風塵と帰するは常世の彼方


「ここも寂しくなってしまいましたか・・・」

 飄々とした風が薙ぎ、草花は咲き荒れ。この大自然と言う理から見れば、賑やかいものなのかも知れ

ないけれども。鬱々とした木々が連なり、人が住むのは拒まれている気さえするのは寂しくもあり、哀

しくもある。

 虫の音も今は荒涼感をただ増していくのみとなれば、如何にもつまらない。

「自然の手に帰してしまえば、こうも人たる自分から観て儚く覚えるものなのでしょうか」

 かき消されそうな吐息とて、それもまたこの場に似つかわしい気すらするのがまた情をそそる。

 男がここを離れて幾許かの年月が流れたのであろう。あの頃は艶のあった髪も白く萎れて、年輪のよ

うに皺が顔を這っている。想い出は如何にも頼りなくて、過去の栄光もただ脆くて、今の自分はただの

風化しつつある老いた者だと。ただそんな事ばかりが頭に浮かんで来る。

「ここから出た時は・・・・」

 夢と希望の化身のような方に請われてここを出たのも、もう悠久の過去。

 共に夢を語り、心は常に熱く、美しい笑顔と一緒で居られたものを。

 正しく不可能と言われた大事をあのお方と共に成し遂げて、やっと少しばかりの平穏を柔らかく享受

出来るかと思われた矢先にあんな事になってしまい、あのお方は常世の果てへと御行きになってしまっ

た。

「私は一体何をやっていたのでしょうか・・・。そして皆は何をやっているのでしょうか」

 それからの我らは結束もおぼろげに崩れ去り、初めから何も無かったかのように或いは憎しみあって

いる。誰も彼も当初の思いを忘れ、自分が自分がとしきりに囃し立てる事でいったい何をしようと思う

のか。

 私はそういうモノを無くすべく、隠匿した身を再び世に出したと言うのに・・・。

 あのお方が見ればどんなにお嘆きになる事だろうか・・・。

「ああ、これでは何もかもが変わらず同じではないか・・・」

 自分達が無くそうとした物に捕り付かれ、無くそうとした者になろうとしている等と後世の者達から

如何に非難される事であろうか。

 そんな事を考えていると、涙が止め処なく零れ落ちてきて。掌で受け止めようとも出来ず、このまま

流せばもしかすれば並々ならぬ量の水溜が出来てしまうので無いかとさえ思える。

 一生かけて正そうとしたモノに一生をかけて飲み込まれてしまうとは、何たる事であろうか。

 我らは皆常世で未来永劫裁かれ続けるであろう。或いは最も罪深きはそれを諌める事を諦めてしまっ

た自分なのかも知れない。

「あのお方に逝かれる間際まで頼まれていた事を投げ出してしまうとは」

 ただただ悲しくて、どうしようも無い無力感に襲われる。

 そこから逃れる術も無くて、辛いと思う事さえ確かに辛くて、嘆く事しか出来ないで、振り返る事し

か出来ないで。何処まで行っても置いていかれたまま自分はここで朽ちてしまうのだろうかと、そう思

うことすら酷く物悲しい。

「私は愚かだと無力だと理由を付けて逃げるのが、最たる罪」

 けれども、自分はもうここに逃げる事しか出来ないのだと。そう思った罪深き一人の男の想いは、伝

わる事で如何に受け継がれたのか。

 遥か百年と言う年月を経て形となる後悔の想いはまた別の話。  


EXIT