ひとしずく


 一滴。宙から零れ落ちた一滴が、ゆったりと吸い込まれていく。

 大地へ、広く広く。

 その一滴が全てを潤し、活力を与え、生命そのものに変わる。

 命の瞬きも、生命の営みの全ても、それに端を発するものである。

 全ての揺らめき、この世の輝けるもの全てがその一滴から始まった。

 一滴、零れ落ちた一滴で、長い長い生命の営みが始まり。

 終わりすらないその営みは、今もどこでだって続けられている。

 まるで意味すら感じられないその呟き達に、答えられる場所があるのだろうか。

 たかが一つの大地、そこに零れ落ちた一滴の雫。

 それだけが全てを潤し、満たす。

 たった一滴、それだけを求め、全てに抗い、苦悩し、渇望するのだとすれば。

 それは一体どのような営みなのだろう。

 求めるべき一滴は費えてしまった。

 落ちたのは最後の一滴。

 零れ落ちたその一滴が、最初にして最後の一滴。

 偶発的に、必然的に、そのどちらでもあり、どちらでもない一滴。

 それは二度と生まれもしない。

 だからそれを追い求めるという事は。

 終わりなき夢の始まり。

 どこまで見ても尽きないそれは、確かに始まりの一滴に似ている。

 だから決して叶いはしない。

 それでもそれを追い求めるのは、一度でも知る事のできた、満ち足りた幸福を求める為か。

 ただ求めたいのか。

 与えられたものを。

 今はもう失われたものを。

 最後の一滴。

 最後の願いと祈りを込めた。

 広く広く与えられた生命に。

 もう一度あいたいのだろうか。

 ないからこそ、求めるのか。

 だがその営みもまた。

 初めの一滴に過ぎない。

 そこから生まれ、そこへ流れ着く。

 つまりは、そういう事なのだろう。

 無いとか、在るとかではなくて。

 その一滴が、ただ始まりの場所に、最後には戻りたいと願っているからかもしれない。

 等しく生命が死を迎えるのも。

 ただ始まりに還りたいからなのかもしれない。

 一滴へと。

 何も無かった場所へと、世界へと。居場所へと。

 再びその場所で、あるべき姿に戻るのだ。

 一滴に揺らされ、溢れるように追い出された生から。

 ようやく開放された、安堵の気持ちと共に。

 それが正当であるかどうかは誰にも解らない。

 でも確かに思う。

 生命は始まりを想い。

 始まりをこそ追い求めるものなのだと。

 今までに体験した全てを。

 できれば一つ一つ同じ想いで振り返りたい。

 そしてそこにある全てのものを。

 もう一度自分の手の中に取り戻したい。

 そう思う。

 そう願う。

 そう感じる事は、決して不自然な事ではない。

 誰が否定しても、肯定しても。

 何も干渉されない程に。

 確かな形で、その場所にあるもの。

 あったもの。

 在り続けたもの。

 そして失われ逝くもの。

 同じように、全ては失われていく。

 初めの一滴が、そうであったように。

 全ての力を分け与えて、そして失われたように。

 その全ての力は、同じ所に戻りたがる。

 もう一度強大な一つに戻り、全てを始め直す為に。

 それだけの為に。

 それだけの目的で。

 それだけの理由から。

 動いているのだとしたら。

 命は一体どこまで行けばいいのだろう。

 どこで揺り返すのだろう。

 どこまでが果てで。

 どこまでも戻るのか。

 行った分だけ戻るという事は。

 一体どういう意味なのだろう。

 消えるのでも、失われるのでも、なく。

 全ては戻る。

 元居た場所へと。

 始まりのその形で。

 それが幸福だとは思えないけれど。

 安定はしているのかもしれない。

 元々その形だったのなら。

 そう在り続けた方が、安心できるのかもしれない。

 そこから広がれば広がるほど、不安になる。

 そういうものが命なら。

 きっと全てを後悔する。

 もう一度やり直しながら還ったとしても。

 きっと現実ではやり直せない。

 一度起こった事は戻らない。

 だからいつも生命はこの世界の現実と、相容れないのだろうか。

 いつまでもそれを知らないままで。

 或いは知ったままで。

 永遠に終わりのない、始まる事さえない営みを。

 続けるしかないのだろうか。

 求め続けて得られるものは。

 絶望だけなのかもしれない。

 だからこそ。

 何かを成しても。

 そこに虚しさを感じるのだろう。

 満たされないままに。

 満たされない事が当たり前なのだと。

 誰も認めたくはなくて。

 抗っている。

 抗い続けている。

 いつまでも。

 途方も無く。

 それがこの世の生。

 だからこそ。

 生きなければならない。

 それを覆す為でも。

 認める為でもなく。

 ただ自分の道を見失わないように。

 いつでも還れるようにと。

 誰もが心がけながら。

 来た道を見失えば。

 そこには絶望しか残らない。

 永遠に、ひとしずく。

 だからこそ、始まりも一滴。




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