暖かく燃えている。これは何だ。何というものだ。

 全てが朱に染められていく。私はそれを好奇の目で見ていた。

 ふとそれに触れる。目が引き付けられる。ああ、何と言う赤さだろう。

「目覚めたか」

 誰かが一人、朱に染まっている。真っ赤になったそれは、もう誰が誰なのか区別できない。

 私は這いずるように身を起こし、自分も朱に染まっている事に気付く。

 ああ、何と言う赤さだ。全てを朱に染める赤。そしてこの熱。一体私は何を感じているのだろう。

 解らないまま目を閉じ、再び開ける。やはりそこには赤くたゆたう物があり、盛んに吼えてでもいるよ

うに瞬き続けている。

「もっと側へ来るといい」

 しかし私はその言葉に従う事は出来なかった。

 この不可思議な赤の前に身をさらし、全てを完全に朱に染めてしまうには、まだ覚悟が足りない。

 私は恐れていたのか。それとも、楽しんでいたのか。

 ただはっきりと解るのは、私もいずれはこの赤に染められてしまうだろうという事だった。

 それだけはおそらく間違いではない。それだけは確かだ。

 だがそれがはっきりと解ったとしても、いや解っているからこそ、今私は近付けない。

 それに魅入られてしまう事を恐れたのか、変わってしまう事を恐れたのか、それは私自身にも解らない

のだが。確かに私はその赤にこれ以上近付く事は出来なかった。

「こんなものを恐れているのか」

 朱人が軽やかに笑っている。私を嘲笑しているというよりは、酷く楽しそうに。

 私も釣られて笑ったが、別に意味があった訳ではない。ただ自分で思っているよりは、楽しそうに笑っ

ていたのかもしれない。

「さあ、こちらへお寄り」

 こちらを振り向いた朱人の顔は優しく、その声音もあたたかみを増し、私を安心させてくれる。

 多分、私も似たような表情をしていたのだろう。

 不思議にそう確信出来、私は私が酷く喜んでいる事に気付かされたのだった。

 しかしなかなか赤の方へは踏み出せない。私にはそれは熱過ぎるように思え、余りにも激しいように思

えたのである。私がそれに触れれば、近付けば、ただでは済まないような気がし、どうしても不安が拭え

ず、覚悟を決められない。

「さあ。お寄りよ」

 朱人が近付き、私の手をとった。

 ああ、何と言う暖かさだろう。これは朱に染まっているからではない。その朱人が本来持っている暖か

さ。肉体に収められた生命の喜び。

 私はそれ以上抵抗する事が出来ず、求められるまま彼女の方へと進んだ。

 そこは暖かく、酷く暖かく。少し手を伸ばせば、私そのものをも焼き尽くしそうなくらい、暖かかく。

心からの安堵があり、奥からこみ上げてくるような恐怖があった。

 恐怖の一歩手前で恐怖を見ているような、そんな不思議な安心感。

 私の中に芽生えたものを表現するとしたら、そうなるだろうか。それは怖く、そして甘美な体験。

 初めて知る事ばかりだった。その全ては初めからそうなっていたのか、それも解らなくなるくらい、私

は全てに衝撃を受け、気付くと赤が煌々と私を染め上げているのが見えた。

 私も完全に朱に染められてしまったのか。

 それとも初めから染まっていたのか。

 気付かないだけで、私はすでにそうなっていたのか。

 何か解らないだけで、何も解らないふりをしていたのか。

 ふと思い浮かんだだけで、何かを解った気になりたかったのか。

 全てが私の中で解らなくなっている。

 いや、私は何一つ解らなかったのか。

 それとも解っていたのか。

 本当には、解っていたのだろうか。

 どうしようもなく惑う。

 ただ今という時が心地良い事だけははっきりと解った。

「疲れたろう、ゆっくりお休み。ここは暖かい」

 朱人は優しく私に笑いかける。

 赤く燃える目で私に笑いかける。

 確かにここは暖かい。ここでなら癒せるかもしれない。

 私が何を求めていたのか。私が何だったのか。そして今何になったのか。そんな事はどうでも良い事か

もしれない。

 ゆっくりと眠りたい。

 でも思考は止まらない。

 再び目覚めた時、この赤は同じように燃えているのだろうか。

 それとも熱い程に全てを燃やし尽くしているのか。

 或いは消えて、私がまだ朱に染まらなかった頃のように、初めから無かったかのように、痕跡も無く何

処にも居なくなってしまっているのか。

 だとすれば朱人は、そして私は、一体どうなるのだろう。

 一度手に入れたものを手放すという事は、どういう事なのか。

 眠り逝く私の耳に、軽やかな笑い声が聴こえた。




EXIT