ころころり


 高く高く積み上げられた石山。風雨にさらされてもびくともせず、大きく大きくそびえ立っております。

 細かく隙間なくびっしり積み上げられた石山は石垣のように堅く、しっかりと立っています。

 そんな石山の上の方に、たった一つだけぐらぐらと揺れている石がありました。この石は別に石山から

離れたい訳ではないのですが、どうしても上手くはまらないのです。

 他の石達は全部それぞれの場所でしっかりかみ合っているのに、この石一つだけがどうしても上手くは

まりません。

 風が吹くと飛ばされそうになり、雨が降ると滑って落ちそうになります。それでも頑張ってしがみつい

ていたのですが、ある時とうとう下まで落ちてしまいました。

 雨風の強い日でしたので地面がぬかるんでおりまして、石は割れずにすみました。その雨風のせいで落

ちる事になったのですが、石は雨風に感謝しました。どうせいつかは落ちるのだから、それなら砕けない

だけ良かったと言いまして。

 ですがそんな風に強がっていても、一人はどうしても寂しいです。心細いです。もし涙が出るのなら、

とうに流していた事でしょう。

 それくらいどうしようもなく困っておりました。

 石山を見上げますが、相変わらずびっちりと積み上がっていて、石一つ外れた程度では全く平気のよう

です。もしかしたらすでに代わりの石がぴったりはまっているのかもしれません。

 石山と一緒になると安心なので、いつでも誰かがぴったりはまってやろうと狙っているのです。だから

例えもう一度這い上がったとしても、元居た場所は他の石でぴったり埋まっているでしょう。

 そして石山は涼しい顔をしてそびえ立つのです。何も感じません。ちゃんとはまる石が来てくれて、喜

んでさえいるのかもしれません。

 今までこの石だけがちゃんとはまってくれないので、石山としてもぴりぴりしていたような気もします。

 それが今はゆったりと安定していますので、代わりは用意されていたのでしょう。きっとそうです。

 石は石山を眺め続け、どうしようもなく悲しくなりましたが、今更どうしようもありません。石は望ま

れて落ちたのです。どれだけ一生懸命しがみついて、どれだけ一生懸命そこに居ようとしても、石山はそ

れを望んでいませんし、迷惑なだけでした。

 石はもう石山を見たくありません。見れば見るほど悲しくなってきます。惨めに<なってきます。終わっ

た事は、いくら思っても考えても、ずっと前に終わっているのです。もう一度始まる事なんて永遠にない

のです。

 しばらくは悲しみで紛れていましたが、それにも慣れてくると、今度はこれからどうしよう、という困

った問題が浮かんできます。

 今まで石山にうまくはまる事だけを考えていましたが、これからは石一個だけで何とかしなくてはなり

ません。

 もし初めから外れていたなら、石山にはまるという目標があったのですが。そこからこぼれてしまった

今の石には、取り敢えず目指すべき目標もありません。

 自分から落ちてくれて喜びこそすれ、誰も気遣ってくれませんし。優しい言葉なんてどこにもありませ

ん。まあ言葉なんて石には通じませんけれど、本当に何も無かったのです。

 ぬかるんだ地面に埋まったまま、石はじっと考えていました。

 それはまるで恥ずかしさから免れようと、地面に隠れているようでもありました。

 でもすぐに誰も何も思わない、という事に気付いて、恥ずかしそうに転がり出ました。この時には雨風

も止んで晴れ、地面も乾いていたので簡単に登る事ができたのです。

 石はとにかく石山の側を離れる事にしました。本当はここにいつまでも居て、何となく石山の事を考え

ながら暮らしていたかったのですが。次から次に石山にはまろうと狙ってくる石達に追われるように、こ

の場を後にするしかなかったのです。

 一度外れたら、もうその側に居る事さえ叶いません。追い払われ、次の石に場所を譲るしかないのです。

そういう場所なのです。

 石は随分転がった後で、ゆっくりと後ろを振り転がりました。

 無数の石達。もう個なんてない石の集まり達が、地面をずらっと埋めています。一つ落ちたから、また

もう一つ二つ落ちるかもしれない、外れるかもしれない、そういう期待を持っているのでしょう。

 でもそんな事はありません。一度はまった石は絶対に落ちる事はないのです。だからずっと待っている

のです。その時を、ありえないその時を。

 落ちた石はそのありえないたった一つの例外でした。まるで落ちる為にあの場所にいたかのように。こ

の地面を埋める石達に、もう二度と起きないだろう希望を与える為にいたかのようです。

 すでに役割は果たしました。その為に生まれてきたのなら、生きる意味を果たしました。そしてそれは

これ以上生きる意味を失くした、という事でもあります。

 別に自分が望んだ訳ではありません。でも例え誰かに一方的に決められた役割でも、それを失うと酷く

寂しくなります。自分でそれを見付けられれば良いのですが、大抵の石はただ漠然と転がっているだけで、

意味なんて持ち得ません。

 だから石山になりたいのでしょうし、皆でがっちりと寄り添い、繋がっていたいのでしょう。例えそれ

が本当はどんな事であったとしても。

 絶対に叶わない希望を求めて群がっている石達。でも石はその石達を笑う事はできませんでした。今の

石から見ると、その石達が酷く楽しそうに見えたからです。

 例えそこに実のある事なんてなくても、本当はそんなものが望みではなくても、ただ皆一緒に騒ぐだけ

であっても、全てから外れ、意味さえ失った今の石よりは数倍ましでした。

 石達には少なくとも向かうものがあるのです。するべき目標があるのです。誰からも同意される、生き

る目標があるのです。窮屈で、なんて素晴らしい事なのでしょう。

 去るべき運命しかない石から見ると、それはとても羨ましい状態でした。

 できるならもう一度あの場所へ、そして皆と一緒に・・・。

 ですが今の石にできるのは、その場所から離れる事だけです。誰からも知られず、誰にも追われないま

ま、忘れ去られるだけの生を、何とかして生きるしかないのです。

 ころりころりと転がりながら、あてもなく、独りきり。

 そんなお話。




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