地球発電


 私にはお金が無い。電気代も、ガス代も、食費も、衣装代も、家賃さえも無い。

 しかし私はそこでなげやりになるような性分ではなく、むしろこれを乗り越える事で、不可能を可能に

出来るという称号を得ようと目論む男である。不遜かもしれない。しかし腰は低く頭は高く、が我が家の

家訓なのだから仕方ありますまい。

 その目論みの為にも、この個人的絶大不況を改善せねばならず。なにはなくともお金が要る。

 そこで私はある計画を考えた。

 地球、この母なる星にして人からすれば無限大の力を持つ惑星。この力を利用しない手があるだろうか。

 そして今の人類に一番需要がある物と言えば電気、これしかない。

 となれば答えは一つ。地球の力で発電するのだ。

 私は調べた。友人の家に押しかけ、手軽な情報を得、それを具に読んだのである。今の世には情報が散

乱している。地球に関する情報を得るのは簡単な話だった。

 しかも友人の協力を得たのだから無料である。無料、なんと芳しくも麗しい言葉だろうか。私の目指す

所は即ちそこである。そこ以外には考えられない。

 地球の力を利用し、何不自由ない暮らしを、つまりは無料の如きお得な暮らしをするのだ。

 地球発電。なんと良い響きだろう。これこそが私を救ってくれるに違いない。いやが上にも期待と野望

が高まった。

 私はまず、地球が膨大な熱量を持った星であるということ、に目をつけた。

 発電するには力がいる。熱量でも勢いでも何でもいい、とにかく力が要るのである。だからこそ地球の

力を使う。このあり余る力を。

 地球は内部に数千度もの熱量を持ち、その熱量が絶対零度と呼ばれる極寒の気温である宇宙に吸い取ら

れる事で、大地の営み、例えば火山の噴火などの現象が起きているそうだ。

 噴火を呼び起こす力、こんな力を放っておく手はない。勿論その詳しい理論は解らない。多分熱量が宇

宙に引っ張られているのだろうと思うけれども、あんまり深く掘り下げると知恵熱が出てしまう。身体は

大事にしないといけない。

 ともかく膨大な熱量がある事だけ解れば充分。後は利用するのみ。

 宇宙に吹き出ている熱量を、ほんのちょこっとだけ私がいただいたとしても、それはやっぱりほんのち

ょっぴりの事。地球ほど大きな存在であれば、きっとそんな細かい事には気付けない、いやいや、喜んで

譲ってくれるに違いない。

 しかもこの熱量、何でも地球内部に近付けば近付く程増えるらしい。つまりは掘れば掘るほど暑くなる。

 嘘かほんとかは知らないが。熱量が宇宙に引っ張り出されているのだと思えば、それは当たり前な気も

する。単純に宇宙側に行けば行くほど多くの熱量を吸い取られ、温度は下がっていくに決まっている。い

や、ほんとはどうだか知らないけど、取り合えず熱量がある事だけ解れば良い。

 大体今も詳しくは解っていないのだから、ここで私がうんうん考えてみても、結局は地球の内部に行っ

て見なければ解らない。そして私がしたいのは謎の解明ではない。

 ともかく掘れば熱が出てくるはずなのだ。宇宙が気温差でぐいぐい引っ張っている熱量が、膨大な熱量

が地球全土から発せられている。私が欲しいのはその熱量だけだ。

 そこで私は掘ってみた。勿論庭を掘ってみた。他所様の御宅に忍び込むような事はしない。きちんと我

が安アパートの庭を掘ったのである。

 例え名義上誰の物であれ、この場所に私も住んで居るのだから、この庭を私が掘っても良いはずだ。多

分そうなのだ。どのみち大家は滅多にこんなちんけなとこには来ない。正に棚からぼた餅と言える。いや

ちょっと違うかもしれない。

 ひょうたんから駒だろうか。いやむしろやぶから棒のような気もするけれど、それはそれ、これはこれ。

人は諺で全てを語れる訳ではない。良いのだこれで、多分。

 それに考えている暇は無い。貧しさが私を焦らせる。私には時間が無い。

 私は掘った。それはもう今晩の食事もおぼつかない有様だから懸命に掘った。飢えた人間の底力、決し

て満腹な人間には解らない。それはもう空腹なのだから。

 しかしどれだけ掘ってもちっとも暑くならない。これがちっとも暑くならないのだ。

 むしろひんやりしていた。丁度良く日陰になって涼しいくらい。

 あまりにもひんやりで向かっ腹が立ったので、もうスコップを放り投げ、その場でぐるぐるぐるぐる回

ってやった。もうこうなったら私自ら発電してやると思ったのだ。発電といえば回転しかないではないか。

 だがそこで私は気が付いた。熱だのなんだの言う前に、もっと良い物があるじゃあないかと。

 即ち、地球は地球自体が物凄い勢いと力で回転しているのである。もうぐるぐるなんてもんじゃない。

ぐおうぐおうがらんがらんと大型観覧車の数万倍とか数十万倍とか、そういう規模で回転している。のだ

と思う。

 ならこれを使えば一発じゃないか。火力だの水力だの、風力だの原子力だの、そんな事は小さい小さい。

地球自体が大きな発電機ではないか。今更人間がちんけな機械で発電して、地球のやつはせせら笑って

いるだろう。

 よし、これでまた一歩実現へと近付いた。動力が見付かったのだから、後は発電装置を作らなければな

らない。そう、あの自転車のライトのような、あのような装置である。

 そこでまた友人宅で調べてみると。発電とは導線と導線の間で磁石を回せばいいらしい。なら磁力が電

力なのかと言えば、そんな事は私はしらない。しりたくもない。私は飯が欲しい。

 導線とは何かといえば、電流を通す線。電化製品に付いているあのコードの中に詰まってる線の事だろ

う。それならば近所のゴミ置き場ででも、友人宅の電化製品からでも、簡単に入手できる。

 今回も難しい理論や数式は放っておこう。素人は使えればいい。難しい事は玄人に任せておくのがよろ

しい。

 ともかく磁力と電力が密接に関係している事が解り。そしてまた本は簡単な仕組みである事が解った。

 磁力、そしてこの情報のおかげで私は三度閃いたのである。

 昔地球自身も大きな磁石のような物だと聞いた事がある。ならば地球の回転を利用も何も、そのまま使

えるではないか。これは益々都合がいい。

 話を総合すると、磁石である地球を挟んで導線を置けば、後は地球が勝手に回り、勝手に発電し続けて

くれると言う事ではないのか。しかも地球の力を考えれば、これはもう鰻上りに電力が増すに決まってい

る。そうしてくれないと困る。

 さあこれで決まった。簡単な話である。後は蓄電器だが電池だかに電気を溜めて、売るなり自分で使う

なりすればいい。

 地球全土に発電してしまうのなら回収が大変だけれども、導線の方に発電されるのだから、回収は簡単

だろう。まったくもって具合のいい。これも私の日頃の行いがいいからだと思える。

 ともあれ、発電装置である。

 私はいつも通り友人宅を利用、彼の室内からネット回線を通じて世界中へ同志を募り、資金を調達。様

々に検討したあげく、ここ日本の我が家の庭、そしてこの丁度反対側のブラジルだかどっかの場所双方へ

と、一握りの導線を置く事にしたのである。

 無論、導線は現地調達だ。

 資金は有り余るほど集まった。世界中には暇人と金持ちが沢山居るのだと感心したものである。

 そして計画も見事成功。衛星での座標の割り出しまで手配して、私は丁度真反対同士に導線を置く事に

成功したのである。これはもう快挙というしかない。暇人の領域を越えていると確信する。

 しかし待てど暮らせど発電する気配がない。

 そこでまた友人宅へ戻り、様々な手段で調べてみると。どうやら地球には引力というものがあり、地球

上の全ての物は地球にくっ付いてしまっている為、例え大地に導線をぽつんと置いたとしても、地球と一

緒にがらんごろんぐうおぐおおと回ってしまうらしいのである。

 そんな馬鹿なと笑い飛ばしたものの。やっぱり本当らしい。

 導線が一緒に回ったらどうにもならない。磁力が動かなければ、電力も生れない。或いは寡少な電力し

か生まないのだ。でなければ、わざわざ磁石を離して回しているはずがない。

 何としても導線を地球から離さなければ、そしてその位置に留まり続かせなければ、思うような発電は

起こらないようだ。

 嘘かほんとかは知らないが、実際発電しないのだから仕方が無い。

 だがここで諦めるようならば、私は初めからこんな事を志したりはしない。

 同志から集めた金も、無駄遣いに次ぐ無駄遣いでとうにすっからかんなのだ。豪華クルージングだのジ

ェット機をチャーターだの、格好付けてやるべきではなかった。貧しいなら貧しいらしく、漁船ででもブ

ラジルへ旅立てば良かったのだ。

 そしてそのまま行方をくらまし、後はのんびり暮らせば良かったのだ。

 航海先に立たず。つまりは航海してみなければ、航海したとは言えないと言う事だ。まあ良く解らない

が、それは良しとしてもらいたい。私はちょっと錯乱している。何せまたご飯が無いのだから。

 ともかく金が無い。もう一度良い手を考える必要があった。

 ここで安直だが確実に太陽光発電に頼っても良かったかもしれない。しかしここまで来た以上、地球で

発電させるしかないのである。そうしなければ金をふんだくった同志に何をされるか解ったものではない。

恨まれると後が怖いのだ。

 金は使ったから返せない。金が無いのだから、今更高飛びも出来ない。心からしくじった。

 だが幸いな事に、まだまだ夢みる同志は数多い。手段さえ示せば、後はうだるほどの金が転がり込んで

くるはずだ。誰一人として何も学んでいない。そこは心配要らなかった。ほっとした。そもそも何も考え

ていないから、見ず知らずの男に投資出来るのだろう。

 だからせめて何かやっている。私は頑張っているのだぞと、世界に見せる必要があった。有用無用は関

係ない。努力さえしていれば、人は納得するらしい。おかしな事だが、まことにありがたい。

 幸いにも発想だけはいくらでも浮ぶ。子供の頃から読んできた漫画や書物、そして見聞きした映画やア

ニメなどが役に立った。いくらでもそれっぽい物は考えられる。

 けれどもまた失敗すると怖い。もう一人で背負うのはたくさんだ。逃げれもしない。

 そこで仕方なく(偽名は面倒が増えるから)友人の名前を拝借し、別個の場所で(連名にしたり友人個

人の名義にしたりして)新たな同志を募り、宇宙ステーションならぬ、宇宙導線衛星とでもいうような、

地球と一緒に移動しながらその場に留まり続けるという、画期的な人工衛星を生み出す事を計画している。

 私はご飯を食べ続ける為に、必ずやらなければならない。失敗はしたくない。するかもしれないけれど。

まあともかくも、食わねば生きていけないのだ。私は腹が減っているのである。

 さあ寄付金を出したまえ、成功すれば大もうけ間違いなし。何せ地球発電なのだ。これはもうお得度満

点、地球が滅ぶまで発電し続けてくれる。後一歩で成功なのだ。君の温かい善意の心を期待する。

 配当は後々考えるから安心したまえ。君は金さえ払えばきっと儲けられる。

 ああもう多分10%くらいの確立はあるのではないか。いやいや9%はかたいと専らの噂だとかいう噂

である。噂など気にする事はない。所詮、人生は博打なのだから。

 一口日本円にして一万円、アメリカドルにして百ドルから受け付けている。まあ土地権利書、株券、遺

言状に名前を載せる、とかでも良いだろう。そこはサービスしておいてやる。だから出しなさい。出して

くれないと困るのだ。恵まれない私に愛の手を。

 神は自ら助くる者を助く。心配ない、私に任せておきなさい。私は自らを助けている。ここまで努力奮

闘している。幸運が訪れないはずがないではないか。さあ皆さん、あいの手を。

                                                      了




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