まだらの木の根


 一本の長い樹が生えています。それは余りにも長いので遂には天にまで届いてしまい、そのまま雲とし

っかりと繋がってしまいました。

 そしてその樹は丁度いいと思って、雲にも根を張り始めました。こうすれば下の根が枯れても、樹が途

中で折れてしまっても、樹は栄養を吸っていつまでも生き続ける事が出来ます。

 雲に根を張るのには苦労しましたが、生えていた枝を上手く使って、何とか根を張る事が出来ました。

下から見ると普通に枝が生い茂っているように見えますが、しっかりと雲に根付いているのです。

 そんな雲に雷様がやってきました。

 雷様は雲に乗って移動されるのですが、こうして大地と繋がってしまうと、雲を動かす事が出来ません。

うんうん唸って一生懸命動かしても一つも動いてくれないので、不思議に思ってやってきたのです。

「おーらら、こらら、これじゃあもう動かないなあ」

 樹がしっかりと雲に根付いてしまっているので、雷様にもどうしようもありません。

 こうなったらいっそ雷を落として樹をぽきりと折ってしまおうか、とも考えましたが、それでは樹が可

哀想な気もします。折角ここまで長く伸びたのに、折ってしまうのは勿体無い。

 何しろ雷様もこんなに長く高く成長した樹を見るのは初めてだったのです。

「しかたねえや、あきらめよ」

 雷様は別の雲に乗って行く事にされました。

「あばよ、元気でな」

 そしてそう言い残すと、さっと去ってしまったのです。

「なんだい、なんだい、どうしたんだい」

 次に風神様がやってきました。

 いくら風を吹かせても雲が動いてくれないので、心配してやってきたのです。このまま雲が動いてくれ

ないと、渋滞を起こしてしまいます。

「うーらら、そらら、こりゃあもうあかんなあ」

 何とかしようと思って来たのですが、樹がすっかり根付いてしまっているのを見ると、諦めるしかあり

ませんでした。

「困るなあ、困るんだけど、でも、仕方ないよなあ」

 風神様は仕方なくこの雲を避けるようにして新しく風の道を作る事にされて、後はもう風と一緒にどこ

かへ去ってしまいました。

 こうして何とか無事に生き続ける事が出来たのですが、そんな樹にも困った事がありました。

 何しろ上も下も根にしてしまったので、これ以上何処にも伸びる事が出来なくなってしまっていたので

す。上と下がしっかり繋がってしまっているので、体を揺らす事も出来ません。

 樹は悩みましたが、どうする事も出来ません。

「えっちらほっほ、えっちらほっほ」

 そこを小人様が通りかかられました。小人様は毎日一生懸命土の世話をして、上手く木や草が生えて育

つように働いておられるのです。

「もうし、もうし、小人様」

「ややっ、何だか声がするぞ」

「もうし、もうし、小人様」

「やっぱり声だ。さて、どこだろう」

 小人様はきょろきょろと辺りを探されて、やっとこ長く伸びる樹に気が付きました。余りにも長く高く

伸びているので、木だとは思えなかったのです。

「なんだい、なんだい、どうしたい。なんてまあ伸びちまったんだね。ああっ!」

 小人様は樹を見上げ過ぎてすってんころりんひっくり返ってしまいました。

「やあやあ、これは大変なもんだ」

 そしてしきりに感心しております。

「小人様、小人様、助けて下さい。下さいよ」

「ほうほう、何だね、何があったのかね」

 樹は悩んでいる事を全て小人様に打ち明けました。

「それは困ったねえ、困ったねえ」

 小人様はうんうん頷きます。

「じゃあこうしよう。私があの雲の上まで行って、そこに木を植えてあげるよ。だから君はその木を一生

懸命育てれば良いんだ」

 そう言うと小人様はするすると樹を登っていき、軽々と雲の上にまで行きますと、そこに一本の木の苗

を植えました。

 するとその木はするすると根を伸ばし、樹の根にくっ付いて養分を吸い始めたのです。

 初めは折角吸った養分を木の苗に吸われるのが嫌でしたが、不思議な事に段々とそれが嬉しくなってき

ました。木の苗が自分の養分で少しずつ大きく育っていく、その姿がたまらなく嬉しくなってきたのです。

それはまるで自分がもう一人分だけ伸びていくようでした。

 でも木の苗はある程度大きくなると急に枯れてしまいました。多分樹が養分を一度に沢山あげ過ぎたか

らでしょう。養分を貰い過ぎて木の苗は根から腐ってしまっていたのです。

 樹は泣きました。涙を出す事が出来たとしたら、雨を降らせるくらいに泣いていたでしょう。

「やあやあ、どうしたい、どうしたんだね」

 悲しむ樹の前を別の小人様が通りがかられました。

 樹が訳を話しますと。

「そうかい、そうかい。でもな、その木はまだ大丈夫、全部消えた訳じゃないさ」

 小人様はするすると樹を登り、軽々と雲に辿り着きますと、枯れ木に新しい木の苗を植え付けました。

苗の根はまたするすると伸びて、今度は前よりも複雑に樹の根に絡みつきます。

 樹は少し息苦しくなったような気がしましたが、我慢しました。

 すると新しい木の根は前の木の根とくっ付いて、一本の違った木になったのです。

 しかしそれもある程度育つと前の木と同じに腐って枯れてしまいました。今度は樹が養分をあげなさ過

ぎたからです。枯らさないように、枯らさないように、と神経質になり過ぎたせいで、余りにもあげなさ

過ぎたのです。

 樹は悲しみましたが、どうする事もできません。

 するとそこへまた別の小人様が通りがかられて、また同じように違う木の苗を植えてくれました。

 今度は気をつけて気をつけて養分をあげたのですが、あまりに気をつけて甘やかし過ぎたのか、木自体

が弱くなってしまい、枯れてしまいました。

 小人様は地上に沢山居て、その後も通り掛かられた小人様が何度も何度も新しい木の苗を植えてくれた

のですが、どう育ててもやっぱり枯れてしまいます。

「まったく、どうしたんだね」

 あまりにも樹が泣くので心配したのか、上の雲が話しかけてきました。

「ああ、雲さん、雲さん、いつもありがとう。いやね、いくら木の苗を植えてもね、いっつもいっつも枯

れるんです。だから悲しくって悲しくって」

 すると雲は答えます。

「そりゃあいつまでもあんたにくっ付いてたら枯れてしまうよ。自分でちゃんと根を張らないと木は枯れ

てしまうのさ」

「ではどうしたら良いんです」

「あんたの根をちょいとどけてくれれば、私が別の所に運んであげるよ。大丈夫、まだ何とかなるさ」

「ありがとう、ありがとう、雲さん」

 樹は張っていた根を頑張って枯らせて、雲を自由にしてあげました。でも雲に張っていた根を枯らして、

しっかり繋がっていられなくなったので、樹は真ん中からぽきりと折れてしまったのです。沢山苗に養分

をあげたので、樹も随分痩せて弱っていたのです。

 でも雲は一生懸命でそんな事には気付きません。

「よっし、じゃあ久しぶりに飛んでくかな」

 雲は思いっきり飛ぼうとしましたが、もう随分長い間飛んでないので、いつの間にか飛び方を忘れてし

まったようです。頑張っても少しずつしか進みません。それでもどうにかこうにか動かして、少しずつ樹

から離れていきます。

「えいさ、えいさ、えいさっさ」

 かけ声をあげて一生懸命飛びました。

「うーん、もう駄目だ。やっぱり重いな」

 でも少し行くとすぐに止まってしまいます。

 樹の根は枯れてしまいましたが、雲には色んな木の苗が植えられていますから、その根が雲中に張って

しっかりとくっ付き、雲中に根だらけなのでとても重いのです。

 雲はもうしんどくなって、飛ぶのを止めて大地に降りる事にしました。

 そしてゆっくりゆっくりと落ちていき、やがて地面にどさりと降りたのです。

「ふう、ふう、ようやっと、休めるよ。おやすみなさい」

 そこは広くてどこまでも根が張れるようですので、雲は安心して眠りに付き、そしてもう二度と起きる

事はありませんでした。

 大地と初めて出会った、腐っていた根達、腐りかけていた根達は喜びながら一斉に地面へと根を伸ばし

て、新しく大きな根を生やしていきました。全部が一緒に重なりあって、大きく逞しい根に変わってしま

ったのです。

 そして苗達は新しい養分を得て元気を取り戻し、一斉に成長して伸び始め、やがて絡み合って一つの大

きな樹になりました。

 それは長いだけではなく、太くて大きな強い樹でした。

 絡み合う木一本一本の色も違うので、まるで秋の山を一本の樹にしたようにも見えます。

 眠った雲は養分を吸い取られながら少しずつ小さく薄くなり、やがて消えてしまいました。空に居られ

なくなった雲は、いつか消えるしかないのです。

 雲が消えた後には大きなまだらの木の根が見えました。根は雲に張っていたので、雲が消えた分だけ地

上に姿を現したのです。

 それはとても神秘的な光景で、複雑に入り組んだ根が小人様の良い住処になりました。そして小人様が

沢山住まれるようになり、樹の周りに沢山の草木を植えたので、次第に自然が豊かに実るようになり、大

きく広がって、新しい森が誕生しました。

 やがてその森は折れた樹をも包み込み、森を育む為の大事な命に変えました。

 まだらの樹はその森の中心でいつまでも逞しく生き続け、小人様と一緒に沢山の草木を育てたそうです。

 長い樹が残したまだらの樹は、より沢山の命を育んだのです。




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