まとんが


 まとんがはいつも強く、何者にも屈さない。

 まとんがは情に脆いが、それに負けたりはしない。

 世界に一つだけのまとんが。でもそれは貴重なものではない。

 どこにでもまとんがは居る。誰にでもまとんがは居る。

 心の中には世界中にたった一つだけのまとんがが居る。

 泣きそうな時、挫けそうな時、少し寂しい時。

 まとんがはいつも顔を出す。そしてゆっくりした目で見詰める。

 何かしたいのか、何もしたくないのか、多分まとんがにも解らない。

 でもまとんがはいつも見ている。見続けている。

 まとんがはある日夕焼けを見た。

 それがどんな夕焼けだったのかは思い出せないが、美しい夕焼けだったと思う。

 朝焼けよりも赤くて、夜よりも赤い、そんな素敵な夕焼け。

 でもそれは重要じゃなかった。

 大事なのはその夕暮れに佇む人が居たという事。

 その人は寂しそうな目で沈んでいく光を誘うように追っていた。

 待ち遠しいような、諦めたような、そんな視線を送りながら。

 まとんがはその寂しそうな目が気になった。

 まとんがは情に脆い。とても気になる。

 そんな目をしていられたら放っておけない。

 でもまとんがにできる事は見守る事だけ。

 誰も知らない、誰も気付かない。そんな中で見守るだけ。

 本当は側によって慰(なぐさ)めてあげたい。

 ただ近くに居るだけでもいい。誰かが居れば、その気持ちを分け合う事ができる。

 それができないのだ。

 まとんがはかなしそうに目を伏せ、やがてうっすらと消えてしまった。

 でもまとんがは諦めていない。

 方法を探す。

 たくさん探した。でも見付からない。

 まとんががまとんがである限り、そんなものはどこにもない。そういう決まりだ。

 誰が決めたのか、そんな事はどうでも良い事。

 決まりなのだ。決まっているのだ。

 それでもまとんがは屈さない。

 気付かれなくとも、意味がなくとも、寂しそうな視線の裏、一番近くて遠い場所でじっと見守る。

 いつまでも見守る。

 まとんがは諦めない。

 すっかり日が落ちた後、寂しそうな目の人は気付く事なく去ってしまった。

 まとんがはそれを見送り、居場所を変える事にした。

 見えない。感じ取れない。どこに居ても一緒だろう。

 でも、それでも付いて行きたい。

 そう思うまとんがが居る限り、決してその人は一人ではないのだ。

 例えその事に誰も気付かないとしても。

 まとんがは暗闇の中で眠りたかった。

 役目が終わろうとしている。

 誰が決めたのか、そんな事は知らない。ただ終わる事だけが解るのだ。

 まとんがの終わり、それはまた始まり。

 生まれては死に。存在しては失う。それがこの世の定め。

 誰が決めたのかは知らない。でもそれに従って生きている。

 そして死んでいく。それがいい。それを望み、まとんがもまた望んでいる。

 いや、望んでいた。

 今はもっと別の自分でありたいと願っている。

 もし秘密が暴かれてしまえば、きっとまとんがは消えてしまうだろう。

 でも、それでも知られたいと思う。

 自分の存在を。意味を。気持ちを。

 どうにかして届けたいと思う。

 何もないまま生き続ける事に、何か喜びがあるというのなら、きっとまとんがは涙しただろう。

 実際には何も無い。喜びも悲しみも、まとんがには何も無い。

 だからまとんがと呼ばれている。

 誰に何もできなくても。

 その為のまとんが。

 それが今は悔しい。

 まとんがは消えていく。

 しかしその悲しみもまた消えるだろう。

 まとんがはそれを連れていく。

 どこかに誰かの悲しみを、忘れさせる為に。




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