金のなる木


 人々は祈りました。全ての人が祈りました。自分が豊かになりますように、自分が豊かになりますよう

に。溢れる程のお金を、授けてくださいますように。

 そうして懸命に働きました。他の全ての時間を犠牲にして、懸命に働き、とにかくお金を稼いだのです。

 願いが叶ったのか、はたまた懸命に働いた結果なのか、人々は皆豊かになっていきました。

 初めは一人一人に明らかな差があって、お金持ち、一般、貧乏、そしてその他という風に分けられてい

たのですが。少しずつその垣根が消えて、確かにまだ差はあるのですが、その差が気にならないくらい、

気にしても仕方ないくらい、皆豊かになっていったのです。

 望みどおり溢れる程のお金を手に入れると、皆もうこれ以上働く事が嫌になってきました。

 今までほとんど休む事無く、懸命に働いてきたのです。そしてその代価として多くのお金を稼ぎました

が、体はぼろぼろ、心もずたずた、もうこれ以上働くのは御免です。休まなければなりません。

 ようやく目的のお金持ちになれたのですから、もう誰も働く必要は無い筈なのです。

 一人、また一人と仕事を辞めていき、誰もが家でのんびり暮らすようになりました。

 もう働く人は一人も居ません。誰もが誰を気にする事もなく、家族で、或いは一人で、好きに暮らし始

めたのです。

 しかしそうなると困った事が起きてきました。

 お金持ちになると、人を使いたくて仕方がなくなります。お金持ちというのは、全てを人にさせるもの

で、だからこそお金持ちなのだと、皆思っていたのです。

 でも働く人が一人もいなくなってしまったので、自分の為に働いてくれる人が何処にもいません。有り

余るお金を使い、賃金をひどく高くし、休みや豪勢な食事などの特典も付けましたが、誰もきてくれない

のです。

 それもそうです。そんなものはもう誰もが持っているもので、何の価値も無かったのですから。

 しかし人々は諦めませんでした。どうしてもお金持ちらしく、大勢の使用人にかしずかれて暮らしたか

ったのです。そこで近くに居ないのなら、遠くから呼べば良い。そう考えた人が、遠くから大勢の人を呼

び寄せて雇い始めました。

 他の人も当然、それを真似します。大勢の人がこの街へ呼ばれました。

 呼ばれた人達はあまりの待遇の良さに初めは不審な様子でしたが、お金持ちばかりの街だと解ると、そ

れからは喜んで仕えるようになりました。そして友達や家族に良い仕事があると、宣伝したのです。人は

次から次にやってきます。

 でもあまりにも待遇が良い為に、その人達もすぐにお金持ちになってしまい、すぐに仕事を辞めてしま

います。

 そうなるとお金持ちがまたどんどん増えるますから、益々多くの働き手が必要なのですが。こんな風で

すから、いくら呼んでも呼んでもきりがありません。皆すぐにお金持ちになって辞めてしまうのです。

 そんな事をしている内に、ふと気付くと、街の人口が遠くから人を呼び始める前の、十倍、二十倍にも

なっていました。

 つまりは前の十倍、二十倍の人が必要な訳で、それから百倍、二百倍になるのもあっという間でした。

 まあそれは良かったのです。人が集まる事は決して悪い事ではありませんし、住む場所なんかまだいく

らでもあります。大工やその他の様々な仕事をする人も、遠くから呼べば良いのです。お金さえ払えば、

どこからでも喜んできてくれました。

 でもどうしても困った問題が出てきます。

 それは食べ物と水の問題です。種を植えても一日で育つような事はありませんから、こればかりはどう

しようもないのです。誰も働いていませんから、収穫もありません。街には沢山の蓄えがあったのですが、

人口の爆発的な増加を賄える筈もなく、あっという間になくなり、仕方なく遠くから輸入し始めたのです

が、それでも追い付きません。

 他にもあらゆる物が不足していきます。

 何しろ誰も働かないのですから、今在る分が無くなればそれでお仕舞いなのです。物が有ればいくらで

も買えますが。無くなってしまうと、いくらお金があっても買う事は出来ません。

 お金は無い物を買う事も、作る事も出来ないのです。あくまでも交換する物があって、初めて役に立つ

道具なのでした。

 こうしてもうどうにもならなくなりましたが、今更働こうなんて気を起こす人はいません。それに怠惰

な暮らしで随分体力が衰え、体重が増えてしまっていたので、歩くどころか生活するのも一人では不便な

くらいで、仕事なんてとてもじゃないですが出来ません。

 そこで協議した結果。遠くから来た人達を、元居た場所に帰す事にしました。

 故郷へ帰れば、まだ沢山の物があるし、生産されている。それに金持ちが少なく人手が多いから、一石

二鳥という訳です。お金も腐る程ありますし、引越しするのも大した事ではありませんでした。この街も

人口が減れば、また何とかやっていけるようになるでしょう。

 そうして多くの人が自分の街へ帰っていき、ようやく輸入だけで賄えるまで人口を減らす事が出来、皆

ほっとしたのです。

 しかしそれも長くは続きませんでした。

 お金持ちになって帰った人達は、故郷で沢山のお金を使い、給料も街に居た時と同じく沢山出していま

したので。街と同じようにどんどんお金持ちが増えて、働き手がどんどん減っていったのです。

 そうです、街と同じ事が、あらゆる所で起こり始めたのです。

 もう輸入、輸出なんて言っている場合ではありません。お金持ちは沢山の物を消費しますし、その癖何

一つ自分では生み出そうとしません。

 世界中で物不足になり、それに代わるようにお金が溢れました。

 しかしお金なんかあっても、物が無ければ何の役にも立ちません。お金は所詮お金でしかなく、お金で

買える物が必要なのです。

 誰も働かなくなれば、何も生産されなくなり。買う物が無くなれば、どうしようもありません。

 皆飢え、不便に苦しみ、仕舞いにはお金を食べようとする人、燃料の代わりにお金を使おうとする人、

色んな人が現れましたが、結局体を壊すか火事でも起こすかして、問題だけが増えていきます。

 まったくお金という物は、代価という事の他には、何の役にも立たなかったのです。

 紙幣は紙という事で、まだ燃やしたり、食べたりも出来ない訳ではなかったのですが。金貨や銀貨、そ

して宝石の類となると、何をどうしたって使い道がありません。

 あれはようするにきらきらした石であって、石なんて石以外には用途の無い物なのです。

 加工して色んな物を作ろうとした人もいましたが、今更そんな重労働には耐え切れず、皆断念し、病的

な太った体で、お金を噛みながらうめき声を上げるしかありませんでした。

 皆もう一度祈り始めました。お金なんか要らない、お金なんか消え去ってくれ。

 食べ物が欲しい、飲み物が欲しい、燃料や薬が欲しい。

 しかしその願いが叶えられる事はありませんでした。おそらく誰も努力をせず、自分では何もしなかっ

たからなのでしょう。

 誰が怠け者に力を貸してくれるでしょうか。悔い改めない者に、誰が祝福を与えるでしょうか。

 そうして世界は人々の望み通りお金で満たされ、皆お金に埋もれてしまったそうです。

 皆お金持ちになれて、良かったですね。




EXIT