歯向かう者


 暑くなるとわいてくる。

 どこから来るのかは解らない。

 どこへ去っていくのかも解らない。

 ただ暑くなると現れ、一通り蹂躙しては去っていく。まるで台風などの災害のようだ。

 防ぐ術はあるのだろうが、調べ方が解らない。

 いや、そもそもこれを知っている者が居るのだろうか。もしかしたら私一人が受ける苦しみではないのか。

 それでも影響がないのなら問題ないのだが、これがあると非常に不愉快にさせられる。

 これそのものよりも、その不快感を嫌悪していると言っていい。

 例えば蚊に刺された時、もし痒みを全く伴わないとしたら、我々はあそこまで蚊を嫌悪すまい。

 ああ、かまれたか。で、済む話だ。

 かまれる事ではなく、そこに生じる耐えようもない痒みが疎ましい。

 また例えばあの黒光りする虫があそこまで人に嫌悪感を与える容姿をしていなければ、人はあそこまであの虫を

憎まないだろう。

 屋内に居る無数の虫の中で最もあの虫が不愉快であるのは、我々人間にとって醜悪で近寄りがたい姿をしている

からだ。

 強靭な生命力でも旺盛な繁殖力でもなく、やつらを嫌悪する理由は全てあの姿と動きにある。

 虫そのものではなく、その醜い姿が問題なのだ。

 どちらにとっても我々人間は有用であるのに、どちらも我々を無用に不愉快にする。

 我々と共生するのであれば、我々にとって不愉快でない存在に進化するのが筋ではないのか。

 何故ああなのだろう。

 昨日今日の付き合いならともかく、彼らとは我々が誕生してもう何百万年も付き合ってきている。その途方もな

い時間の中で、何故我々を不愉快にし、敵愾心を持たせる進化を遂げているのか。

 病原体などもそうだ。

 我々を宿主として始めて繁殖できるというのならば、我々を死に向かわせる事は自殺するに等しい行為という事

になる。

 何故生かさないのだろう。共に生きれば良いではないか。そうであってはならないという理由はどこにもない。

 全く腑に落ちない。

 確かに我々人間もあらゆるものを食いつぶし、長い眼で見れば自滅の道を選んで生きている。それと何がどう違

うのかと言えばそうかもしれない。

 だが我々も地球と共生を遂げようと色々と考え方が変わってきているのだから、虫や菌達もそろそろ考えを変え

てもおかしくないはずである。

 それとも、我々が危機的状況になって初めて行動を改めたように、彼らにとっての滅亡が現実的にすぐ目の前に

現さない限り、彼らもその行動を改めないのだろうか。

 或いは他に宿主となる存在がいくらでもいるこのご時勢。我々に対してそこまで気を遣う必要が無いという事な

のか。

 確かにそれはもっともな事だ。

 しかし先も述べたように、病原菌などは我々を食い尽くしてしまうのだから、個々で気付き、改めてもおかしく

はないはずだ。

 菌の進化速度ならば、我々と違って気付いた時には遅すぎるという事はない。

 なのにそれをしないという事は自殺願望があるか、怠慢なのか。

 どちらにしてもまことに腹立たしい問題だ。

 ひるがえって考えてみれば、その腹立たしさこそが彼らへの嫌悪の源であるのかもしれない。

 同じ星、同じ時、同じ場所に住む生命であるのに、何故こうも違い、足を引っ張り合っているのだろう。

 やはり我々とやつらは似ているのか。他者を食い尽くす事でしか、生きられないのか。

 腹立たしい事だが認めるしかない。

 例えそうした所で何も変わらないとしても、私達自分自身の考え方は少しは変わる。

 それを無意味とは思えない。

 心からそう思う。

 しかし痒い。

 いい加減、何とかならないものか。

 いずれ消える事が解っていても、何の慰みにもならない。

 未来など、今の現実の前には何にもならない。

 明日もまた痒ければ、同じように思い。

 明後日もまた痒ければ、同じように思うのだろう。

 誰もが同じように。




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