気炎を揚げろ


「気炎を揚げろ! 気合だ! 気合が全て!」

 燃え盛る炎がしきりに勧めます。

 でもそれができない訳があるのです。

「僕は枯れ草ですよ。燃えたら仕舞いですし、そもそも生きているのかすら怪しいもんです」

「いいや、お前は生きている! だからこそ考え、話せるのだ! さあ、一緒に燃え上がろう!」

 かれこれ三日ほどこんな事を言われているので、枯れ草も一日目の十分くらいでうんざりしていたのですが。何

せ枯れ草ですので、逃げようがありません。

 炎の魂胆も解っているのですが、どうしようもありませんでした。

 もういっそ何も言わず無理矢理火種にしてくれればと思うのですが、炎の方も今にも消えそうで、そこまでの力

は残っていないのです。

 ですので、動けない枯れ草に向かって無茶を言っている訳です。

「炎さん、炎さん。よしんば僕がそれを望んだとしても、枯れ草の僕がそこまでいける訳ないじゃないですか」

「だから気合を見せろと言っておる! お前がもう少し、ほんの少しでも身体を伸ばしてくれれば、わしの手が届

く! そうすりゃ、華麗に燃え上がって、よほど綺麗になるぞ!」

 このように炎は草の話を一切聞いてくれません。

 心配は他にもあります。

 風の事です。

 風という奴は実に気まぐれで、炎を激しく燃え上がらせたかと思うと、今度は吹き消そうと企んでいる始末。

 どうも炎の命を玩(もてあそ)んでいるようです。

「ほんと、性格悪いんだから!」

 枯れ草も風のほんの一吹きで炎にくべる事ができるのに、それをせず先っぽをゆらりゆらりと炎へ近づけては離

し、遊んでおります。

 うっかりその加減を間違えると枯れ草は一気に燃え上がり、灰になってしまうでしょう。

 それが楽しいのかもしれません。

 いっそ灰になれば全てが終わって、せいせいするのでしょうか。

 灰になった自分は今の自分と何が変わるのでしょう。

 それ以前に草であった時と枯れてしまった自分とでは何が違っているのでしょう。

 どうでもいい疑問まで浮かんできて、もうたまりません。

「もう一思いに燃えてしまおうかしら」

 一生懸命伸ばせば炎に届くかもしれません。

 でもいざそうしようとするとなかなか踏ん切りがつかないのです。

 意気地が無いと思うのですが、やっぱり恐いのです。

 それに風の好きにされたままで終わるのは悔しいです。

 何とか一風吹かせたい。

 ずっとその方法を考えているのですが、思いつきません。

 相談相手は炎しか居ませんが、今にも消えそうな彼に期待するのは無理でしょう。

 とにかく枯れ草が欲しくて仕方がないようで、今も赤走った炎でこちらを見つめています。

「困ったなあ、困ったなあ」

 風がこの遊びに飽きればそれまでですし、ほんとに心が落ち着きません。

 一体どうしたら良いのでしょう。

 いい加減面倒になってきたので炎を無視しながらそんな事を考えていると、ふと雲が集まってきているのに気付

きました。

 風が真面目に働かないので怒りにきたのかもしれません。

 風が運んでくれないと雲は遠くへ行けないのです。

 どれだけ待たされているのか、黒く肥大した雲は今にも雨を降らせてしまいそうです。

「そうだ」

 枯れ草はある事を思い付きました。

 あの雲に雨を降らせれば炎は消え、自分もびしょぬれになって重くなり、風の力に耐える事ができます。

 つまりそれは風の遊び道具を一息に使えなくしてしまう、という事です。

 きっと悔しがるでしょう。

 腹いせに後で何をされるか解りませんが、いつまでもこんな事をしているよりはましです。

 炎と一緒に居るのはもううんざりでした。

「風さん、風さん。お願いですから、僕を遠くまで運んでしまうか、あの炎を吹き消して下さい。でないともう僕

燃やされてしまいます。ああ、もう火がつきそうだ。火がつきそうだ」

 風は面白がって枯れ草をもっともっととなびかせます。

 少しだけ威力をました風で、今にも火がついてしまいそうです。

 枯れ草にとってもこれは賭けでした。

 風が調子に乗ってもう少し強く吹かせば、火に届いて燃えてしまいます。

 皮肉な事に、今は風を信じるしかありません。

「ああ、そんな中途半端な。燃えてしまう、燃えてしまうー」

 枯れ草は必死に命乞いをするふりを続けます。

 風は面白いのか、必死になって枯れ草を玩(もてあそ)び、雲の事、役目の事はすっかり忘れています。

 枯れ草からでも雲が苛立っているのが解りました。

 でも天高く居る雲が何を言っても、下界で枯れ草を吹いている風には聴こえません。

 雲もよく頑張っていたのですが、とうとう我慢できなくなって雨をこぼしてしまいました。

 一度こぼしてしまうともう歯止めが利きません。

 大量の雨が降りました。

「!!!!!!」

 風は驚いてすぐに天の上に昇っていきました。

 自分の役目を思い出したのです。

 彼は取り返しのつかない事をしました。

 今頃雲にこってり怒られている事でしょう。後で神様にも怒られるはずです。

「やった、やったぞ・・・」

 うんざりだった炎もみるみる内に消え、枯れ草は独り平穏を勝ち取りました。

 でも喜べたのはそこまでです。

 予想以上に強い雨足は枯れ草を散々に打ち据え。雨が上がった後も怒れる風にばらばらに吹き荒らされ、原型を

留めない姿に変えられてしまったのでした。

 もう枯れ草も何もありません。

 残ったのは痛みと恐怖の記憶だけでした。

 そんなお話。




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