永遠に暗いトンネル


 暗いトンネル。果てしなく永く、僕は進む。

 皆も進んでいる。誰かと一緒に進んでいる人もいる。

 皆進む、僕も進む。

 手を繋いでいる。仲が良いのか、手を繋いでいる人がいる。

 僕も手を繋いでいる。優しい女の手だ。

 女が転ぶ。顔を向け、僕を見ている。

 でも僕は進む。皆と同じように、僕は進んで行く。

 女を別の男が助けた。その男ももう進まない。女と一緒にそこに止まる。

 僕は止まった彼女らを、皆と一緒に嘲りながら、皆と一緒に進んだ。

 止まったら負けだ。止まる事は恥なのだ。

 止まれば笑われる。だから進むしかない。

 例え誰であっても、止まる事は許されない。

 だから哂って進んで行く。僕は進む。

 初めから、誰も側に居なかった。

 女の方も、きっと、初めから、誰でも良かった。

 だから、進む。進めばいい。

 もう手を繋ぐ必要は無い。

 どちらにも、必要無い。

 次々と誰かが止まる。道が険しいのかもしれない。でも僕は進む。笑いながら進む。

 止まってしまった馬鹿な奴だと、皆と一緒に哂って、そして進む。

 先は果てしなく永い。終わりは見えない。

 こんな所で止まるなんて、まだまだ先は永いのに。

 でも僕は進める、いつまでも進める。

 止まった人を馬鹿にする。馬鹿にする事でもっと進める。

 僕はこいつらとは違う。もっと進める。

 そして進む事で、馬鹿にする権利を得るんだ。多分。

 だから皆こんなに嘲笑うのだろう。僕もまたいつまでも嘲笑う。

 そうでもしないと、力が続かない。

 先は、永い。

 だからもっと進まないと。

 でもその理由は解らない。ただ進まなければならないという想いが浮び、足を止める事を許されない。

 何故馬鹿にするのか、何故そこまでして進まなければならないのか。

 きっと、誰も知らない。

 僕は女と一緒に止まってやるべきだったのか。しかし女は別の男と止まっていた。

 きっと、誰でもそれは良かったんだ。何の意味も無い。

 たまたま僕だっただけだ。それまでが。

 だからいいんだ。騙されていた。騙していたんだ。多分。

 僕が止まる必要は無い。誰でも良いなら、誰かが止まればいい。

 負けた奴から止まるんだ。だから僕は進む。進まなければならない。例え、理由が解らなくとも。

 決して止まってはいけない。いつまでも。

 進まなければならない。僕は。

 先は長い。見える部分だけでも、果てしなく長い。

 何処まで行けば良いのか、そもそも何処へ向っているのかさえ解らない。

 いつまでも、何処かへ進んでいる。

 解らないまま、進んで行く。

 ただ進む。それだけを誰かに命じられているような気がして、僕は進んでいる。

 誰かに。いや、違う。

 僕だ。僕が命じて進んでいる。誰でもない、僕自身が命じているから、僕は進んでいる。

 皆もそうなのだろう。とにかく必死で進んでいる。それは自分の意志としか思えない。

 そして疲れた人から、或いは何か他の理由で、誰かが止まる。そして僕らはその人達を嘲る。

 馬鹿にしなければならない。止まる事は恥なのだ。理由は知らないけれど。

 馬鹿にして、そして進まなければならない。

 僕らはもっと進める。こいつらとは違う。そう思って進み続けないといけない。

 止まる事は恥なんだ。そうでなければいけない。

 でも。

 何でこんな事を考えるんだろう。何も考えず進めばいいのに、何故それに対して疑問が浮ぶのだろう。

 何で理由が欲しいのだろう。

 進まなければ行けない。それで良い筈じゃないか。

 だけど僕自身が、他の理由を欲しがっている。それではない、別の何かを欲しいと思っている。

 でも誰に言われて進んでいる訳じゃない。僕が望んで進んでいるんだ。

 だったらおかしいじゃないか、悩むなんて。自分がしたい事に悩むなんて、おかしいじゃないか。

 進めばいい。止まれば馬鹿にされてしまうんだ。進むしかない。

 いつまでも、どこまでも、進み続けなければならない。

 進むんだ、いつまでも、どこまでも。

 それが何なのか、誰にも解らなくても。

 例え一人になっても。いや、一人になるまで、進み続けなければいけない。

 皆は敵だ。進むのは僕だけでいい。

 ああ、でもそれも何故なんだろう。面倒になってくる。何で他人が敵なんだ。何でそうしないといけな

いんだ。

 何でこうも一々悩むんだろう。ただ進んでいれば良いのに。考えたくないのに。

 ずっと悩んでいる。ずっと、きっと初めから。

 そうだ、僕は悩み続けている。

 でも多分、それは疲れているからだ。疲れてきたから、止まる理由を探している。

 負けてはいけない。進まないといけない。何故かは、知らないけれど。

 止まれば、負けてしまう。


 本当は誰かに聞いてみたい。何故止まってはいけないのか。何故進まないといけないのか。

 でも聞いたら馬鹿にされる。恥ずかしい。だから聞いてはいけない。

 それに、誰も理由を知らなかったら、怖いじゃないか。

 そんな事になったら、今度は止まった奴らに馬鹿にされる。今まで馬鹿にしてきた奴らに、今度は僕が

馬鹿にされる。

 それは嫌だ。だから聞けない。黙って、進み続ければいいんだ。

 聞かずに進んでいれば、ずっと他人を哂っていられる。

 そうすれば、僕が笑われる事は無い。きっと。

 進もう。進まなければ。

 きっと何かが在る筈なんだ。理由が無くて進むなんて事が、ある訳がないんだから。

 だからあるんだ。そこに行けば、きっと何かがある。

 ほら、まだまだ先は永い。永遠に長い。

 あんなに長いのだから、きっとそこには何かがあるんだ。

 そうでないといけない。そうでないと僕が困る。だから何かがあるんだ、ある筈なんだ。

 いつまでも何処までも僕は進んで行く。いつまでも終わりは見えない。

 いつまでも誰かが居る。いつまでも一緒だ。誰も何処にも行かない。

 皆同じ場所を目指している。それがどこかは、誰にも解らないけれど。

 何で同じ方に行こうとするんだろう。他に行けば、僕一人だけなら、こんなに悩まなくて済むのに。い

つまでも一番でいられるのに。

 こいつらがいるから、僕は止まれない。

 止まれ、あっちいけ、さっさと諦めろ、僕だけでいい、僕だけでいいんだ、この先へ行くのは。

 睨み合う。

 同じ事を考えているのかもしれない。だったら負ける訳にはいかない。

 負けは罪だ。恥だ。いつも比べられている。劣る訳にはいかない。その理由を、誰も解らなくても。

 いつまでも永遠に進み続けないといけない。皆が止まるまで、諦めるまで。

 そうすれば、僕が勝ち。一番だ。だから進む。いつまでも進む。そうしないといけない。

 辛くとも、意味が解らなくとも、ずっと進み続ける。

 僕は進み続ける。

 そうしないと、いけない。

 誰も、その理由は、知らないけれど。


 随分減ったと思う。でもまだまだ居る。もう嫌だ。あっち行ってくれ、御願いだから。

 もういい。謝る。謝るから行ってくれ。僕一人にさせてくれよ。御願いだ。御願いだから。

 もう嫌なんだ。いつまで行っても何も無い。先を見ても何も無い。

 皆も気付いているだろ。こんな事をしても何にもならないって。何処まで進んでも何も無いって。

 助けてくれ。誰か助けてよ。

 でも嫌だ。止まれない。止まれば馬鹿にされる。止まれば負けだ。

 もう嫌だよ。でも止まれない。誰か助けて。

 御願いだ。もうこんなのは嫌だ。もう嫌だ。助けて、助けて。


 何かどろっとする。

 進んでいるのだけど、もう進んでいないような。

 何だろう、この気持ち。もう、何も無い。

 空っぽに透けて、全部どこかに逝ってしまったような気がする。

 風になって、いつまでも進んでいるような。

 だから僕は何も無くて、ただ進んでいるような。

 解らないけど、何かどろっとしている。

 きっと溶けてしまったんだ。

 この暗いのに溶けて、そして永遠に長く続くこのトンネルの、一部になって、更に長く伸ばす。

 このどろりとした僕が、このトンネルの材料だ。

 でも、例え溶けてしまっても、進まないといけない。

 どろっとしたまま進んで、そこで、そこでどうなるんだろう。

 解らない。いつまでも、初めから、きっと何一つ、誰も、解らない。

 ただ進んでいる。考える事を、諦めて。

 進む事だけを教えられて。進む事だけ知っていて。後は笑う。嘲笑う。

 そうしてきたのだから、これからもそうしよう。

 そうしたら救われる。全部溶ければ、きっと救われる。

 溶けて無くなれば、馬鹿にされても、哂われても、解らなくなる。

 そうしたら、やっと救われる。

 嬉しい。

 もう進むのは嫌だ。でも馬鹿にされたくない。

 溶ければ、全て終わる。

 ああ、進まないと。進もう。

 もう少しだ。もう少しで終わる。

 進もう。

 溶けてしまおう。

 進もう、溶けるまで。

 早く溶けたい。

 救われたい。


 永遠に続くトンネルは、永遠だから終わりが無い。

 いや、初めから終わりも始まりも無かったのか。

 無意味なトンネル。

 しかしそれは、誰かが進めば進むほど先が創られ、長く伸びる。

 どれだけ行っても、必ず誰かが先に居て、その先に居る人からトンネルになって伸びる。

 一番初めに誰が進み始めたのか、誰がこんな事を勧めだしたのか解らない。

 でも今までもこれからもそれは続く。

 その理由はもう、誰にも解らないのに。

 それとも、理由なんか必要ないのだろうか。

 ただ自分が望むままに進み。嫌でも進み続ける。

 嫌なのに望んでいる。人は進み続ける。いつまでも。

 だからいつまでも先があって、いつまでも続く。

 終わりが無い。終わりは創られ、伸びていく。

 進めば必ず溶かされる。

 だから溶けずに進む事は不可能だ。

 逆に言えば、溶けるからこそ先へ進める。

 溶けたから、先が出来る。

 先へ進めば必ず溶ける。

 終わりを見たいから進むのに、進めば進む程、終わりが伸ばされる。

 そうしてこのトンネルは日々永く長く成長していく。

 人はその為の餌なのだ。

 人は自ら望んで餌になる。

 トンネルにとって、こんなに良い餌は他には居ない。

 人は喰われているのも知らないまま、自分から望んで餌になる。餌になり続ける。

 他人にも餌になる事を強要する。

 そしてトンネルになって皆溶けていく。

 別にトンネルが誘っている訳ではない。

 ただ、誰かが始めた間違いを、いつまでも誰かが真似し続けているだけだ。

 いつまでも繰り返される。

 何もしなくても、餌が勝手にトンネルに入ってくる。

 望んで入ってくる。

 トンネルにも、その理由は解らない。

 何故トンネルがあるのか、それも解らない。

 気付いたら生まれ、そしてただ喰らっているだけ。

 トンネルがそうしたのではない。ただそうなっていた。初めから、そうなっていた。

 誰も、何も、知らない。

 ただ溶ける。溶けたらどうなるか、それも誰も知らない。

 知らない内に溶けて、知らない内にトンネルに喰われている。

 意味なんていらないのかもしれない。

 望むなら、進めばいい。

 好きにすればいい。

 進みたいなら、いつまでも進んで、いつまでも溶ければいい。

 それが望む事。望まれる事。

 助かる方法は止まる事だけ。

 自分で歩む足を、ただ止めればいい。

 それを恥だと思うなら、いつまでも喰われ続ける事だ。

 望んでいるのだから、いつまでも溶けて、喰われればいい。

 そうする事を望むのだから、そうすればいい。

 誰も、何も、知らない。

 それは正当な何かなのか。

 誰にも解らない。

 解る必要も無い。

 ただトンネルが在り。人が止まらぬ限り、トンネルはそこに在り続ける。

 いつまでも。

 いつまでも。

 永劫に。




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