしただけの言葉。

 どこへ行くのか解らない。場所なんか指定していない。そんな言葉、どこへ行くんだろう。

 意味なんかない。

 色々な事があった。

 風も吹いた。火も燃えた。水は凍った。火山は爆発した。恨んだ事もあった。

 今はどうだろう。

 ただ何かをしたくて歩いている。そんな気持ち。

 どこにあるのか知らない何かに、出会いたいという気持ち。

 探したいんじゃない。

 見付けたいんじゃない。

 ふと、出会いたい。

 誰かと誰かが出会う時に、側にいれたらと思う。

 誰かと誰かが別れる時に、側にいれたらと思う。

 行く先は同じだ。死へ向かって一直線。たまには転げてそっちに行ってしまう事もある。

「せっかちなんだね。そんな事、誰も望んでないのに。楽しいよ、ここは」

 両手を上げて、釣り合いを取りながら一本の線を歩く。

 そこから落ちればどうなるか。

「どうにもならないよ。ほら、地面あるから」

 奈落の底とか、越えられない山とか、そんなものはどこにもない。ただぶーらぶらーと歩いていける。

そんな道。ただの線。

 二本ある空を見上げて。また目をおろすと、一本だけの山が際立ってくる。

「空と空の間にあるから、きっと山って言うんだね」

 トトトってスキップしてみた。飛び跳ねては靴裏を合わせて、パチンパチン。

 良い音がする。今日も心地良いよ、平和だよ。

 川も海もあるけど、もういいよ。

 ゴミの山にも飽きました。

「初めから全部ゴミなんじゃないのかな」

 一本の道。それをたどって行ければいい。

 無くてもいい。

 この足が無くても、転がっていけばいい。

 今だったら、良い車もあるね。

「はーれはーれ、くーもくーも」

 二本ある空に一かたまり、二かたまりの雲。どこへ流れていくんだろう。そっちには何があるのだろう。

 そう思う事はある。でも気にしない。

 行く所は誰も一緒、でも道は違う。場所も違う。景色も違う。

 だから素晴らしい。

 そういう気持ち。

 きっと、大事だね。

 夢見る景色は素晴らしい。でも覚めても素晴らしい夢もある。

「うん、どっちも良いよね」

 自然と笑顔がわいてきた。

「この笑顔ってどこからくるんだろう」

 解らないけど、ぼくは好き。

 ころころと車を転がす。気持ちいい。

 真っ直ぐしかいけないけど、よく転がるよ。

 でも気をつけて、飛ばしすぎたら転んじゃう。

 転ぶときっと痛いから。あ、でもちょっと楽しいかも。

 転がらない生き方よりも、ちょっとだけ楽しいかも。

 嬉しいかも。苦しいかも。でもやっぱり楽しいかも。

「ふんふふーん」

 気軽に行こう。気軽にね。

 線の道をそれてみた。

 慌てて山が動き出す。

 でも山はもういいから、ちょっと断って、谷の方へ行ってみた。

 こっちのが転がるね。

 でもちょっと怖いかな。

 スリルって怖いよね。だから嫌い。

 でも楽しいかも。怖いけど、怖いから、楽しいの。解らないけど、そんな感じ。

 ぐるぐる落ちる車椅子。このままじゃあこけてしまうから、頑張って立ち上がることにした。

 立って歩くのって、もう忘れたけど、今でも夢に見るよ。

「それって、楽しいよね」

 笑顔だけがあって、普通の事だけど。

 長い道だったけど、そう思う。

 長かったから、そう思う。

 幸せだって、そう思う。

「でもね、ちょっとさみしいんだ」

 なんで山と道って一本なんだろうって。二本じゃだめなのかな。あの空のように、仲良くしたいよ。

 一本はさみしくないのかな。

「あ、でもぼくがいるよ」

 あわてて気付いて戻る人。

 自分が離れたら独りになってしまう、気付いたからもう放っておけない。

 山に戻ろう。

 でもね、山も道も、結構気楽にやってます。たまには寂しいけど、だって、山には道が、道には山がい

るじゃない。

 でもね、やっぱり誰か居たら、増えたら、もっと楽しい。

 一本しかない道。一本だけの山。そこに横から誰かがやってくる。山と道とやってくる。

「こんにちは」

「あら、こんばんは」

 おかしいな、そしてかわいい人だ。

「ちょっと混ぜてもいいかしら」

「ええ、ええ、どうぞどうぞ」

 山と道がくっついて、一緒の道になる。なかなか面白いね。

 でもこれじゃあ一緒に行けないね。

 だって、一本になっちゃったから。

 二人で行けないね。

「お先にどうぞ」

「いえいえ、あなたがどうぞ」

 ゆずりあって進みはしない。ぺこりぺこり、シーソーみたいに頭を下げて、それでも何か笑ってる。

 きっと楽しんだ。そう思う。

 その時は解らなかったけど。

「じゃあ一緒に行きましょう」

「ええ、ええ、そうしましょう」

 二人は道を挟んで並び、一緒に歩き出します。

 道から出てるけど気にしない。

 あはは、うふふと笑いあって、楽しそう。

 だったらそれで、良いじゃない。

 そんな日続けば良いじゃない。

 ああでも、別れの時がきてしまう。だって元はどちらも一本。どちらも別の道だから。

「お別れ寂しい、もっといよう」

「あらあらいけない、いけないわ」

「解らない、なぜいけないの」

「解るわよ。だって、思い出って残るでしょ」

「あるけど、だけど、いけないよ」

「なんで、そんなに、いけないの」

「解らないけど、いけないよ」

「解らないなら、駄目なのよ」

 山も道も二つに割れて、ぐぐぐっと分かれました。

 また一人、歩きます。

 寂しいです。

 でもね、なんだかちょっと違います。

 一つになっていた山も道も、ずっとその事を覚えてる。だからずっと解ってる。ほら振り返ってごらん

なさい。あそこで一つになっていた、それをきっと思いなさい。

 別れも出会いも同じです。

「ああ、解った。解ったよ」

 楽しい事も、寂しい事も、幸せな事も、辛い事も、皆一緒同じだね。あそこで一緒同じだね。

 ほらまた向こうからやってきた。

 知らない誰かがやってきた。

 今度はそこにぼくも向かう。

 出会いと出会いに行きました。

「ああ、どうも初めまして」

「あらまあ、初めまして」

 また一つに繋がって、ずっとずっと続いてく。

 そしたらまた別れがきて、誰かと出会って、別れて出会って生きていく。そんな道。

 そう望んだから、そんな道。

 忘れないで、疑わないで、きっと良い事待ってるよ。

 きっと良い事、待ってるよ。

 誰でもきっと待ってるよ。

 それをきっと待ってるよ。

 だからきっと、行くんだね。

「そうだね。きっと、楽しいよ」

 今度は二人、手を繋ぎ。踊るように歩きます。

 とんで、はねて、もう少し。前よりきっともう少し、楽しく嬉しくなるように。

 別れても、次はもっと楽しいように。

 何があるか解らない、一本の道だけど。きっと何かが待っている。そんな道であってほしい。

 別れて一人、歩き出す。

 思い出が増えていく。

 記憶の中の景色の庭で、振り返るといつも笑顔。

 苦しかった事、辛かった事、全部一緒なんだよって、いつかは笑顔になるんだよって、そう教えてくれ

たから。

 今も元気に生きてます。

 転がらないよう、生きてます。

 ずっとずっと生きてます。

 ぼくだけじゃないように。

 皆ずっと生きてます。

 楽しいよ。楽しいよ。だからきっと楽しいよ。

 まだ何も知らないけど、楽しいよ。

 希望を持って生きていこう。

 色々もっと、ある事が。色々もっと、待ってるよ。

 そう思って、生きていこう。

 ほんとはちょっと、さみしいけど。




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