観音崎三丁目


 ここは観音崎三丁目。

 誰もがそう呼んでいる。昔からそうだったらしい。おそらく昔は観音様を祭った社でもあったのでは無

いだろうか。

 今は木々が目立ち、寂しげな林と言った風情だが。静寂に満ち、何処か神聖な雰囲気すら感じられる。

 寺社が見られる場所で見かけるような、そんな光景の広がる場所であった。

 この場所を通るとき、私はいつも不可思議な思いに捕らわれる。

 どうも首の後ろ辺りに、ちくちくと妙な視線を感じるのだ。

 その度に一々振り返って見るのだが、後ろには誰も居ない。

 何だろうと思って居ると、今度は耳の後ろ辺りにちくちくと似たような視線を感じる。振り返っている

のだから、先程と同じように、こちらの視線の真後ろから見られている事になる。

 何度振り返っても誰の姿も見えず、それどころか視線の数が増えていくようにすら思えた。

 その視線はちりちりと焼け付くようで、どうにも耐え難い。

 大抵私はそこを急いで通り抜けるようにしているのだが、何故か一度か二度、必ず立ち止まり振り返っ

てしまう。何度も同じ経験をしているものだから、気味が悪くて立ち止まりたく無いのだが、どうしても

引きと止められてしまう。

 どうしようもなく、抗い難い。

 しかもここを通らなければ、どうしても家に辿り着けないと言う道にそこは当たる。避け様も無いから、

いっそ引っ越してしまおうかとも思うのだが。何故かそう出来ず、もうかれこれ10年は経つ。

 毎日毎日これを繰り返しているものだから、我ながら自分の事をおかしくも思う。しかしどうも逃れら

れないのだ。どうしてもここを無視する事も、離れる事も敵わない。そんな気がする。

 好奇心とも言えなくも無いかも知れない。でもそれだけでは無いような気もする。

 そしておかしな事に、この視線を感じるのはどうも私だけらしいのだ。以前同じ道を通る友人に、それ

となく聞いて見たりしたが、そんな話は聞いた事も無いし、自分もそんな経験は無いと言っていた。

 疲れているのでは無いかと、私の顔を見て真顔で問うて来たので、その友人が嘘を付いている訳でも無

いと思う。

 だから気のせいかとも考えた事もあったのだが。ここを通る度に確かに感じるし、しかもそれが毎日毎

日続くものだから、やはり否定する事は出来ない。

 私も常にそんな視線を感じているのなら、自分がおかしくなったのだろうと思うのだが。その視線を感

じるのは、この観音崎を通る時なのである。他の場所では一度としてそのような視線を感じた事は無い。

 ひょっとしたら私は霊能力とやらでも持ち合わせているのだろうかと、そんな風にも思い、その道の専

門家に相談したりもしてみたけれど。どうにも答えは出なかった。

 解ったのは、私には大した霊能力も持ち合わせていない、紛れも無い平々凡々な人間であると言う事だ

けだ。ならば何故そんな私にこんな現象が降りかかってきたのだろうか。

 

 私はこの観音崎近くの家で生まれ、それから三十年程生きて来た。祖先も昔からここに居た人達のよう

で、そう言う意味でも真に平々凡々な人間なのである。田舎と言う事もあって、この付近にはそう言った

昔から住んで居る方も少なくは無い。

 しかしそう言う方々にも思いきって聞いて見たりしても、そんな話は少しも聞いた事が無いと言う。

 この付近で一番のお年寄りである方にも話を聞いて見たが、その方もあの辺りで何かあったとか、そう

言う話は聞いた事が無いと仰った。

 確かに遥かな昔、まだこの辺りに民家がまばらだった頃、観音様を祭った社みたいな物はあったらしい。

だがそれだけの事で、何か問題があった訳でも無く。観音様が何処かへと移された後も、何か起こった例

は無いとの事だった。

 こうなるとやはり私がおかしいのでは無いか。

 そう言う結論へ行ってしまう訳で、そう言ってしまえばいっそ楽になるのだろうが。それがどうにも私

自身納得がいかない。

 いや、自分がおかしいのを認めたく無いとかでは無くて。一体あの視線は何なのだろうかと。あの場所

でのみ感じるのだから、必ず私とあの場所との間に、なにがしかの繋がりがあるはずである。どうしても

その繋がりが何なのかを知りたい。

 だから私は溜まっていた有給休暇を使わせてもらい、上司に頼みに頼み込む事で二週間の休みを得た。

それでどうにかなるかは解らないが、自分をどうしても納得させたいが為である。

 この二週間で解らなければ、もう気にするまいと決めた。

 仕事場でも私のそんな変な病気と言うか心労の事も知られていて、事情を話すと逆に同情し。

「そんな事は気にするからいけない、放っておけばすぐに忘れる」

 などと言ってくれたのだが、あまりに私がせがむものだから、最後にはそれで気が済むならと、忙しい

時だったのだが特別に長期休暇をいただけたのだった。

 私としても良い職場で、皆気の良い人ばかりで、そんな人達に迷惑をかけたくは無かったのだが。10

年も続くこの訳の解らない事を、どうにかして終わらせたかった。

 それにあの視線はどうも最近一層強まってきたようにも思える。今やっておかなければ、近い将来えら

い目に合うかも知れない。そんな危機感もその必要性を駆り立てる。

 そして私はこの場所へと来た。

 かと言って何が出来るでも無い。視線を感じる度に振り返る。それだけを何度も繰り返した。


 確か一週間くらい経った頃からだったと思う。

 私は視線だけでなく、何かの影を見るようになった。

 木の影でも見間違えたんだろうと言われるかもしれない。しかしそれはそう言う風な影では無かった。

小動物が動き回るような物でも無い。

 もっと暗くて不思議な、影よりも影、言って見れば陰だろうか。この世の裏を見るかのような、そんな

不思議な影を見始めたのである。

 確かに私がどこもおかしくなってはいない、とははっきり言えない。

 何しろ休みをもらってからの私は、ほとんど一日中この区域を行ったり来たりして、時には怪しんだ人

に警官を呼ばれるくらいに、何度も何度も往復していたのだから。

 これでは何処かおかしくなったとしても、決して不思議では無いと思う。

 だから私も仕舞いには本当に病院で診てもらったりもした。しかしどこも異常は無いと言う。

 疲れておかしな幻覚を見たり聞いたりすると言うのも、実は良くある事らしいのだが。私の場合はそう

言う風でも無し、やはり安易に医者に治して貰うと言う訳にはいかないようである。

 家に帰ったり、食事をしたりしている時は、視線を感じる事も影を見る事も無い。勿論、仕事場でも同

様である。

 それに影を見るのは、決まってこの場所だけなのだ。

 しかも日が経つ内に、その影がどうにもよりはっきりと見えるようになり、視線もよりしっかりと感じ

るようになって来た。

 ここまでくれば、最早気のせいかなどと言っている場合ではない。不安を越えて、危機感が増す。

 だがその影が、私に対して何をするでも無い。

 気のせいか影と視線の数が増えて来たような気もするが、だからと言って私の身に何が起こる訳でも無

かった。ただ影を見、視線を感じる。それだけなのである。

 しかし実害が無いと言われても、私の不安感と危機感が消える訳が無い。

 ちりちり、ちりちりと、首の後ろ辺りに来る視線は痛い程であるし。目の端にふっと映るだけであった

影も、今はもうくっきりと見える。

 その影は人のような姿形をしており、丁度人の目と口の部分だろうか、そこに妙な切れ目がある。

 最近解って来たのだが、どうやらその口の部分の切れ目で他の影と会話しているようなのだ。と言う事

は、目の部分の切れ目は目と言う事になる。勿論、影を人間と見立てればの話になるけれど。

 初めは何かの影か、それとも霊魂か何かだと思って居たが。こうなるとどうやらその影自体が、それ固

有の生物か何からしい。

 まったくもっておかしな話なのだが。そうでも思わなければ、他に答えが出せない。


 そして不可思議さの増して行く中、とうとう休暇最後の日。

 私は知った。

 その影達が私と同じように、私が影を不可思議な目で見てるように、こちらを彼らも不可思議な目で見

ているのだと言う事に。

 私には彼らの言葉が聞き取れそうな程、もう指の届く先に在るかのように影が見えている。

 おそらく彼らからも、同じくらいはっきりとこちらが見えている事だろう。

 影が増えて来たのは、私がはっきり見え出したからなのかも知れない。

 私が不思議がって確かめに来ているように、彼らも私を見た事を確かめに来ているのだろうか。異質な

モノを見たと戸惑った挙句に。

 良く解らないのだが、こことそこが、いや私とそこが繋がってしまっているのだ。

 いつも解らず、決して出会う事の無い場所、それがあの場所。それが何故か私を媒介として、本来見え

る事の無い場所と繋がってしまったのでは無いだろうか。

 いや、私だけでは無いかも知れない。

 誰でも何故か居るはずの無い誰かを感じたり、不思議な物を見たり、不思議な感覚を覚えたり、そう言

う決して説明出来ない事を体験した記憶があるはずだ。

 それは何処にでも誰にでも起こり得る事であり。ひょっとすればこうした不可思議な事は、当たり前に

起こる現象なのかも知れない。

 私の場合はどう言う訳か、ここでのみ強く長く感じてしまったようで、こうして不思議な思いを持った

訳だけれども。これが当たり前に起こる事だと思えば、たまには私のように他の人よりもその繋がりが強

くなってしまう事も、それほどおかしな事では無いのだろう。

 間違ってるのかも知れないが。いや、間違いであって欲しいような気もするのだが。こうしてとにかく

自分なりの答えを見つける事が出来た。少なくともいつものような不安感を感じずに澄むだろう。明日か

ら前よりはすっきりと仕事が出来る。

 ここで見る事さえ気にしなければ、後は慣れで何とかなると思う。

 しかし同時に消えぬ不安も出来てしまった。

 こうして居れば居る程、あちらと繋がれば繋がる程、より結びつきが強くなるのだとすれば。もうあち

らの世界がはっきり見えているのだとすれば。果たしてそれが更に強まって行き、ある点に達した時、一

体私はどうなってしまうのだろうか。

 もしかしたら、あちらの世界へと、連れ込まれてしまうのでは無いだろうか。

 そして私もいつかは彼らと同じ影へと・・・。

 神隠し・・・・、そんな言葉がふと脳裏に浮んだ。

                                 了




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