寝子


 いつまでも眠っている子がおりました。その子はいつもすやすや眠っています。誰が呼んでも眠り顔。

すやすやすやすや寝ております。

 あんまりすやすや眠っているものですから起こすのがかわいそうになって、いつしか誰もその子を呼ば

なくなってしまいました。

 その子はそれくらいようく眠っているのです。

 地面がぐらぐら揺れても起きません。雷がごろごろ鳴っても起きません。その子はとにかく眠っている

のです。誰よりも眠っているのでした。

 ずうっとずうっと眠っていますと、ぱらぱらと風で運ばれた土や砂がその子の上に積もってきます。

 それは初めはほんの少し、ゴミのような積みようだったのですが、次第に増えて、その内その子をすっ

かり覆(おお)ってしまいました。

 まるで土と砂の布団を乗せてしまったみたいに、その子はすっぽりと包まれてしまったのです。

 土と砂は暖かく、心地良い眠りを深めてくれたのでした。

 でもそれだけでは終わりません。その後もどんどんどんどん積もってしまい、いつしか砂山のようにな

っていました。そうです海に行ったときに砂浜でよく作るような砂山です。あれくらいとんがってはいま

せんけれど、小さな山が出来ていたのです。

 それでもその子は起きません。すやすやすやすや眠っています。まるで何も知らないようにして眠って

おります。もしかしたらほんとに何も知らなかったのかもしれません。

 何故って、その子はぐっすり眠っていたからです。眠っていると寝ている間の事は何にも解りません。

 砂山はどんどん大きく、長い長い時間をかけて、本当の山のように大きくなっていきました。

 そうするとそこから草が生えてきます。木が生えてきます。花が咲きます。虫が集まります。

 小さな山が、そこに誕生したのです。

 でもそうっと耳をすまして聴くと、その奥からすやすやと寝息が聴こえてきます。あの子はやっぱり眠

っているのです。重くはないのでしょうか、苦しくはないのでしょうか。解りませんが、とにかく良く眠

っているようです。

 そんな風にしてまた時間が経ちますと、草と木で山全体が覆われて、虫の音が一生懸命で、立派な山に

なりました。するとその虫を目当てに子供達が集まるようになったのです。

 この山はこの辺りで一番虫が集まる山なのでした。

 何故って、その子の寝息を聴くと何だか安心するからです。だから草木もよく育ちますし、虫もたっぷ

り集まるのです。

 セミ、アリ、カブトムシ、クワガタ、バッタ、チョウチョ、色んな虫が集まって、色んな声で鳴いてい

ます。夜の心地良い時間にそこへ行けば、虫の大合唱を楽しむ事が出来るでしょう。

 でもそんな時間に子供が外へ出てはいけませんから、その大合唱は大人だけのお楽しみ。昼は子供のも

のですが、夜は大人のものなのです。

 何故って、夜はとっても暗くて、とっても怖いからです。

 子供達は皆奥から聴こえてくる寝息が気になっていました。

 すやすや、すやすや、とっても気持ち良さそう。

 でも何処(どこ)を見ても、何処まで行っても誰も居ません。それはそうです。その子はすっかり土の

下なのですから。

 子供は木と木の間や草むらを探しましたが、ちっとも見付かりませんでした。そのかくれんぼはいつも

鬼が負けるのです。

 沢山の子供は捜すのを諦めましたが、どうしても諦めない子供も居ました。そういう子供は見付からな

いとますます見付けたくなるのです。どうしても諦めるのが嫌なのです。

 子供達は必死になって探しましたが、やっぱり何処にも見付かりません。

 そこで大きな声で山中歩き回って叫ぶ事にしました。

 おうい、おうい! おうい、おうい!

 でもちっともその子は見付かりません。何度呼んでも起きずにすやすや寝ているのです。

 子供達は毎日のように呼びましたが、どうしても出てきません。諦めるのは嫌ですけども、どうして良

いのか解らなくなってきました。

 そこで仕方なく大人達に聞いてみる事にしたのです。

 聞かれた大人達は困りました。確かに寝息のような音を聴いた事があるような気がしますが、お化けじ

ゃあるまいし、そんなものが居る訳が無いと思っていたからです。

 そこで大人達は山には小人が居て、それがあまりにも小さいので誰にも見えないのだと教えました。

 大人達は誰もそんな事を信じてはいませんでしたが、子供は納得しました。そんなに小さな小人なら、

やっぱり見付かる筈がないと思ったからです。

 そう思ってみると、確かにあの寝息も小さな声だったと思いました。

 そうしてほとんどの子供は納得しましたけれど、やっぱり納得できない子供がいます。

 だって小人なんて今まで見た事ありませんし、そんな話も聞いた事がありません。その子供達は大人達

に何度も嘘をつかれている事を思い出して、何だかおかしいぞ、と思ったわけです。

 でもいくら考えても子供達だけでは解りません。

 そこでお年寄りに話を聞いてみる事にしました。お年寄りも大人で確かに嘘をつきますが、知っている

事はちゃんと話してくれます。お年寄りは大人達よりものんびりしているので、子供達にちゃんと話して

くれるのでした。

 ですからお年寄りに聞けば大人達が知っている事なら教えてくれる筈です。もし大人達も知らない事だ

ったらお年寄りも知りません。その時は諦めるしかないでしょう。

 お年寄りは眠そうに日向ぼっこしていましたけれど、子供達が来ると目をぱちくりさせて、それからゆ

っくり寝子の事を話してくれました。

 その子はずうっとずうっと眠っていて何をしても起きなかったという事。そしてその子はいつしか土と

砂で埋もれてしまって、今はこの山のずうっと下で眠っているという事。

 やっぱり大人達は嘘をついていたのでした。大人達はお年寄りにも、子供に余計な事を言わないで、と

言っていたのですが。お年寄り達はそんな事は忘れてしまっていたのです。

 子供達は大人達に腹を立てましたが、今はそれよりも寝子をどうしても起こしたくなっていました。

 一緒に遊びたかったからです。それにその子もそんなに寝ているのだから、きっと今頃は物凄く遊びた

くなっていると思ったのです。

 子供は沢山寝ますけど、その分沢山遊びます。だからその子もずうっとずうっと寝ている分、ずうっと

ずうっと遊ばないといけません。

 いつまでも子供は子供でいられませんから、なるべく早く起こしてあげて、子供の内に沢山遊んでおか

ないといけない、そんな風に子供達は考えたのです。

 そこでお年寄りに起こす方法を聞いてみましたが、お年寄りもその質問にはうんうん唸(うな)るだけ

でした。どうやらお年寄りにも解らないようです。

 子供達は自分で考えるしかありませんでした。

 お年寄りにお礼を言って別れると、子供達は皆集まって考えてみました。

 ずうっとずうっと考えました。

 そうしているとお母さんがご飯だよと呼びます。子供達は我先にと帰りました。

 そこで一人の子が思ったのです。寝ている子もすっかりお腹を減らせているんじゃないかって。

 それは確かにそうでした。だから次の日子供達は落ち葉を集めて、家からお芋を持ってきて、焚き火で

焼き芋を作る事にしたのです。

 ほくほく焼き芋が嫌いな子供なんていません。これは素敵な贈り物になるでしょう。

 子供達は焼きあがった芋を割って半分ずつ皆で持って、山中に散らばりました。

 そしてそこでじいっと待ちます。

 すると山がちょんと動いた気がしました。

 子供達はじっと待ちます。

 するとまた山がちょんと動きました。

 そうしてちょんちょんちょんと動くようになり、山全体がちょんちょん震えるようになりました。

 子供達は怖くなりましたが、焼き芋を握り締めて我慢します。中には焼き芋を食べてしまう子もいまし

たが、とても美味しかったので仕方ないと思います。

 山はどんどん激しくなって、まるで噴火するみたいになってきました。

 山の上の方が段々盛り上がってきて、そこにぽっかり穴が空いていきます。

 そして最後にドカン! と音がして、何かがくるくる降ってきたのです。

 子供達がおそるおそる見上げると、それはすっかり元気な子供でした。焼き芋を欲しそうに見ています。

 子供達は次々に手に持っていた焼き芋を差し出しました。もう食べていた子は照れ笑いを浮かべて、頭

をかくだけです。

 寝子は嬉しそうに次々と差し出された焼き芋を食べ、最後に山が寝子の代わりにもう一度ドカン! と

やりました。

 寝子はすっきりして微笑み、子供達にお礼を言いました。やっぱりこの子も起きて皆と遊びたかったの

です。大人がもっと早くに起こしてあげればよかったのです。子供は寝かせるだけでは駄目なのです。

 寝子と子供達はそれから沢山沢山遊びました。いつまでもいつまでも遊びました。だから寝子もずうっ

とずうっと寂しくなかったのです。

 そして子供達と一緒に大きくなって、いつしか大人になりました。寝子は山よりも大きな大人になった

のです。

 大きくなった寝子は山を背負って旅に出る事にしました。

 寝子は大人になってもやっぱりまだまだ遊び足りなかったのですけれど、子供も皆大人になってしまっ

ているので、新しい子供友達を作らないといけなくなったのです。

 こうして大きな大きな人の旅が始まりました。それはそれは大きな人の。




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