幸せの贈り木


 しとしとと降りしきる雪の中で、真ん丸い日差しが一つ、真ん丸く雪を溶かして、そこから小さな芽が

出ています。

 真ん丸は太陽のお気に入りで、冬だというのにいつも陽だまりの中、そこは春の盛りのようにぽかぽか

と眠たくなるくらいです。

 夜には月が照らしてくれます。月は太陽に比べて随分小さいですが、一生懸命真ん丸一つを照らすくら

いなら、きっと頑張れるのです。

 芽はすくすくと育ち、青々と葉を茂らせ、大きく大きく枝を伸ばそうとしました。

 でも真ん丸はそんなに大きくないので、すぐに飛び出してしまい、飛び出すとすぐ枯れてしまいます。

 枝を精一杯に伸ばすには、冬の寒さはあまりにも辛いのでした。

 太陽も月も本当はもっと照らしたいのですが、あんまり広げると雪に怒られてしまうので、それ以上は

広げられません。

 だから代わりにぐーっと力を込めて頑張って、あったかくあったかくさせました。

 でもあまりにあたたかくしたので、今度は茎や葉がしおしおとしなびてきます。

 汗をかきすぎて、水が足りないのです。

 仕方なく雲に頼んで雨を降らせてもらいましたが、そうすると日差しが陰って、その間凍るような寒さ

に身をさらす事になってしまいます。

 だから降らしては照らし、降らしては照らしと大忙し。

 あまりに忙しいものですから、雨なのか汗なのか解らなくなってしまいました。

 太陽も雲もへとへとになって、これではもう続けられないし、照らしたり陰ったりは植物の成長にも悪

いので、元のあたたかさに戻す事にします。

 それにいくら暖かくしたところで、真ん丸が広がる訳ではないのですから、あまり意味がありません。

 若木となった芽は雪に触れるのをびくびくしながら上へ上へと枝を伸ばしていきます。

 ばんざいするように枝を天に伸ばしていくのです。

 横へ広がれないものですから、若木は上に伸びるしかありません。

 でしたらこのまま伸びて伸びて雲の上まで行けば、雪も雨も関係なく、ゆっくり枝を広げられると思っ

たのです。

 だからそれまで枝の成長を止めて、ただ太く高くなる事だけを思って伸びていきます。

 生えていた枝も取り込んで、一つの木として大きくなります。

 どんどんどんどん伸びていき、とうとう雲を突き抜けて大空に枝を広げました。

 まるで海の中から出てきたみたいに、思いっきり息を吸い込んで大きく枝を広げたのです。

 でもそこにあったのは冬の寒さでした。

 広げたそばから葉が散っていきます。

 今まで蓄えた力がみるみる失われていきます。

 木は止めようとしましたが、今までぐっと我慢していたのを急に開いたのですから、今更止めようがあ

りません。

 凍りつきそうな枝の先から温度があっという間に奪われていきます。

 木は頑張りましたが、もう葉を茂らせていられるような力はありません。

 だから硬く硬く身を引き締め、ぐっと閉ざしました。葉も実も諦めるしかありません。

 そうするしか生き延びる手はないのです。

 後には高く太く育っただけの、葉と実を全て散らした冬の木が残りました。

 太陽はそれを見てがっかりしました。

 折角ひだまりを作り、その中で大切に育んできたのに、これでは普通の木と変わりありません。

 心が冷めてしまい、特別に照らすのも止めてしまいました。

 木は大変です。太陽が特別に照らしてくれていたからこそ、こんなに太く高く成長できたのです。

 その光が失われれば、ここまで大きく育った木の温度を保つ事はできません。

 風が吹き付ける範囲が大きい分、とても酷く冷えるのです。

 どんなに身を硬くしても、頑張っても、どうにもなりませんでした。

 水分も凍り付いて、体の内から冷やします。

 とうとう先っぽの方から枯れ始めてしまいました。

 これを見た月は悲しみ。せめて自分だけは照らしてあげようと昼間も頑張ったのですが。月だけではど

うにもなりません。

 それに月だって昼間は休んでいたいのです。そうしないと夜中照らし続ける事ができなくなります。

 月は太陽を説得しようとしましたが、太陽は一度飽きた事には興味が無くなるので、いくらお願いして

も聞いてくれません。

 そんな事言っても、どの木も自分だけで頑張って冬を越すじゃないか、とそう言うのです。

 月がいくらあの木は大きくなりすぎて自分だけではどうにもできないのだと言っても、太陽は聞く耳を

持ちません。

 それどころかますますへそを曲げてしまい、月の事も避けるようになりました。

 月はあきらめ、今度は星達にお願いしてみました。

 でも星達にもそれぞれに照らしたい所がありますし、一つ一つは小さいので、たくさんの星が協力して

くれないと意味がありません。

 いくつかの仲の良い星はすぐに協力してくれましたが、それだけでは足りません。沢山の星に声をかけ

ましたが、協力してくれたのはほんの少しの星達だけでした。

 月とはいっても星の一つでしかないので、特別に強い訳ではないのです。

 まだ太陽なら聞いてくれる星もあったのかもしれないですが、月だけでは駄目でした。それくらい太陽

は大きくて、月は小さいのです。

 木はどんどん枯れていきます。

 そして弱った木は病気にかかってしまいました。

 どうにも元気が出なくなり、いつもいつも乾ききった表情を浮かべて、気力を失くしていくのです。

 月と少しの星達が応援しますし、木も頑張りたいのですが、どうしても力が出せません。

 木も一生懸命なのですけど、頑張っても頑張っても駄目なのです。

 月はもう一度太陽に照らす事を頼みましたが、言えば言うほどへそを曲げるだけ。

 太陽は誰かにどうこう言われるのが大嫌いでしたし、自分が失敗した事を教えられるのがもっと嫌いな

のでした。

 だからもう失敗作の木なんか見たくも思い出したくもなかったのです。

 木は腐り、風が吹いただけで割れてはがれ、少しずつ崩れていきます。

 月は一生懸命励ましましたが、もう駄目でした。木にはもうそれを聞く力もありません。

 月は最後の希望として、大地にお願いしました。

 大地がもっと沢山の養分を木に与えてくれれば、木はまだ我慢できるかもしれません。春まで我慢でき

れば、また命が生まれるのです。

 でも駄目でした。

 大地も聞いてあげたいのはやまやまでしたが、誰かに特別にあげられるほど余っていないのです。大地

はあるだけのものを全部木々と草花にあげていたのです。だからこれ以上はどこにもありません。余って

いないのです。

 月はさめざめと泣きましたが、どうにもなりませんでした。

 しかしそんな月を見て、一番弱っているはずの木が小さな声で励まします。

 今までの事にお礼をいい、感謝している事だけを弱りきった声で伝えました。

 太陽に対する恨み言も一つも言いませんでした。

 自分が悪かった。自分が馬鹿な事をしたからこんな事になった。太陽が呆れてしまったのもしかたがな

いと。

 月はそれを聞いてますます泣きたくなりましたが、そんな事をすれば木を悲しませるだけです。

 にっこりと微笑んで、静かに静かに照らし続けました。

 枯れて枯れ果てるまで照らし続けました。

 木は崩れながらしおしおと縮んでいき、小さく小さくなって最後には雪に埋もれて消えてしまいました。

 でも死んだ訳ではありません。小さな芽に戻って雪の下で春を待っているのです。

 月や星達の優しさを抱いて、ゆっくりと眠りについただけなのです。

 雪が溶け、春になれば、もう一度、ゆっくり木になっていく事でしょう。

 特別なものはもう何もありませんが、そんなものはなくても木は木だけで成長できるようになっている

のです。

 月が護ってあげなくても、あるべき姿であれば、ちゃんと育っていけるのです。

 でもこの小さな芽、月の優しさをいっぱいに浴びたこの小さな芽は、他の木よりは少しだけ大きくたく

ましく、そしてあたたかく育つのでしょう。

 そんなお話。




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