ほっかむり


 恥ずかしくて恥ずかしくて、顔をとにかく隠したくて、手に触れた布らしき物でほっかむりした。

 くるりと包んでくれた布は暖かくて優しい。ずっと前、いつもこうしていたような懐かしさもある。その

時は今よりももっと上手く隠せていたような。

 それでも恥ずかしさは消えた。まるで初めから無かったかのように、すうっと失くす。掌からこぼれてい

くように。

 安心して改めて自分の居る場所を見てみると、周りには誰も居なかった事に気付いた。誰も見ていないの

に恥ずかしがっていた事が恥ずかしくて、ほっかむりをまたぎゅっと深くする。

 そうすると安心する。誰かに見られたくないとかではなくて、ただ隠れたいのかもしれない。

 自分で自分を見る事が恥ずかしいのかもしれない。

 側には何も無い。その先を見ようにも暗くて解らない。

 明かりを灯す。

 ろうそくに灯った小さな火が驚く程遠くまで光を飛ばす。

 遠くの遠くの方に何かが見えた。気になったのでそっちへ行ってみる。ここに居たって、何がある訳でも

ないから。

 近付いていくと物凄く大きな人だという事が解った。

 まるでこの世の暗闇全部がその人であるかのように、真っ黒で大きく、振り向いた顔も黒く塗り潰されて

いるように思った。

 でも本当はその全部が影が起こした錯覚だった事に気付く。その人は面白そうに笑ったが、それだけの事

だった。

 恥ずかしくてこんな暗い所に隠れているのかと聞くと、そうではないと教えられた。ほっかむりを渡した

かったが、布は一枚しか持っていない。泣きそうな気持ちで諦める。

 自分を隠すので精一杯なんだ、今は。

 ほっかむりした目できょろきょろと眺める。他には誰も居ない。

 そうなるとちょっと寂しくなってきて、もう一度影の男に会いに行く。でもそこには誰もいなかった。引

っ越したのかもしれない。

 仕方なく動き回って何かを探していると、遠くの方に何やら穴のようなものが見える。

 丁度良い、あそこに隠れよう。そうしたらきっと何も気にしなくて良くなる。

 歩いている間に何度か疲れたけれど、その度にゆっくり休んでやっとそこまで辿り着いた。ここはとにか

くぽっかりと穴が空いている。そしてそこに色々な物が置かれていて、静かに何も起こらない。

 気にしてもしなくても何も変わらない、そんな場所。

 中に入ると内側も暗くて、もう明かりがないと何もできない、解らない。でもだからこそいつまでも隠れ

る事ができる。

 迷ったけど、消す事にした。

 明かりを消すと何も見えなくなる。でもずっとそれでやってきたんだ。もう一度慣れれば良いと思った。

 最初、そうしていたように。始まりの時のように。

 いつまでも、そのまま。

 何も見えなくなった。何よりも暗い穴の中で、よく解らない何かが通り過ぎていく。こいつらも暗闇が好

きなんだろう、きっと。

 もうほっかむりしている必要がなくなって、布を取った。

 何があんなに恥ずかしかったんだろう。どこからも誰も見ていないというのに。見える訳がないのに。初

めから最後まで変わらないのに。自分さえ、自分を見ていなかったのに。

 でもやっぱり少し恥ずかしくなって、もう一度ほっかむりした。

 後はすやすやと眠って、朝を待つ。

 でもどうやら、朝は来ないようだ。

 いつまでも眠っていればいい。ここで、暗闇の中で、独り。




EXIT