空白の木


 一本の木。何も言わず立っている。

 いつから居たのか、それとも初めから居たのか、それは解らない。

 一本の木が果てしなく並んで見える。

 ずらりと後ろまで続くその木の列も、しかし後ろに回れば何も無い。

 ただ一つの木。それだけの木。

 見せかけだけの列。

 一つだけの木。鏡が続くように見える木。

 鏡だから所詮は一つ。

 雨も降らず、風も吹かず、緑豊かな葉を実らせ、ただ一本立っている。

 誰が見るのか見ないのか、そんな事は構わない。

 ただそこに在ればいい。

 寂しいとか寂しくないとか、そう言う事も関係ない。

 ただそこに居ればいい。

 他には何も無く。何も無いから、何も考えない。

 思いがあるかどうかも解らない。そんなただ一本の木。

 虚しく見える。

 しかし別に木は何も思わない。

 そこに思うのはただ人の心のみ。

 辛くないかとか、一本ではいけないのではないかとか。

 それはただ人の心、人の思考である。

 木はそんな事は思わない。

 ここならば、他の木に邪魔されず、思いっきり雄々しく立っていられる。

 退屈だとか、他に何も無いだとか、そんな事も関係ない。

 初めからそこに一本在り、そしてその事に疑問の欠片も持たず、また不満も持たない。

 ただそこに居れると言う事。

 それが大事な事である。  木は木であり、人では無い。

 全てに人の心を宿らせる必要も無い。

 言って見れば、人間の感傷などは邪魔である。

 木とすれば、健やかに育てれば良い。

 大きく大きく成長出来れば良い。

 それだけが望み。他に何も要らない。

 ただ大地が在り、天が在り。太陽をいっぱいに浴び。そして時折雨が降る。

 何と言う幸せ、何と言う存在感、何と言う力強さだろう。

 そこに一本だけ立つ奇跡、それは尊いモノだ。

 しかしそう考えるのはあくまで人間のみ。

 木は木である。

 他の何物でも無い。

 ひょっとしたらそう呼ばれる事を嫌っているかも知れないが。

 ともかく木は木であり、木と呼ばれている。

 たまには迫り来る動物を追い返したいと思うかも知れない。

 たまには根っこを抜いて、ほんの少し横の、今より少しだけ日当りの良い場所に移動したいと思うかも

知れない。

 だが、木は木である。

 動かないし、動こうともしない。

 解らないが、木は木だから仕方が無い。

 花を咲かせても、枯れ落ちても、一体何を思うのか、それとも何も思わないのか。

 木は木である。

 一本だけの木。

 しかし尊いと思える木。力強いと思える木。

 木は木である。人ではない。

 ただそこに在る木。

 多分、それが全て。




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