小さなギョロリ


 誰も居ない闇の中、人知れず悪事為す、俺ギョロリ。

 ギョロリは魔王様の僕(しもべ)、魔王様の為に今日も悪事。

 理由は知らない。ただ言われるままにそれをやるだけ。

 それが良いギョロリ。

 疑問を持ってはいけない。魔王様のやる事に疑問を持つと、ギョロリはすぐに消されてしまう。初めか

ら無かった事になって、ギョロリは何処にも居なくなってしまう。

 それは悲しい。だからギョロリはやる。よく解らないけど、ギョロリは頑張る。

 悪いギョロリはいけない。

 ギョロリは必ず一件に一匹居る。ゴキブリより少ないし、蟻や蝿よりも少ないけど。でも確かに居る。

 この家がギョロリの持ち場。この家の事は全部任されてる。

 ギョロリはこの家の者を不幸にしないといけない。よく解らないけど、それが仕事。

 でもしくじった。ギョロリは人間に捕まってしまった。

 一生懸命隠れていたのに、何で人間の子供って、こんなにギョロリ獲りが上手い。魔王様も吃驚。毎日

たくさんのギョロリが捕まる。ギョロリもとうとう捕まった。

 ギョロリはむぎゅっと掴まれて、小さい子供と部屋の中。誰も助けてくれない。魔王様も助けてくれな

い。捕まったら終わり。それがギョロリ。

 ひょっとしたら犬に食べられるのかも。人間の子供は怖いから、魔王様より怖い事をするかもしれない。

子供は危険。ギョロリ危ない。

 でも逃げられない。捕まったら逃げられない。ギョロリは一度捕まってしまうと逃げられない。一度見

付かってしまったら、もう終わり。はっきりギョロリの姿を見られてしまったら、動けなくなる。

 それが魔王様との契約。ギョロリは目には逆らえない。

「ぶー、ぶー」

 ギョロリはごりごりされた。いっつも電車ってやつのオモチャで遊んでいるように、ギョロリは床にご

りごりされた。

 一擦り毎にギョロリの身体が崩れる。ギョロリの身体は脆い。ギョロリは簡単に作れるけど、簡単に壊

れる。

 ギョロリはきっと煎餅くらいの硬さしかない。あんなにバリバリ破れないけど、ギョロリはよく削れる。

ボロボロ崩れる。

 もう駄目。ギョロリは消える。もし逃げても、魔王様に怒れられて消されてしまう。でもこのままだと

削れて消えてしまう。二つに一つ、どっちも嫌だ。

 暴れたいけど、動けない。

 そこへもう一人の子供がやってきた。ギョロリはほんとにすっかり駄目だと思ったけど、何故かその子

はギョロリを取り上げて。

「もう、へんなので遊んじゃあ駄目でしょ」

 そう言ってギョロリを助けてくれた。ちっこい方は泣いたけど、ちょっと大きい方は知らんぷり。何て

強いんだろう。もしかしたら魔王様の五倍くらい強いかもしれない。

 駄目駄目、そんな事を言ったら消されてしまう。ギョロリはもう何も言わない。絶対言わない。

「これなんだろう」

 ちょっと大きい子はギョロリをいじくりまわす。あまりにもくすぐったいから、ギョロリは声出してし

まった。でもギョロリは何も喋らない。これ呻き声。喋ってない。これギョロリの約束。

「きゃあ!」

 床にバタンと投げられた。

 痛い。ギョロリは床にぶつかると割れそうになる。でもまだ大丈夫。丈夫な煎餅で良かった。

 急いで逃げようとしたけど、ずっと見られているから、ギョロリは逃げ出せない。怖いけど、駄目だ。

ギョロリは動けない。目に捕まる。

 すっかり見られていると、ギョロリは動けない。

「ごめんね」

 でもその子はギョロリを撫でてくれて、今度は外に連れて行って。

「もう捕まらないで」

 ギョロリをそっと逃がしてくれた。ギョロリは嬉しい。でも良いのかな。ギョロリは良いのかな。

 ギョロリが考えている間に、その子は家の中に戻って行った。ギョロリは悩んで動けない。

 ギョロリは初めてだった。魔王様でさえ、ギョロリを消すだけなのに、何でギョロリを助けるの。ギョ

ロリを助けないとあの子が消されるのかな。ならギョロリは解る。消されるのは悲しい。

 でもきっと違う。きっとギョロリはあのまま削れてて良かった。誰も何も言わない。きっと魔王様も何

も言わない。新しいギョロリが送られてくるだけ。ギョロリは簡単に作れる。

 そんな簡単で、削れてたギョロリを、あの子は助けてくれた。

 ギョロリは思い出す。魔王様は、ギョロリを作ってくれた魔王様に感謝して、だから頑張って仕えない

といけないって言ってた。命の恩を返せと言った。

 だったらあの子にも返さないといけない。これがギョロリの掟。きっと破っではいけない。ギョロリは

消されてしまう。

 消されるのは怖い。恩返し、それをする。それがギョロリ。



 ギョロリは魔王様が怖かったけど、その前にあの子に恩返しする事を決めた。

 何故か解らないけど、そっちの方が良いような気持ちになる。こんな事は初めてだけど、嫌な気持じゃ

ない。そう、素直な気持ち。これはきっと素直なギョロリ。

 その子は女の子って言うらしい。人間の女の子供。ギョロリでも解る。これは簡単。

 ギョロリは隠れて見てた。今までもそうしてきたけど、今は他を見ずに、女の子だけ見てる。

 そうしていると、色々と解ってきた。魔王様と女の子はちょっと違う。

 魔王様は人を不幸にすると喜ぶ。それは魔王様がそうしたいから、それが魔王様の仕事だから。

 女の子は誰かに何かしてもらうと喜ぶ、してあげると喜ぶ。それがきっと、女の子の仕事。

 どっちも同じ。同じ仕事。恩返しはお手伝い。手伝うと喜ぶ。だからギョロリは女の子のしたい事を手

伝えばいい。それが恩返し。

 簡単、ギョロリ頑張る。いつもと同じ、お手伝い。

 女の子は色々とやってる。あのギョロリ獲りの名人のちっこいのを世話したり、家の手伝いってのもし

てる。それは小さな事、だけどその積み重ね。小さくてもどんどん増えると大きくなる。大きくなると皆

喜ぶ。きっと魔王様も喜ぶ。誰もが喜ぶ。

 ギョロリ解った。俺達がやってるのと同じ。小さい事を繰り返して、どんどん大きくする。

 ギョロリ解った。いつもと同じ。いつも通り。

 見付からないように色々手伝う。それは得意。小さな事は何でも出来る。失くした物を探したり、小さ

な物を出したり、そういうのは大得意。ギョロリに任せろ。

 だからギョロリいっぱい手伝った。その度に女の子は笑ってた。ギョロリがしているって解らなくても、

きっと嬉しい。何かあれば喜ぶ。ギョロリも喜ぶ。

 解らないけど、これは同じ気持ち。ギョロリはそう思った。

 最近色々考える。ギョロリはちょっと違うギョロリになったかもしれない。

 でも悪くない。魔王様は少しほったらかしだけど。でも恩返ししろって言ったのは魔王様、きっと許し

てくれる。魔王様の言った通りやってる。きっと大丈夫。

 でないとギョロリ、困るから。



 ある日、ギョロリの前に違うギョロリが現れた。魔王様の使いのちょっと違うギョロリ。魔王様、ギョ

ロリを色々使う。その為に色々作る。ギョロリもたくさん作られる。

 その中の一つのギョロリとは違うギョロリ。でもギョロリも一つのギョロリ。同じだけど違う。ギョロ

リは一つじゃない。たくさんのギョロリがいて、どこかで魔王様の為に働いている。

 色んなギョロリがいる。

 違うギョロリが言った。

「ギョロリ、お前さぼってる。魔王様怒ってる。ギョロリも怒ってる」

「ギョロリさぼってない。ギョロリ、恩返ししてる。魔王様がそれしろって言った。だからギョロリは良

いギョロリ、働き者」

「そうか。なら、ギョロリは良いギョロリ」

 ギョロリが消えていく。変わってる特別なギョロリ。ギョロリは消えたらお終いだけど、このギョロリ

はふっと消えてふっと現れる。どこでも行ける、なんでも解る。魔王様にとって、一番良いギョロリ。

 解ってくれて良かった。このギョロリは苦手。ちょっと怖い。

 でもギョロリが働こうとすると、またそのギョロリが現れる。

「おい、お前やっぱりさぼってる。嘘吐きギョロリ。お前、悪いギョロリ」

「嘘じゃない。ギョロリはちゃんと働いてる。たくさんしてる。ギョロリは良いギョロリ」

「でも魔王様言ってる。何も魔王様の為にしていないギョロリだって」

「ギョロリは恩返しの為に働いてる。恩返し大事だって、魔王様言ってた。ギョロリはちゃんと聞いた。

だから、ギョロリは良いギョロリ。さぼってない」

「確かに言ってた。ギョロリも聞いた。恩返しは良いギョロリ。じゃあお前も良いギョロリ」

 特別ギョロリはまた消える。不思議だけど、消えても消えてない。きっと魔王様のとこに帰った。すぐ

行ける。すぐ帰れる。ギョロリは消えたらお終いだから、とっても羨ましい。

 いつか特別ギョロリになりたい。そしたらもう、消える心配ない。ギョロリ安心。

 頑張ればなれる。ギョロリは恩返し。今はそれが大事。ギョロリの仕事。ギョロリ頑張る。

 でも働こうとすると、もう一度そのギョロリが出た。ギョロリは吃驚。ギョロリ何もしてない。これか

らするのに、邪魔をする、もう何度も邪魔してる。脅かすのは悪いギョロリ。邪魔するのも悪いギョロリ。

今度はギョロリが言う。

「お前、脅かす。それ悪いギョロリ。仕事の邪魔する、それも悪いギョロリ」

「違う。悪いギョロリはお前。魔王様は人間の為に働かなくて良いって言ってる。それ悪いギョロリ」

「でも魔王様言った。恩返し、大事」

「ギョロリも聞いた。でもそれ違う。ギョロリは魔王様が大事。だから魔王様の為に働く。それが良いギ

ョロリ。お前は、悪いギョロリ。魔王様の為に働け」

「違う違う。きっと魔王様違う。恩返ししないと駄目。魔王様そう言った」

「ギョロリはお前の言ってる事が解らない。やっぱりお前、悪いギョロリ。お仕置きする」

「違う、ギョロリは良いギョロリ」

「もう駄目、お前は絶対悪いギョロリ!」

 ギョロリは特別なギョロリにビビビってされた。

 それされると、ギョロリは半分くらいに縮んでしまう。力も出ない。身体は半分だけど、力はほんの少

し。しぼんでほとんど無くなる。そして残った力を使うと、ギョロリは完全に消える。完全に消えると、

魔王様も治せない。

 消えるとお終い。それがギョロリ。

「ギョロリ、働け。そしたら良いギョロリになる。良いギョロリは魔王様に褒められる。褒められたら、

きっと元に戻してもらえる。それが一番良いギョロリ。今のお前は、一番悪いギョロリ」

 特別ギョロリは消えた。もうあんまり見えないけれど、居なくなったのは解る。特別だから、あのギョ

ロリはちょっと魔王様に似てる。力が強い。だからすぐに解る。魔王様思い出す。

 ギョロリは働けば戻れる。でも多分もう駄目。特別ギョロリは嘘吐いてる。きっと騙される。

 魔王様は嘘吐かない。恩返ししろって言ったの魔王様。だからきっと言わない。ギョロリ騙された。あ

いつは特別だけど、嘘吐きなギョロリ。きっともう駄目。ギョロリは助からない。

 嘘吐きが助かるって言った。それはもう助からない。ギョロリは消えるギョロリ。



 ギョロリは消える。でもやる事は同じ。恩返ししたい。消えてもしたい。消えるから今しか出来ない。

 ギョロリは頑張った。女の子を助ける。それギョロリの約束。例え女の子が知らなくても、誰も知らな

くても、魔王様も知らなくても、ギョロリは魔王様との約束を守る。これギョロリの掟。掟は絶対って言

ってた。だからギョロリ守る。

 それに女の子の手伝いは面白い。ギョロリこんな気持ち初めて。きっとこれが本当の良いギョロリ。魔

王様の言ってた事本当。恩返しするのは、一番良いギョロリ。

 最後に良いギョロリになれて良かった。嘘吐きギョロリもたまには本当の事を言う。ギョロリは頑張っ

て良いギョロリになった。

 でも終わり。そろそろ消える。ギョロリは解る。

 身体が薄くなった。多分、何もしなくても、何も解らなくても、ギョロリはあと少しで消える。

 ぼーっとする。どっか行くみたいにぼーっとする。気分は良いけど、ぼーっとする。もう力、無い。

 でもギョロリは頑張った。だから良いギョロリ。

 女の子喜ぶ。だから良いギョロリ。

 ギョロリ約束果たした。掟守った。きっと凄く良いギョロリ。

 嬉しい。

 でも助からない。消えてしまう。やっぱり嘘だった。あいつは嘘吐きギョロリ。

 良いギョロリ消えないっていうのは嘘。ビビビってされたら消える。嘘吐きは嘘しか言わない。あ、違

う。嘘吐きはたまにしか本当の事を言わない。だから困る。

 でも嘘吐きギョロリ、初めから嘘吐きだから悪くない。きっとそういうギョロリ。嘘が本当。だから悪

くない。ギョロリと同じ、そういう風に作られた。ギョロリはやっと解った。

 最後に解って良かった。

 女の子は良い笑顔。きっとギョロリも今良い笑顔。良いギョロリ。

 ギョロリはおじぎしながら消える。女の子がおじぎは良いって言ってた。だからギョロリは良い消え方

する。きっとそれが一番良いギョロリ。ギョロリはだから、きっと、きっと……。


 ギョロリは消えた。誰にも知られず、何も知らずに。

 でもやっぱりそのギョロリは一番良いギョロリ。

 誰の心に残らなくても、誰にも知られなくても、きっと多分、一番良いギョロリ。


 女の子はいつまでも嬉しそうにしていた。




EXIT