海の道


 海にも人が住んでいる事をご存知だろうか。

 信じられないのも無理はないし、正確に言えば彼らは地上に住む人とはまた少し違うのだが、海にも確

かに人は住んでいる。

 そこは海底深い断層の隙間。この隙間に地殻変動や諸々の事象の結果、ほんの僅かな奇跡のような可能

性なのだが、酸素等の気体が溜まる事がある。大きな水泡を思い浮かべてもらえれば良いかもしれない。

 何故その場に固定されるのか、それは私には解らない。

 その水泡には海水が入る事は出来ず、一種バリケードのようになって人を守りながら育んでいる。

 勿論多量の酸素がある訳ではない。稀に巨大な水泡が出来る事もあるが、ほとんどは微々たる量で規模

も小さく、一家族住めれば良いくらいである。

 そんな所ではすぐに子孫が絶えてしまうのではないか。そう思われる方も居るに違いない。そしてそも

そもどうやってそんな場所に行ったのか、それを疑問に思われる方も居るだろう。

 その答えとして、海には実は道がある。

 無数の海上、海中に発生する海流と海流のぶつかり合う狭間、そこに水泡が出来るのとおそらく同程度

の確立で、台風の目のような、まるで地球の重力や水圧から解き放たれたかのように、細い細い線状の静

かで穏やかな場所が生まれる。

 そこには何の障害も無く、水中での生活に適していない我々でも容易く進んで行ける快適な場所だ。勿

論、海中で呼吸が出来ない我々にとっては、そこも完全に快適とは言えないのだが。

 その線状の場所を、海の民は海の道と呼んでいる。

 海の道は彼らの独特に発達した感覚でしか捉える事は出来ず、残念ながら我々地上の人間には解らない

ようだ。想像も出来ないからには、いくら科学が発達しても、その道を捉える事は不可能だろう。

 例え万能と言えるまでに科学が発展しても、何も解らない物を生み出す事は出来ない。彼らがその道を

捉える感覚は、視覚でも、聴覚でも、嗅覚でもないらしい。

 彼らはその道を利用し、移動を繰り返しながら生活している。遊牧ならぬ、遊泡民族とでも呼ぶべきだ

ろうか。

 勿論、海流は不動ではないから、いつも同じ場所に同じように道が付く事は皆無だと言っていい。彼ら

はその道が上手く他の水泡と繋がる瞬間を見極め、各水泡間を移動しているのだが。その頻度は十年か二

十年に一度か二度あるかないかという、神がかりな確立であるとも聞いた。

 それだけの時間を生きるだけの酸素が、果たして水泡内にあるのかと、今思えば不思議に感じるが、お

そらく何かしらの対処法があるか。或いはそう言う風に進化しているのかもしれない。

 水泡が出来る程の場所であるから、酸素を生み出す何かが近くにあるという可能性も考えられる。まあ、

そんな事はどうでも良い事だ。

 道の発生率の関係から、彼らが他の仲間に出会える事は正に奇跡であり、その為か人との出会いを我々

から見ても理解し難い程に、とてもとても大事にしている。

 子孫繁栄のもとである恋も愛も出会いから生まれる事を考えれば、不確定で意図的に起す事が出来ず、

しかも一生に二度と同じ場所に繋がる事は無いと言い切れる程の確立であるからには、それも当然の感情

なのかもしれない。

 どちらにしても、彼らになってみなければ、その喜びと幸福感は解らないのだろう。

 海の民が何処から来たのか。その質問には残念ながら答える事は出来ない。

 何故ならば、その答えを彼ら自身も忘れてしまっているからである。

 彼らの寿命がどれくらいかは解らないが、自らの起源を忘れてしまう程、遠い遠い昔からそこに住み着

き、何十、何百世代にも渡って暮らしていると言う事なのだろう。

 彼らの体が私達とは似て異なる物である事にも、そうであれば納得がいく。全ては時間と必要性が生み

出した魔術である。

 もしかすれば、違う祖先から進化した可能性もある。しかし言語や暮らしなど、非常に良く似た共通点

を持つ事を考えれば、同じ祖から分かれたと考える方が自然だと私は思っている。

 少なくとも、そう考える方が浪漫がある。であるから、私はそう信じたい。科学的だとか、現実的だと

か、そういう事には申し訳無いがあまり興味は無い。私が彼らに出会えた、それだけで私は満足だ。

 彼らは海中で暮らしている。我々が、おそらくは未来永劫、知りえぬ場所でひっそりと。

 それならば何故、私が彼らを知る事が出来たのか。そう問われる方も多いだろう。

 確かに最もな疑問である。それに率直に答えるとすれば、偶然彼らと出会えた。そう言うのが一番相応

しいだろうか。確かに嘘に良く使われる表現方法ではあるが、そうとしか言いようがないのだから仕方が

無い。そこは我慢していただきたい。

 もう少し詳しく述べる事を許されるのであれば、今暫くお時間をいただくとしよう。

 意外に思われるだろうが、私は元々海や水に関係した職業に就いた事が無い。今貴方が読んでいる、お

世辞にも一流とは言えない雑誌の記者の一人として、良く解らない文章を書き、書かされては慎ましく暮

らしていた。

 出世や財産とは無縁の生活だったが、私はまずまずこの暮らしに満足していたし、今も満足している。

 むしろ私は贅沢よりも、地味で質素な暮らしの方が好きなのだ。煩わしい上流階級の社交など、私から

すれば身震いする。失礼かもしれないが、よくもまああんなおかしな暮らしが出来るものだと思う。

 いやいや、それを否定する気はない。ただ私が嫌いと言うだけで、おっと脱線してしまったようだ。こ

れは申し訳ない。

 ようするにのんびり一人暮らしを楽しんで居た訳だが、ある時思い立って長らくやってなかった釣りを

してみようと考えた。

 そしてどうせなら、たまには奮発して舟を借りて沖に出、大物を狙ってやろうと考えた私は。少し朽ち

てはいたが、料金の安い舟を借りて沖へと出た(私には良い船を借りる程の貯金は無かったのだ)。

 ところが慣れない事はするものではない。暫くは晴天が続いて釣りを楽しめたのだが、太陽が中天を越

えて一時間程経った頃だろうか。黒雲が目に見えて増え、俄に海が時化(しけ)始めたのである。

 私の乗る朽ちた船など、大海の前では塵にも満たぬ物。お察しの通り、見事に高波に船体は分解され、

私は荒れた大海原へと投げ出されてしまった。

 今でも思い出すと、よく生きていたものだと思う。あれからもう二度と海に出ようとは思わない。

 溺れ死にかけたところを、上手く海の民に助けられたのか、そう仰るか。いや人生はそう甘くはない。

確かに後に助けられる事になるのだが、その時に上手く出会う事は出来なかった。

 彼らは海深くに住んでいるのだから当然と言えば、当然かもしれない。

 私は誰に助けられる事も無く、無残に大海原に飲み込まれた。まるで誰かに引きずり込まれるかのよう

に、見る間に私は海中へと落とされた。そう、落とされたと言っていい感覚だったろう。私は死を覚悟し

た。嫌だったが、もう死ぬしかないと思ったのだ。

 しかしここで幸運が起こった。私の身体は瞬く間に海底深くまで沈んでしまったのだが、誰のお導きだ

ろう、前述した海の道へとすっぽりとはまり込んでしまったのである。

 そこには海流も水圧も影響しない。するすると道に沿って私の身体は深海へと落ち込んで行き、私は泡

を吹いて咳き込みながら、自分がおかしくなったのではないかと思った。

 不思議と苦しくも無い。それどころか穏やかな気持であったと思う。

 あの時の光景は、どうにも言い表せない。素晴らしい光景だった。まるで海の中を光差すかのような道

に沿って流れ、暗闇と青と無数の生き物達が私の視界をゆっくりと回っている。いや回っていたのは私な

のだが、その時の私にはそう見えた。

 星空の中をゆっくりと回転しながら飛んでいるようだった、こう言えば少し伝わるかもしれない。

 そうなると、私は地球上で宇宙を見た人類の一人になる訳か、悪くない。

 私が失神しかけていたせいだろうか、その光景は現実的ではなくより幻想的に見え、とてもとても気持

が良かった。ぷかぷかと光の中に浮んでいるかのように、楽しい気持で一杯だった。

 そうしてどれ程流されただろうか。私の先に何やら大きな明かりが見えてきたのである。

 海中に一つだけぽつりと灯るその光は、海の道と繋がってとても美しかった。

 だが悔しい事に私の意識が持ったのはそこまでで、後は光の泡に包まれ、ずぼっと何かを抜けるような

感覚と共に、私は意識を失ったのである。

 そして目覚めた時、私の目に入ったのが海の民の姿だったと言う訳だ。

 彼らをどう説明したら良いのだろう。見た目はほとんど私達と違いが無い。私は地上の何処かで夢を見

ていて、そこを誰かに起されたのだと思ったくらいだから、まずそっくりと言っても良いだろう。

 しかしやはり何処か違った。その違いは説明し難い。

 まず指の間にある水かきは我々よりも大きかったように思う。髪も邪魔になるのか、我々とは少し違っ

た。確かに皆短髪であったがそうではなく、髪自体がどこか我々の髪とは違う。

 鼻や口も微妙に違っただろうか。もしかしたらえらがあったかもしれない。しかしあったとしても、目

立つほどではなかった。彼らは酸素のある水泡で暮らしているのだから、私の気のせいかもしれない。

 そのように少し違和感を感じるだけで、例えるなら異国人を見る感じだろうか、その程度の違和感でし

かなく、私は依然ぼーっと彼らを見ていた。

 気を失っていたのは数分程度だったようで、まだ彼らは慌しかったように感じた。突然の来訪者に驚き

ながらも、出会いを大切にする習慣から、手厚く介抱してくれている最中だったらしい。

 幸い怪我もなく、私は塩辛い喉を押さえながら、ゆっくりと起き上がった。まだ夢を見ているような気

がしたのだが、それは紛れも無い現実だったのである。

 彼らは私の回復を喜んでくれ、たくさんの笑顔と喜びの声を与えてくれた。

 それから暫く身振り手振り、片言の言葉を繋ぎ合わせて(不思議といくつか通じる言葉があった)、私

は何とか彼らに事情を説明した。普段なら驚いて再び気絶していたのかもしれないが、その時はどこかま

だ夢を見ているのだと思っていたのかもしれない。何の疑問も浮んでこなかった。

 彼らの話を聞くと、今ならまだ海の道は閉じておらず、海上に戻る事が可能だろうとの事で。もしこれ

を見逃せば、今度はいつ帰れるか、いやもしかしたら一生地上へは帰れないかもしれないとの事だった。

 私は慌てて彼らに道案内を願い、今地上に私が居る事から解るように、幸いにも親切な一人に地上まで

送ってもらえたのである。

 簡単に話せば、これが彼らとの出会いであり。これだけの僅かな時間の出会いでしかない。

 正直幻覚を見たのではと言われると、私にも完全に否定する事は出来ない。しかし私は今も鮮明に思い

だせる。あの不思議な海の道を通った経験は、どうしても夢や幻覚とは思えない。あんな経験を夢や幻覚

で出来るとは考えられないのだ。

 どうして見た事も無い景色を創り出す事が出来ようか。少なくとも、私は一度として、道の場所を夢見

た事は無い。どれもテレビで見た場所か、現実に見た風景だけである。

 私を送ってくれた海の民は、言葉もそこそこに急いで海底へと帰って行ってしまった。海の道が閉じる

までに、あまり時間がなかったせいだろう。

 それでも私を送ってくれた彼に対し、私は今も心から感謝している。もしもう一度彼らに出会えた時は、

私の全てをなげうってでも、彼らの恩に応えたい。

 とても不思議だが、それ以上に有意義で素晴らしい体験だった。

 これを事実だと、流石に学会か何かで述べる事は出来ないが。こういう事があったのだと、せめて形に

残したいと思い、今回筆をとらせていただいた。

 私の書く雑誌は信憑性の薄い雑誌であるし、実際真実でない事が書いてある事も多かった。しかし私の

体験した事は事実である。出来れば皆さんにも体験してもらいたい、感動的な事実である。

 もし世界に同じ体験をした方がいたならば、それは夢でも幻覚でもない、実際に体験した事だと私は保

証する。

 世の中には不思議な事があり、我々は意図せず、ごく稀にそれと繋がってしまう事がある。それは常に

幸運とは言えないが、少なくとも貴重な体験だと思う。

 願わくば、心の大切な場所へ、そっとしまっておいてほしい。そして思い出しては我々しか知らない、

あの不思議な感動に包まれようではないか。何度でも、何度でも。

 この記事を読んでいる貴方にも、この幸運な経験が出来る事を願っている。

 そして最後まで目を通していただいた貴方に最大級の謝辞を述べ、これを締まりの挨拶に代えさせてい

ただこう。

 私を救ってくれた海の民と、私を海の道へ導いてくれた幸運に、心からの祈りと祝福を。

 不可思議な体験をした一人の記者より、親愛と感謝の気持を込めて。

                               

                                                   了




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