魔剣


 数多の名刀、妖刀、その中でもこの12本の剣を特に忌み、魔剣、と称している。

 一対の双剣、胎動(タイドウ)と鼓動(コドウ)。

 人の背丈をゆうに越える長剣、夜影(ヨカゲ)。

 円に近い程に反った曲刀、太陰(タイイン)。

 丸太にでも間違いそうな程に厚みのある大剣、仁王(ニオウ)。

 一本の刃から鱗のように刃が生える奇形刀、逆鱗(ゲキリン)。

 針のように細くしなやかで強靭な細剣、鋼糸(コウシ)。

 刃が鋸(のこぎり)のように波打つ削剣、波紋(ハモン)。

 触れたものを全て斬り裂く直刀、流水(リュウスイ)。

 無数の刃を鎖で繋ぎ一本の剣とした鎖剣、連鎖(レンサ)。

 二本の剣を柄で一体化したような双刃刀、氷炎(ヒョウエン)。

 姿形が一切不明という不可思議な幻刀、無尽(ムジン)。

 どれも名立たる名匠の作ではなく。姿形も生まれた時からこのようではなかったと云う。

 本来は無銘の剣、数打ちの太刀として無名の生涯を終える筈だった。しかし当時は鉄が貴重で、どの刃

も壊れるまで何度も敵味方問わず再利用、或いは打ち直され、何度も何度も血を吸わせていた。

 そんな中で幸か不幸か、長い年月を破棄されず、破壊される事なく、延々と血を吸い続けた剣がある。

 それがこの12本の魔剣。打ち直される度に姿を変え、休み無く戦場で使われた為に、いつの間にか人

血が取れぬようになったのか、その刃が赤黒く染まり始めた。

 同時に黒い噂が流れ始める。夜な夜な刃に染み付いた怨念が鬼として化けて出る。持てば怨念に取り付

かれ修羅と化す。人の血に塗れた為に意志が生まれた、或いは邪霊が宿った。などなど取るに足らない噂

である。どこにでもある、つまらない話。

 だが当時の人間にとっては深刻で、それ以上に魅力的な話と映った。

 数え切れぬ戦場を耐え抜き、決して壊れぬ刃。例え折れても何度でも再生し、いずれはその恨みを晴ら

す。それは勝利と永遠の生をもたらす剣であると。

 刃に宿る怨霊とその力を己が物とする為に、これもいつの間にか、所有者は7日7晩の間、己が血をそ

の刃へ捧げ続けるという儀式まで生まれた。

 勿論それだけ血を流して生きていられるはずがない。しかし儀式を終えねば呪いを受ける。

 その問いに答えるべく。家族、恋人、親友、誰でもいい、自分に近しい者の血を、自分の代わりに魔剣

へ捧げるという、恐ろしい儀式へと変貌していくのにも、さほどの時間はかからなかった。

 当然、魔剣には更に黒い噂が流れ。実際に数多の災厄を生み出していく原因ともなる。

 魔剣に意志があるとすれば、その意志に構い無く、魔剣は邪悪なる妖刀の宿命を負ったのである。

 噂も肥大を続け、手に入れれば永遠の生と無限の力が与えられる、と伝えられるようにまでなった。

 初めは子供じみた噂でしかなかったが、大多数の人間がそれを信じる事で、その噂は現実へ変貌する。

 虚実混じった忌わしい剣、それが12本の魔剣。戦と怨念、そして勝利と代償の象徴。それが魔剣。

 人の血と死に塗れた、宿業の込められた剣。 



 しかしそんな事は、一般の人間には大して関係がない。

 少なくともこの男にとってはそうである。

 男は小さな村に生まれ、特に裕福でも貧乏でもない環境で、特に問題もなく無難に育ち。ある程度歳が

経つと、商人を目指すべく町へと出てきた。

 商人と言っても大店の主でも、番頭でもない、ただの旅商。田舎から町へ、町から田舎へと、ただ物を

運ぶだけの、商才も経験も無い、言ってみれば商人というよりは運び屋である。

 取り得といえば逃げ足の速さだけ。働き口も無い村で、いつか飢えるよりはましだと、それだけの考え

で出てきた、大望もやる気も無い、ただ生きるだけ、それだけの男だった。

 世は魔剣をめぐって争い、国家もたかだか一本の鉄塊を得る為だけに、狂ったとしか思えない程の犠牲

を払っている。

 正に魔剣の魔剣たる所以。世界は魔剣に振り回されている。

 だがそんな争いも、一介の商人にとっては、物価の上げ下げを導き出す一つの原因でしかない。

 戦争などさらさら興味は無く。やれ戦だと知れば、一目散に逃げ出す。そういう臆病な、つまりは普通

の人間である男には、何の関係も無いのである。

 魔剣? そんな物は食えもしない、ただのガラクタ。男には何故そんな物を求めるのかが解らない。そ

んな物の為に、何故争うのかが解らない。

 他国が持つと危険だというが。それを奪う為に戦を起こせば、それは本末転倒だろうと男は思う。

 男はのんきだったが、呑気者だからこそ当たり前に解る事もある。

 男は不思議だった。そんな剣一本の為に、国家の威信だの正義だの、平和の為だの全ての人間の為にだ

の、一々戦争の種を作って楽しむ、そういう粗忽者達の考える事なんか、とんと解らない。

 男はそうして解らないまま生き、解らないまま死んだ。

 ただしそれは振り回される生ではなく、男の望んだ生と、その望んだ結末の死である。

 確かに男は様々なものに簡単に流されるが、その行き着く先くらいは知っている。流されたままでは、

いつか溺れるか滝から落ちるか、どちらかしか無い事を知っていた。

 だからちょっとだけ流れを外れた。ほんの少しだけ自力で泳ぎ、その流れから反れた。

 それはほんの少し移動出来たに過ぎなかったが、流れから少しでも反れれば、いずれは岸辺に流れ着く。

何もそこまで必死に泳ぐ事もなかった。待っていれば、ほんのちょっと流れに逆らえば、いずれは岸辺に

流れ着くのである。

 そうして岸辺に横たわり、延々と浮かれながら滝壺へ流れていく人間達を見、そしてその岸辺で男なり

に生きて死んだ。

 生きている間、男はいつも不可解だった。その先に行けば死んでしまうのに。ちょっと泳げばすぐに岸

に上がれて助かるのに。何故いつまでも一人で溺れ行くのだろうかと。

 助かりたくはないのだろうか。命が惜しくはないのだろうか。

 結局その答えは解らなかった。どれだけ年月を経、どれだけ人の世が変わっても、相変わらず人は望ん

で流され、溺れ、或いは滝壺へ落ちて逝ったのだから。

 男は不可解なまま死んだが。しかし例えどれだけ生きたとしても、世の中というヘンテコは、男にとっ

ていつまでも不可解なモノだったろうと思える。

 何故なら、いくら時代背景が変わっても、人のやる事は同じだからである。

 ありもしない力を求め、望んで流れて死んで逝く。

 そこから解る事があるとすれば、人が人を憐れむ気持ちだけだろうか。

 男が何を想って人を眺め続けたのか、それも誰にも解らない。

 そんなお話。


                                                           了




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