遅れてきたヒーロー


 三十五歳無職。そんな俺に突然の転機。

 手に握るは変身ベルト。誰も疑う事の無い風車の印。これを回せば発電し、その力で俺は変身する。

 無敵のヒーロー、ガッジュマンに。

 そうだ、敵など一人もいやしない。だからこその無敵。

 たまたま地球にやってきたごくごく善良な宇宙人、その名もビークバーン星人。彼らが変わりたいとい

う俺の願いを聞いてくれ、見事に改造された俺は脅威の力を手に入れた。

 これでもう二日酔いもしなければ、居眠り運転もしない、多少でっぱっていたお腹も見事に引っ込んだ

(彼らの好意で)。一人暮らしも寂しくない、空を飛び夜のお供に宇宙も抱ける。

 しかしそこまでだ。ヒーローになる為には悪の秘密結社が必要なのに、そこまでは彼らも用意してくれ

なかった。

 当然だ。善良なビークバーン星人がそんなものを作る訳が無い。

 でも大丈夫。地球にも充分過ぎる程悪い奴らが居る。敵には困らない。

 確かにそうかもしれない。しかし俺一人にこの星はあまりにも広過ぎる。小悪党まで手に負えないし、

大悪党も世界中にいる。

 俺はその全てを知っている訳でもない。

 気にせず全てをぶち壊し、破壊してやればいいのか。

 そうかもしれない。その方が楽だろう。

 しかしそれは正義ではない。俺も一応法治国家に属する人間だ。無法な事はしたくない。

 それに、戦車を片手で捻り潰し、ビルもビームで木っ端微塵、一度飛び立てば最新鋭の戦闘機も遥か彼

方にぶっちぎる。こんな存在怖いじゃないか。

 俺なら恐ろしい。びくびくするね、例え正義を謳(うた)っていても。

 信じさせるにはいつもいかなる時も奉仕するしかない。奉仕し続けて、正義に殉じて、そうしてこそ無

敵のヒーローが真のヒーローになる。

 しかし、しかしだ。

 俺は三十五、下り坂の真っ只中。五十、六十の自分よりは動けるだろうが、いかんせん体力が足りない。

 改造されたのだから平気だろって。それは違う。

 彼らは普段の暮らしに支障が無いように、変身前は改造前と大体同じ状態にしてくれた。病気知らずに

はしてくれたが、普通に疲れるし、体力的な面でいえば三十五無職時と変わらない。まあ、今も無職だが。

 そんな俺に世界中を飛び回って事件を解決しろというのか。それは酷な話だぜ。

 確かにガッジュマンになれば無尽蔵の力を発揮できる。しかし疲れは残る。俺は無限に働ける訳でも、

無限に飛び回れる訳でも、無限にガッジュマンでいられる訳でもない。限界が来れば変身が解ける。そし

てそれは驚くほど早い。

 時間にして十分持てばいい方だ。

 巨大ヒーローよりはエネルギー効率の面から持続できるらしいが、それでももとはひ弱な人間の体。改

造したって高が知れている。俺が改造人間の人間の部分にこだわった為に、そういう所も残ってしまった。

 人間で居続けるというのは、非常に大変な事なのだ。

 だから結局俺は日陰で働くしかない。

 気付かれてはいけない。無敵のヒーローが居るという事実を。

 正体がばれてはいけないという意味ではない。ガッジュマンの存在そのものを知られてはならない。

 この星はヒーロー不在のままでいなくてはならない。

 俺は正義を目指すが、皆の望むような正義は担えない。

 何せ俺は三十五歳無職。いろんな意味でぎりぎりの人間。生活費を稼ぐにも、生きるにもしんどくなる

年代だ。

 若者よ、就職しろ。改造人間になっても、この気まずさは何も解決しない。

 憶えておけ。誰もがレールの上に乗るのは、それが一番楽だからという事を。

 それは最上の道ではないが、最楽な道である、と思われている。そう人から思われている道を歩むとい

うのは、非常に楽な事だ。

 俺を見ろ。三十五歳無職。おまけに頼れる人も居ない。いくらバイトを頑張ってもバイトはバイト、そ

ういう意味でも厳しい年齢だ。

 いつかは正社員に。そんな夢を見た時もあったさ。でもこの始末。人生は思い通りにいかない。

 いつ何をするにしても、遅いなんて事は無い。なんて世間では言っちゃったりもするが、やっぱり遅い

ってのはある。それが身に染みて解る頃には、すでに遅い。

 そうなってからは辛いぞ。もう泣くしかないぞ。

 だから世間の辛さを知っている俺は、この秘密を知られる訳にはいかない。

 ガッジュマンは誰にも知られず、そしてほんの小さな正義っぽい事をやって生きていく。

 それだけがガッジュマン。無敵のヒーロー、ガッジュマン。

 俺の未来はどこにある。




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