三口二口最初の口


 いつの時代もいい加減な人は多いようで。世の中を見渡すと、人が言った事を、さも自分が考えたかの

ように話す方がおられますな。

 盗人猛々しいと申しますか、人というのは手前勝手なものでございます。

 ここに亮一、宗次という二人の男がございまして、まあいわゆる遊び人ですかな。働くでもなく、良い

事をするでもなく、ただただ毎日を楽しく気楽に、良い年して子供のように遊んでおるのでございます。

 ですが、この二人、なかなか耳が利くようで、それに憶えも良い方でして。まあ、色んな事を見聞きし

ては、それを憶えておき。何かの拍子に人へと話し、こう賢しらぶっておるのです。

 それがまた人にうけるのですな。当たり前でございます。何せ人が言ってうけておるのを、二人はその

まま言っておるのですから、初めからうけるのは決まっておるのですな。

 そうして今日も鼻高々と、真昼間から酒を飲みながら、ぐうたら暮しておるのです。真に良いご身分で

ございます。

「おう、知ってるか。酒ってのはな、米から造るらしいぜ」

「馬鹿だなおめえは、米なんてあんな粒々したものが、どうしてこうさらっとなるんだい」

「馬鹿はおめえだよ、このタコ八。ゴマだって搾ればこうさらっとするじゃねえか」

「何言ってんだおめえはよ、ゴマはゴマ、米と一緒にするねえ。それにありゃあ油じゃあねえか、酒とは

ちがわあ」

「やっぱり馬鹿だよ、おめえは。油じゃあねえからゴマじゃねえ。一人でゴマの話してんじゃないよ。初

めから俺ぁ米から造るってんじゃねえか。誰が油の話なんてしてんだよ」

「おっとこいつぁうっかりだ。そう言われて見りゃあ、確かに米はゴマじゃねえ。油も酒じゃあねえ。な

んだ、おめえの言うとおりじゃねえか。こりゃあ癪にさわらあ」

「しゃくでも尺八でも勝手にさわってろ。とにかく酒ぁ米から造るんだよ」

「なんだとてめえ、そんな事誰が決めやがった。酒は芋から造るんだよ。芋焼酎とか言うじゃあねえか。

じゃあ何かい、芋焼酎なのに米から造るのかい。米っていう芋なのかい」

「なにとんちきな事言ってやがる。ほんとにおめえと話すときりがねえ。いいか、焼酎は焼酎だろがよ。

俺の言ってるのは酒でい。焼酎じゃあねえ」

「おっといけねえ、こいつぁまたまたうっかりだ。それでその酒がどうしたい」

「だからおめえ、この酒がな、米だっつってんだろうがよ」

「酒が米だあ、てやんでい。じゃあカジキはマグロかよ」

 まことに他愛無い会話でございます。何の意味も脈絡もないのでございます。その上これでは話してる

んだか何をやってるのやら解りません。

 痺れを切らした亮一が、とうとう癇癪(かんしゃく)起こして出て行ってしまいました。

 残った宗次は仕方なく独りでちびちびやっております。

「まったくあいつも小せえ男だね。で、何だっけ、酒が米とどうだとか・・・・、ああそうそう、酒が米

だって話だこりゃ。じゃあ何かい、お米様を食っちまえば、わざわざ酒も肴もありゃしねえ。こう満腹の

上に気持ちよく酔っ払えるとまあ、こういう事かい。

 なんだおめえ、早く言ってくれよ。今までわざわざ分けて買ってた俺が、馬鹿みてえじゃねえか」

 男は飲み終えると早速米屋に向います。

 どこから出てくるのかは知りませんが、取り合えず金には不自由していないようで、真に羨ましい、い

やいや不届きな野郎でございますな。

「おう、旦那、米くんな」

「いらっしゃいませ、お客様。ですがまことに申し訳ないのですが、ただいま米が売り切れておりまして」

「なにおい、おめえここは米屋だろうが。米が無けりゃあ何屋だって話だよ、こんちきしょうめ」

「ははあ、面白い事を言われますなあ。何故かは知りませんが、ここ最近米だけが飛ぶように売れるので

ございますよ」

「飛ぶようにだって、米に羽がついてるって事かい。こりゃあ初めて聞いた。なら羽の方をよこせやい」

「困ったお客様だ。とにかく米は売り切れ、仕入れるまで暫くお待ち下さいまし。あいすいませんが、お

引取りを」

「おお、なんでいなんでい。客扱いのわりい店だな。まあいいわい、他で買えば良いんだろ」

 宗次は町中の米屋を回りましたが、困った事に米が一粒も売っておりません。

 何処も売り切れ。何故かは知りませんが、ここ数日の間に皆売れてしまったとか。

 米屋は大喜びですが、男は大困り。ぶつぶつ言いながら、仕方なく家へと帰ります。

「おかえり、今日は早かったね」

 家に戻れば女が待っております。金に女と、真にうらやましい生活でございますな。

「早えも遅えもあるかい。どいつもこいつも米米、米米、じゃあ俺の米はどこにあるってんだ」

「なんだい、米をお探しかい。それなら家にもあるわいな」

「こいつぁうっかりしてた。そういや米なんて毎日食ってるじゃねえか」

「まったく、変な人だよ」

 女は妙な顔をしながらも、椀に飯を盛って参ります。炊いたばかりか冷や飯か・・・・・、ああ、どう

やら冷や飯の方ですな。情のない女でございます。

「おう、これでえ、これでえ。こいつが入用なんでえ」

「でもあんた、米なんて今更どうするんだい」

「おう、良く聞きやがったな。この米がな、酒って寸法だよ」

「馬鹿だねえあんた、米が酒になる訳無いじゃあないか」

「馬鹿はおめえだ、このおかめ。酒はな、米から造ってるんだよ。これだから物を知らねえ奴ぁいけねえ。

米は酒、酒は米ってんだよ」

「じゃああれも米っていうのかい。芋焼酎は米っていう芋で出来てるとでも、いうのかい」

「また妙な事言ってやがる。俺は酒の事言ってんだ。焼酎なんて一言も言ってねえじゃあねえか」

「あらいやだ、ごめんなさい。そういや、そう言ってたねえ」

「仕様のないおかめだよ。だからこれを食やあ、満腹になりながら、しかも気持ちよく酔えるって寸法だ

い。まいったか、このおかめが」

「いやだよ、この人は」

 女は呆れながら行きますな。宗次は独りで食べ続けます。しかしこれがまたちっとも酔えません。

 腹が裂けるくらいに食べてみましたが、どうにもこうにもぴくりとも酔えないのです。

 怒った宗次は亮一の家へと乗り込みます。

「てめえ、この野郎! 米食ってもちっとも酔えねえじゃねえか!」

「またおめえか、今度はまた藪から棒に、一体何を言ってやがんでい!」

「てめえが酒は米だって言ったじゃあねえか」

「ああ、言った言った、それがどうしたい」

「だから米食っても酔えねえじゃねえか」

「馬鹿だな、おめえは。おめえの食ったのは飯じゃねえか」

「おう、こいつぁうっかりだ」

「おめえはそればっかだな。とにかく米だ。米が酒なんだよ。飯でも芋でもねえ、米が酒なんだ」

「でもよぉ、その米が売ってねえんだ。俺ぁどうすりゃあ良いんだよ」

「なんだそんな事か。なら、うちの米持ってきな」

「おお、こいつぁありがてえ。じゃあ早速けえって食ってみらあ」

「ああ、達者でな」

 宗次は米袋を抱え、急いで自分の家へと戻ります。

 そうして家に着き、がらりと戸を開けてみると、女が米をぼりぼり食っておりますな。まあ、そりゃあ

そうでしょう。炊いた米もあれば、生の米もあるってもの。

 まことにこの宗次って男はうっかり者でございまして。

 宗次は怒り狂って女へ怒鳴ります。あれですな、八つ当たりって奴でございます。

「何食ってやがんだ、このおかめ!」

「何って、米じゃあないかい」

「何でそんなもん食ってんだって、こっちぁ言ってんでい!」

「何でっておまえさんが言ったんじゃあないかい、米は酒だって。だからあたしもお前さんにあやかろう

と・・・・」

「ふざけた事言いやがって、馬鹿やろう! そりゃあ、俺じゃねえ。俺の爺様がよくしてた話しでい!」

 お後がよろしいようで。


                                                          




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