木枯らし吹く夜


 ツバメがぴーぴー泣きながら必死で歩いております。

 このツバメは浮気性で怠け者、いい加減に頭にきたお嫁さんに、巣から叩き出されてしまったのです。

 その時に羽を散々叩かれたので痛くてとても飛べなくて、慣れない足で必死に歩いているのですが、足

が痛くて痛くて堪りません。

 「ぴーぴー助けて、助けてよう」

 助けを呼びますが、皆お嫁さんが怖いのか、助けようとしません。怒ったお嫁さんはその堅い翼で何度

も何度も叩いてくるので、皆怖がっているのです。

 ですから心では応援しておりますが、物陰からそっと見ているだけなのです。

「速く速く。もう少し歩けばお嫁さんから逃げられるよ」

 そんな風に小さな声でつぶやいて。

 でも皆、本当はそうは思っておりません。

 お嫁さんは誰よりも速く上手く飛べますし、余りにも大きくて強いので、多分この世の果てまで逃げて

も決して逃げられないと思っているのです。

 特に雌ツバメは注意が必要でした。夫ツバメの浮気相手と思われてしまったら、もうおしまいです。泣

いても謝ってもお嫁さんは許してくれません。誤解も何もありません。

 とにかく浮気相手の方が憎いのです。夫よりも相手の方が憎いのです。

 夫ツバメは愛しているから怒っているのですが、浮気相手はただ憎いから怒るのです。

 雄ツバメも注意が必要でした。もし夫の浮気仲間と思われてしまったら、同じくひどい目にあわされて

しまうでしょう。

 この寒い日、ただでさえ外出したくないのに、わざわざ外に出てお嫁さんに憎まれるのではわりにあい

ません。

 こういう訳で助けてあげたくても助けられないのです。

 それに夫ツバメが浮気性というのか、お調子者なのは事実でしたので、誰も弁護できないのでした。

「ぴーぴー寒いよ、凍えちゃう」

 夫ツバメは行く当てもなく、寒空を凍えそうに歩きます。

 このままでは本当に危険ですので、心配した誰かが知恵者ホーホーミミズクさんに相談しに行きました。

 ミミズクさんは眠そうな目で相談事を聞いておりましたが、ふむふむと頷いて。

「裁判じゃ、裁判するのじゃ!」

 突然そんな事を言い出します。

 皆、何の事かさっぱり解りませんでしたが、ミミズクさんが力強く何度も言うのでそんなものかと思い

直し、とにかくツバメをミミズクさんの所に連れて来て、お嫁さんも何とかなだめて連れてきました。

 お嫁さんはいつまでもぷんすか怒っておりましたが、彼女もミミズクさんには世話になった事がありま

したので、ミミズクさんの前では仕方なくだまっておりました。

 ミミズクさんは二匹の間を飛び回り、聞いたり話したり色々しましたが、時折被告人やらいう声が聴こ

えてくる他は、何を言っているのかさっぱり解りません。

 声が小さく、はばたき音がとても大きいので、ミミズクさんの言っている事がまるで解らないのです。

 それでも色々話しているうちにお嫁さんは何だかすっきりしてきたのか、少しずつ力が抜けて、穏やか

な顔になってまいりました。

 その横で夫はいつまでもびくびくしております。たまにミミズクに突かれでもすると、大きく驚いて泣

きそうな顔になりました。

 結局最後には何も言えなくなり、いつものようにお嫁さんのいう事を聞くだけになるのです。

 皆気の毒に思いましたが、ミミズクさんに任せているので、かってな事はできません。

 心の中で応援しながら、とにかく終わるのを待ちました。

「静粛に、静粛に」

 そうしているとそんな声が中から聴こえてきました。

「判決を言い渡します!」

 皆ぴしっと黙って見守ります。

「被告人は有罪。しかし情状酌量の余地あり。従って執行猶予一年とさせていただきます」

 静かに響く声。ミミズクさんはそれらしい顔でそれらしい事を言っているように見えます。

 でも何を言っているのかさっぱり解りません。

 だけど何とか丸く収まったようなので、皆同意の拍手をしました。

 とにかく解決するのは良い事です。何事も解決されなければなりません。どんな事もはっきりしないか

ら、解決されないからもめるのです。もめるのは駄目です。

 どんなものであっても解決すれば取りあえず何かは変わるのです。落ち着くのです。

 お嫁さんも夫ツバメも何も言いませんでした。すっかりその事に満足、諦めているようです。

 そしてツバメはお嫁さんに抱えられるようにして連れて行かれ、そのままずっと家で大人しくしている

事になったのです。

 めでたしめでたし。



 しかしこれに納得いかなかったのが、ツバメの飲み友達のスズメです。

 いくらお嫁さんでもやって良い事と悪い事がある、と言って、ミミズクさんに異議申し立てをしました。

 そして逆にお嫁さんの数々の暴力や迷惑行為を訴えたのです。

 これに腹を立てたお嫁さんは全面対決の姿勢を示しましたが、スズメは頑張って皆の同意を取り付け、

次々に罪状を明らかにしましたので、結局最後には負けてしまいました。

 そうしてお嫁さんも禁固一年の刑を受けたのですが、夫ツバメの罪は変わりません。お嫁さんも悪かっ

たという事が明らかになっただけで、ツバメの罪も罪は罪なのです。

 でも一年の間夫ツバメは大人しく、お嫁さんは木の穴に閉じ込められる事になりましたので、お互いに

冷静になってゆっくりと物事を考える事ができたようです。

 和解の気持ちが芽生えてきました。

 ケンカしても別れないのは、まだお互いに相手を想う心があったからで。もやもやしたわだかまりさえ

落ち着いてしまえば、何だかとても会って話したくなってきたのでした。

 物凄く、ただ会いたいと思うようになったのです。

 こうして判決から半年くらいした頃からツバメがお嫁さんに面会するようになりまして、初めはぎくし

ゃくしていたのですが、少しずつ元の仲良しを取り戻してきました。

 ミミズクさんはこれを聞いて。

「ホー、ホー、ホー」

 と、笑いましたとさ。

 おしまい。




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