宙穴


 穴が空いている。ぽっかりと。

 上に、そして下に。

 でも二つ空いている訳じゃない。下から見れば上に、上から見れば下に空いている。

 何も落ちてこないし、何も吸い込まない。

 そんな穴。

 上下が繋がっているのかもしれないし、そうでないのかもしれない。

 何も解らない。

 そんな穴。

 そんな穴を上から下から色んな人が見ている。何かを探しているのかもしれないし、何となく暗い所を

眺めていたいだけかもしれない。

 解らない。気持ちなんて解らない。

 この穴の中に全部吸い込まれてしまっても、そしてどこかから吐き出されてしまっても、多分同じなん

だろう。

 そうでなければいけない理由はないけど、そうであっていけない理由もない。

 見下ろして、見上げて、色んな人が色んな思いを浮かべては帰っていく。

 不思議だな、不思議だな、そういう思いと共に。

 実際こんな穴は他にはなかった。

 珍しいからいつも色んな人がやってくる。

 そして空いた穴を思い思いに眺めては、大体満足して帰って行く。

 たまに目があったように上下で見詰め合う人達も居る。でも偶然だ。互いにその姿は見えない。だから

やっぱりどちらも何気なく覗き、飽きた頃に帰って行く。

 詰まらない訳じゃない。何度も見に来る人もいる。でもやっぱり少ししたら帰ってしまう。

 暗い穴。底まで見通せない。底があるかも解らない穴。

 そんな穴なんて、いつまでも見ているもんじゃない。

 そう言って連れて帰ろうとする人もいる。

 いつまでも見ていると、その穴に全部吸い込まれてしまうと言って。

 きっとそんな事はないんだろうけど、でも絶対にないとも言えない。

 難しい。誰にも解らない。

 だからいつまでもいるべきじゃないんだろう。

 でもある時この穴をずっと見続ける人が現れた。

 それも上と下に一人ずつ。まるで申し合わせたように一緒に覗き、一緒に離れる。

 そしてまたしばらくすると一緒に覗き、一緒に離れる。

 影のように全く同じ事を上と下でやっている。

 見えているんじゃないのか。

 そう思う。そうかもしれない。何かで繋がっているのかも。

 そんな事はある訳ないけど、でも絶対にないとも言えない。

 この穴の事は誰も知らないのだから、そういう事があってもおかしくない。そう思う。

 多分違うけど。

 二人はこの穴にとても興味があるようで、初めは恐々覗いていたのに、少しずつ近付いて覗くようにな

り、今では目が触れそうなくらいまで近付いてる。

 でも穴は皆が思っているように、吸い込んだりも吐き出したりもしないので、平気だ。

 だから随分大胆になってきて、とうとう指先で穴を突いてしまった。

 つんつんと、穴の縁を突く。

 当然何も無い。何も起こらない。ただの穴なのだから、そこには何も無い。触れもしない。

 いつまでも何も起こらない。

 すると何となくがっかりしたのか、味をしめたのか、少しずつ指を、手を、腕を伸ばし始めた。どんど

ん深く、穴に手から体を入れていく。

 それでも何も起こらない。

 上下どちからからも手が入っているのに、どちらとも繋がらない。触れ合えない。何も起こらない。た

だ穴だけが。空いた空間だけがある。

 とうとうどちらも上半身をすっぽりと穴に入れてしまう。

 穴だからどれだけでも入る。一人二人なんて軽々だ。

 上下で二人が繋がっているように見えるが、どこも繋がっていない。不思議な光景だ。足の上に足が、

足の下に足が、反対向きに生えている。

 穴の中も真っ暗で、結局何も見えないし、匂いもしない、味もない。

 飽きてきたのか、お互いに体を戻す。穴からがばっと出して、息をつく。別に息苦しくないのに深呼吸

してしまう。暗闇って不思議だ。

 二人は互いに互いの知らない言葉でぶつくさ言っていたが、それでも何かを諦めきれないらしく、決心

して勢いよく穴に飛び込んでしまった。

 でも何も起こらない。

 穴は穴のまま、ただ空き続けている。どこに通じているのか解らない。もしかしたらどこにも通じてし

ないのかもしれない、そんな穴。

 飛び込んだ二人も、丁度空いてしまったのだろう。




EXIT