雲上がり


 大きな白い白い雲に手を伸ばし、むんずとつかむ。

 思ったより手応えがあってしっかりした雲だ。

 少し考えたけど、面白くなってそのまま体を引っ張り上げてみた。

 体が浮き、しっかりと上がる。

 面白くなってまた上の雲をむんずとつかみ、更に上がる。

 体は思っていたよりも軽く、ふんわりと上がっていく。

 何度も何度も繰り返していくと高い高い所にきた。

 体もすごく軽くなって、今では自分の方が雲のようだ。

 そこに真っ黒な雲が現れて、お前ももうすぐこうなるんだよ、なんて言う。

 私は腹を立てて殴りつけてやったが、手応えがない。

 というよりも何だか現実感がない。

 不思議に思って手を見てみると、何だか薄くなっているような気がした。

 あるようでないような。まるで私の手の方が雲みたいだ。

 でも上がっていくのは楽しいので、もっともっとと雲をつかんで上がっていく。

 その度に黒い雲だけが増えていき、たくさん笑っているような気がしたが、楽しいのだからしかたがない。

 彼らも楽しいんだろうと思って、腹を立てずにいてやると。

 今度は、お前ももうおしまいだ、俺達と一緒だ。

 なんて言い出すからまた腹が立ってなぐりつけてやると。

 こっちの手の方が雲のようになってもくもくし始めた。

 びっくりして体中をさわって確かめてみると、さわったそばからもくもくしていく。

 あれよあれよという間に真っ白な雲になってしまった。

 でも上がるのは楽しい。もっと上がりたい。

 下がっても元に戻れる保証なんてないのだから、いっそどこまでも上がりたい。

 その心も雲なのかもしれないが、そんな事はどうでも良かった。

 もっともっと上がっていくと、今度は自分の体が黒くなっていくのに気付いた。

 日の光で焦げてしまったのかもしれない。

 周りにももう白いやつなんていない。

 皆、真っ黒だ。焦げている。

 さっきは笑っていた黒雲が、もう止めておけ、それ以上行ったら戻れなくなる。

 なんておびえたような声で話しかけてくる。

 私はさっきと言っている事が違うので腹が立って、もっと上がってやる事にした。

 どんどんどんどん上がる。

 どんどんどんどん上がる。

 もう黒雲の姿すら見えなくなった。

 私はたった一雲、一番上から見下ろす雲になったのだ。

 何だかおかしくなって笑っていると。

 どんどん自分が薄く広く伸ばされていくのが解った。

 もう重さすらなく、軽すぎて空に溶けてしまう。

 少し怖かったがここで止めるのもしゃくなので、もっと上がってもっと薄く広くなった。

 そして私は宇宙になった。

 誰も居ない、誰でも無い、宇宙に。

 私は今も上がり続けている。




EXIT