ヒキコモリ祈念館


 私は引き篭もっている。

 などと気楽に言える人はどれくらい居るのだろうか。もしかしたら居ないかも知れない。

 何せ世間の風潮と言うものがある。元々勤勉勤労を美徳とし、推奨されているせせこましいお国柄であ

るから、それは仕方の無い事かも知れない。

 始末が悪い事に、こうして居る私自身が落ち着かないのである。

 こうして何年も部屋に篭ってぼんやり過ごして居ると、何処からか焦燥感と言うものが湧き上がってく

るから不思議だ。

 いや、何処からかなどと曖昧に言わなくても多少推察出来る。何せ家族が親類が私を急かすのである。

 何故私が引き篭もって居るのかと言えば、私が生来体が弱く、その上に事故にあってしまって、満足に

見動き出来ない体になってしまったからである。

 勿論、自分で一通りの事は出来る。まったく身動き出来なくなった人も居ると思えば、私にはまだまだ

自由と言うモノがあり、案外気楽に過ごせもする。

 仕事もせずに居るが、別段食うに困る訳でも無い。

 確かに室内にずっと居るのは不健康かも知れない。しかし出なくても困る事がある訳でも無いのである。

 だがそれでも人は会う毎に、私に外に出ろ、外に出ろ、と言う。

 別に何か深い意味がある訳では無いとも解っている。悪気も無いし、むしろ善意の塊なのだろう。

 外に出ろと言うのも、単純にそう言うのが所謂普通だからそう言っている訳で、朝はおはよう、昼はこ

んにちは、とかそう言ったのと同様であるのだろう。

 しかしそれがまた物凄く耳障りに聴こえるのも確かだ。

 悪気が無いのは重々解っているから、私も曖昧な笑顔で答えてやるが。大した目的も無いだけに、ただ

漠然と言われるだけに、こちらもどうして良いのか解らなくなる時がある。

 私が外に出れば、一体何があると言うのだろう。

 それで私が幸せになれるのならば、とっくに出ていると言う事に、何故彼らは気付かないのだろうか。

 何故私が引き篭もって居るかと言えば、これまた単純にこっちの方が便が良いからであるのだ。

 私が動き回るには不自由な体を酷使して、一生懸命外に出、毎日人の数倍は必死になって働き、苦労に

苦労を重ねる姿を見て。彼らは、ああ頑張っているな、などと心中で良かった良かったと自己完結して下

さるのだろうか。

 そりゃあ見てる方は良いだろう。ただ応援していれば良いだけで、疲れもくたびれもしない。こちらが

どれだけ辛いか、心細いか、そんな事はおそらく考えもしないだろう。

 それはそれで良い。

 しかしである。こっちはもう大変なのだ。

 人の一動作に、こちらは三動作分体を使わないといけない訳であり。一々余計な苦労を背負う事になる。

しかもその度に不自由だ、不自由だと思い、ストレスも際限無くたまってくる訳である。

 自分の体が動かない。これ以上ストレスを感じる事は、多分他に無いと思う。

 それを考えると。

 私が外に出て、何かあればすぐ彼らは助けてくれると言うのだろうか。

 例えば転べば、すぐに助け起してくれると言うのだろうか。

 いやいや、どう考えても、そんな事はありえない。

 誰がそんな七面倒な事をしてくれると言うのだろう。する訳が無い。何せ彼らはそこまで考えて物を言

っている訳では無く、単純に自分の価値観を勧めているだけだからだ。

 即ち、勤勉勤労だと。お前だけ仕事をせずに、家でぬくぬくと過ごして居るのはずるいじゃあないかと、

まあそう言う事なのだろう。

 それも解らないでも無い。

 私も自分自身、ぐうたらだと痛感している。

 それに同じような境遇の方でも、普通に外出して普通に働いて居る人も多い。立派だとも思う。

 だが私はどうもそう言うやる気がわいて来ないのだ。本当は外に出たい訳では無く。芯から外に出るの

が、ただ不便なだけなのだ。私は元々用も無いのに外に出るような性分ではない。それが余計な苦労をし

てまで、余計な苦労をする為だけに、誰が出たいなどと思うのだろう。

 お前の為を思って、そう言う感情はありがたい。しかしもう少し考えてくれ、果たして外に出て、それ

が私にとってどうなるのかを。そして責任を持って欲しい。そこまで言うのなら、もっとしっかりサポー

トをしてくれ。それが出来ないのなら、初めから無責任な事は言わないでいただきたい。

 こういう場合は、自分の身になって考えてはいけない。

 私の身と彼らの身は、まったく違うのだから。それでこちらの身になって、とか言われると、それはそ

れで激しく憤りを覚えてしまう。

 ありがた迷惑、この言葉をこれ以上痛感出来る事は無いだろう。

 そうして私は今日も苦笑いを浮かべている。

 たまには愚痴りたくもなると言うものだ。

 私が外に出る事で、一体何がどうなると言うのだろう。やはりそれがどうにも解らない。

 心から好意に感謝はしているが、同時にげんなりもしている。人の善意も良かれ悪かれ。

 そんな話。




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