ホルマルさん


 身体は小さいが力持ち、いつも陽気なホルマルさん。

 立派なお髭をなびかせて、今日もドタドタバタバタ走ります。

 ちょっと転んでも挫けない。擦り傷切り傷なんのその。ホルマルさんは走ります。

 ちょっと待ってと声をかけても、ホルマルさんは止まりません。気の向くままに走ります。走らなけれ

ばいけないのです。何故ならホルマルさんは急いでいるから。

 何故急いでいるかですって、それは誰にも解りません。

 でもホルマルさんは急いでいるのです。だからそれで良いのです。

 ホルマルさんにはホルマルさんの考えがあるのです。

 でもそうは言っても気になりますから、試しに今日一日、ホルマルさんに付いて行きましょう。

 ホルマルさんの朝は早いです。日の出と共に起き出して、すっかり夜が明ける頃にはもう歯磨きを終え

ています。不思議な事に、食事はその後なんですけどね。

 朝食が済んだ後は、えっちらおっちら体操して、身体をほぐすと、えいやっとばかりに走り始めます。

 何処へ行くのかは誰にも解りません。ホルマルさんは何も答えてくれないのです。

 方角も毎日ばらばらで、ひょっとしたら何処かへ行くのではなく、何かを探しているのかもしれないと

も思うのです。

 でもそれにしては、脇目も振らず駆けて行きます。おかしいですね。

 ああ、そうだ。きっと一目で解るくらいに、とっても目立つ探し物なのでしょう。それなら走っていれ

ば、いつか見えてきますね。

 あ、いけないいけない、こんな事を話している間に、随分離されてしまいました。ホルマルさんはとっ

ても足が速いのです。

 どれだけ速いかって。それはもう風と同じくらいなのです。

 ホルマルさんが走る度に、ぴゅうぴゅう、ぴゅうぴゅう風が吹き。まるでホルマルさん自身が風のよう

なのです。洗濯物が飛ばされないよう、気をつけないといけません。

 さて、追いかけましょう。私も速さでは負けません。何しろ飛べるのですから、ホルマルさんにも負け

ません。

 ほら、もう追い付いた。

 ホルマルさんの行く先には、たくさん雲が浮んでます。何処にでも雲はありますが、ホルマルさんと一

緒に雲も進んで行くようです。

 ホルマルさんは相変わらず走ってます。決して一度も止まらないのです。

 でも、ああ、危ない。ホルマルさんの前に大きな岩があります。

 ホルマルさんはいつも真っ直ぐ進んで、絶対に止まらないので、見ているとはらはらしてしまいます。

 でもね、心配には及びません。だって、ホルマルさんは何でもすうっと避けてしまうのです。びゆっと

一気に飛び越えます。岩くらいなら平気で進めるのです。

 ホルマルさんはぐんぐん速度を上げます。ホルマルさんは疲れ知らず。お腹もあんまり減りませんし、

汗なんかもかきません。いつも元気にびゅびゅっと走ります。

 こうして家も飛び越え、山も飛び越え、とうとう海まで来てしまいました。

 ホルマルさんはどうするのでしょうか。ホルマルさんは泳げないのです。

 でも心配は要りません。ホルマルさんは水の上だって走れます。川も湖も、海だって走れます。誰もホ

ルマルさんを止められません。水溜りだって滑らずに走れます。

 そうして、海をどんどん進んでいると。

 あれ、どうした事でしょう。ホルマルさんが大きくなって見えますね。気のせいでしょうか。

 いえ、やっぱり気のせいではないようです。ほら、もう三倍、いや四倍、どんどん大きくなって、もう

山みたいに大きくなっています。

 ホルマルさんは海に来ると大きく元気になるみたいです。

 勿論速度も上がります、ゴォゴォ鳴らして走ります。まるで車のような音を立てて、ブオッブオッと走

ります。ホルマルさんは止まりません。

 どんどんどんどん大きくなり、どんどんどんどん速くなり、どんどんどんどん音を鳴らして、ホルマル

さんは何処までも、一直線に走ります。

 あ、また陸地が見えてきました。ホルマルさんはもう元の五十倍、いや百倍は大きくなっているでしょ

うか。あっと言う間です。

 こうなるともう避けるような事はしません。何か障害物があると、ホルマルさんは全部蹴っ飛ばしてし

まいます。

 それは悪い事ですけど、それを言ってもホルマルさんは止まりません。大きなホルマルさんも、誰の言

う事も聞いてくれないのです。ホルマルさんには、ホルマルさんの理由があるのですね。

 何でもかんでも蹴飛ばして、ぐんぐんぐんぐん進みます。

 何処まで行くのか解らない。大きくなったからでしょうか。一直線ではなくて、ふらふらふらふらあっ

ちこっちに寄りながら、暴れまわって進んで行きます。

 この調子だと全部壊されてしまうかもしれません。

 でもね、大丈夫。ホルマルさんが暴れる度に、ホルマルさんは少しずつ小さくなっているのです。

 ほら見て御覧なさい。もう半分くらいに縮んでる。この調子なら、ぐんぐんぐんぐん小さくなって、す

ぐに元の大きさに戻ります。

 元の大きさに戻ったら、また障害物を避けながら、真っ直ぐ真っ直ぐ進むのでしょう。

 ん、もう辺りが暗くなってますね。随分長い間走りました。あれだけ浮んでいた雲もすっかり消えて、

星達がはっきり見えます。

 ホルマルさんも疲れたみたいで、そろそろ休んで眠るようです。

 明日もきっと走るのでしょう。何処までも何処までも走るのでしょう。

 え、結局ホルマルさんはどうして走っているかですって。それは多分、お掃除しているのですよ。ちょ

っと乱暴ですが。ホルマルさんが走った後は、空も大地もすっかり綺麗になりますからね。

 雲だって無くなります。雲はホルマルさんに付いて行くのです。

 ええ、そうです。私もその雲の一つなのですよ。


                                                            了




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