真っ暗な空を、星が堕ちていく。 蒼く美しかったそれは、今では真っ赤に輝き、火の玉のように燃え、火花を撒き散らしながら、ゆっく りとゆっくりと沈むように堕ちる。海を目指し、宇宙の彼方から堕ちてくる。 何百何千もの星が燃えながら堕ちていく。その炎が消えた時、ようやく一生を終えて、海の底でゆっく りと休めるのだろう。 その堕ちた星を調べるのが僕らの仕事だ。 いや、漁(あさ)るって言った方が良いか。使えそうな物をみんなもらって、必要な物と交換する。い つからそうなったのかは解らないけど、それが僕らの仕事。生活の糧。 仲間は沢山居るけど、潜る時はいつも一人。冷え切った海の、寂しい一人旅。 誰も頼れない。真っ暗な海の中で、一人必死に泳ぎ続ける。 ずぶんと飛び込み、ゆっくりと下を目指す。目標は大きくて大きくて見失う心配はない。どこまで沈ん でいてもはっきりと目に映る。 真っ赤に燃えていた星の残骸も、今では冷えて青々と輝いている。まるで海に溶け込んで、水そのもの になってしまったみたいに。 この星には何か使える物が残っていれば良いな。 折角潜って行っても、星に何も残っていない事も多い。全部燃えてしまったのか、元から無かったのか は解らないけど、僕らが使える物がいつも残されているとは限らない。 そうなると潜り損だけど、行って見るまで解らないから仕方ないし、だからこそそれを貴重に思う人が いる。 もし当たり前に誰でも取れるようなら、大きな価値が付いたりはしない。だから苦労すればするだけ物 には価値が付く。それは嬉しい事。 それに払う苦労も、いつか報われるって事。 深く深く潜って行くと光が届かなくなるけど、心配は要らない。星が不思議な光を放っているから。 まだ燃え尽きていないのか、そういうものなのかは解らない。海に沈んだ星達は、しばらくの間うっす らと輝き、僕らを誘う。 潜れるのは輝いている間だけ。この光が消えてしまったら真っ暗で何も解らなくなってしまう。 暗闇の中では上も下も関係ない。水の中にある、もう一つの宇宙。光が消えれば自分がどこに居るのか も解らない。怖い。だからあんまりのんびりもしていられない。 するすると潜り続ける。息は充分にあった。背負ったタンクからずっと送られてくる。これが僕らの必 需品。これさえあれば仕事ができるし、これを失えば仕事を失う。大事な道具だ。 必要な道具は物々交換で手に入るけど、星で見付かる事も少なくない。きっと誰かが脱出しようと、逃 げる準備をしていたのだろう。 そこにあるという事は、その目的が叶わなかったという証拠だけど、まあ仕方ないさ。その人達がどう なったかは知らないけど、今はもう星には居ない。 堕ちた星には誰も残っていない。ひっそりと静まって、僕らが来るのを待っている。それが星の最後の 仕事。そう僕らが勝手に思っている。 本当は違うかもしれないけど。僕らには解らないから。 さあ、星に着いた。ここまで潜ると他の一切の光が消えて、星だけが浮かび上がっているように見える。 堕ちる前のように生き生きして、美しく輝いている。 綺麗だと素直に思う。何もない残骸、いずれその光すら消える欠片でも、今は本当に綺麗だ。 今回の星はわりと綺麗に原型を留めている。大きさはそれほどでもないけど、細かい所が残っているよ うな気がした。これは珍しい。珍しい物も残っていそうだ。 何かの建物。海や川の流れの跡。色んな物が自分があった証拠が燃えずに残っている。まるで僕らが最 後に見に来る事を解っていたかのように。 不思議だ。でも星だって最後まで綺麗に見られたいのかもしれない。 そう思うと少しだけあたたかい気持ちになる。 気のせいかもしれないけど。 折角だから建物の中を調べみよう。 中に入るとそこには家具のような物がたくさん散らばっていて、色んな物が原型を留めていた。 椅子、机、その他用途の解らない道具。ここにある物はそれぞれ朽ちているけれど、何かしら使い道が あるような気がする。 これは掘り出し物だ。この建物にある物だけで、随分たくさんの物と交換する事ができるだろう。きっ とたくさんの物が手に入る。 何となくうきうきしてきて、しばらくの間建物の中ではしゃいでいた。 それから忘れないように入り口に印を付けておく。これが僕が見付けたよ、という証。これを出してお けば、よっぽどの人でない限り、置いといてくれる。特にこの星は他にもたくさんありそうだから、大丈 夫だろう。 あまり多くの物に印を付ける事はできない。あまり欲張ると仲間達からも嫌われる。嫌われたら陸の上 でも一人ぼっちになってしまう。それは嫌だ。だから皆守っている。 それでもこれだけあると何が残っているのか気になる。全部欲しい訳じゃないけど、何が残っているの か気になる。 普段は行かない奥の方まで行って見る事にした。 これだけ状態が良いんだから、何か面白い物が残っているかもしれない。 海があったのだろう低い地形を更に降り、大きな穴の中を進んでいく。 星が燃えると海も蒸発して行くから、水が必要な生物、暑さが苦手な生物は自然とこうして降りていく 事になる。 この星は完全に燃え尽きる前に海に達したようだけど、多分行こうとする場所は同じ。海の海の奥底。 こういう住めそうな穴。 色んな物が浮いていた。 用途は解らないが、形が綺麗に残っている物も多い。きらきらしている物もいっぱいあって、一つ二つ もらっておく。 これくらいなら文句は言われないはず。だってこんなにたくさんあるんだから。 色んな物を潜り抜けていくと、その一番奥にたくさんの誰かが居た。こういうのは初めて見る。 皆似たような姿形をしている。家族だったり、友達だったりするのかもしれない。大勢の誰か達が一箇 所に集まるようにして、今はずっと沈んでいる。 水が恋しくて、上にあがりたくなくて、自分で重りで沈めてしまったのかもしれない。 叫ぶような驚くような良く解らない顔をしているけれど、誰も寂しそうな顔はしてない。 この人達は運がいい。こうして形が残っている事もそうだけど、誰かが一緒に居てくれたのだから、最 後まで不安で寂しくてどうしようもなくなる事はなかっただろう。誰よりも長く生きていられたって、一 人じゃあ意味ない。寂しさの中で生きていても、何も楽しくない。 こうして真っ暗に浸る海の奥底に独りでいると、その事が良く解る。 例え命を失くしても、最後は誰かが居てくれたら、きっと、きっと少しだけ楽な気持ちで死んでいける と思う。 苦しみも悲しみも、独りでは辛過ぎるから。 この人達はこの星が最後の輝きを失っても、ずっとこうしてこの場所に居るんだろう。静かに、誰にも 邪魔されずに、朽ち果てるまでこうしていられるんだろう。 代わって欲しいとは思わないけど、少し羨(うらや)ましかった。 この人達は生きている僕の方を羨ましがるかもしれないけど、僕はそう思う。 あまり時間もないし、お別れを告げて上に戻る事にした。 もうすぐ最後に残った星の光が消えてしまう。 急ごう。 引き返そうとしたその時、何かに腕をつかまれたような気がした。 でも腕を見ても何も見えない。どこにも誰もいない。ゆっくりと暗くなっていくだけ。 この人達も暗闇に沈んでいく。もうすぐ誰にも見られなくなる。誰も居ない場所へ行く。それは多分、 良い事なんだ。 その前にもう一度だけ見て欲しかったのかもしれない。面識もない、名前さえ知らない僕でも、最後に は誰かに見送って欲しい。見ていて欲しいと。 僕は最後にゆっくりと彼らを見回し、それぞれに別れを告げて上へ向かった。 今度は誰も引き止めない。きっと満足したんだろうな。 僕らも最後の時は、こうして誰かに見送ってもらえるのかな。 それとも、燃え尽きて、灰になっているのか。 どちらでも結局は同じだけど、誰かに見送ってもらえたら、少しだけ嬉しいと思った。 その時の苦しみは消えないだろうけど、誰かに何かを残したい。生きている誰かに憶えてて欲しい。そ う願うような気がする。 燃え尽きた星が明日も堕ちてくる。 今度は誰の思い出に出会えるのだろう。 |