もげる、もげろ


 私は生きている。まだ生きているのだ。

 確かに死んでいた。一度は死んだ。しかし私は今生きている。

 それなのに何故皆逃げてゆく。何故私から離れていく。

 そんなに私が醜いか。この崩れかかった体が。腐り落ち、今も崩れゆく体がそんなに醜いか。

 確かにそうだ。私の体は醜い。私自身、生きていれば吐き気ももよおしただろうと思う。

 だが私もなりたくてこうなった訳ではない。やむにやまれず、いや被害者なのだ。私は被害者だ。

 誰がゾンビになんぞなりたいと思うだろう。誰がこのような醜い姿になりたいと思うだろう。

 一体どこの誰が死した身体に戻りたいなどと思うのだろうか。生きていた頃、生きていたままの姿に戻

りたいから、私はそれを望んだのだ。

 こんな事になるくらいなら放って置いてくれれば良かった。あのまま永久に眠らせ、そして土に還るの

をそのままにしておいてくれれば良かったのだ。

 それなのに、わざわざ私をこうしたのは君達じゃあないか。何故逃げるのだ。逃げるくらいなら初めか

らしなけばいいものを。

 今の私こそ君らが望んだ奇跡、死者の復活、生命の再生。

 確かに私は復活した。君たちが望むように、そして私が望まぬように。

 事故だったそういうのか。ああ確かにそうだろう。

 しかしその仕打ちはあんまりではないか。

 何故逃げる、逃げていくのだ。ん、何故そんな重い物を持つ。そんな物で私を打とうというのか、この

甦った私を。

 君達はそんな事をする為に私を復活させたのか。何故だ、何故そんな目で見る。

 死者を甦らせたのだ。君たちが私を死者の身体へ甦らせたのだ。

 私は死ぬ前に確かに望んだ。しかし良く考え、もし私の病が考えているよりも深刻であったなら、その

他何か不都合が生まれたなら、この計画は止めるように言ったはずだ。

 それを君たちが無理にやろうとしたのではないか。機会は今しかない。そう言った。君らはそう言った。

 しかし違う。私の為でも機会が無かった訳でもない。単に君達が待てなかっただけだ。私の次の死者を

待つのが嫌だった、それだけではないか。

 いいや、違うとは言わせない。言わせないぞ。

 私がいつ死んだと思う。君達の計算違いなど知った事ではない。予想よりも準備に時間がかかっただの、

やはり早過ぎただの知った事か。

 腐敗した私を、それでも強引に当初の計画通り甦らせたのは君達ではないか。

 それを私が望んだと、そう言うのか。誰が望むものか。私が望んだのは、生きていた当時のままの私で

蘇る事。だれがこんな体を望むものか。こんな崩れた体。腐った体。

 ホラミロ、今も君らを指差す指が、腕が、ぼとりぼとりと腐った肉片となって落ちていく。ああ、もう

すぐ骨も落ちるぞ。もう私の体はそのままに保っていられない。

 君達の責任ではないと言うのなら、何故対処しなかった。防腐処理でも冷凍保存でも何でも良い。方法

ならいくらでもあったではないか。

 何、私が指示しなかったと。当たり前だ。死した私に指示が出来る訳が無い。君達はもう少し頭が働く

と思っていたが、人の言われるまましか出来ないような愚か者だったのか。

 ああ、なんと言う事だ。あれだけ自尊心の高かった。まるで自らが神の代行者になるかのような、その

ような演説を堂々と私に言った君達が。今になってそんな事を言うのか。

 君達は自分の尻は自分で拭けと、そのように教わらなかったのか。

 そのような大人ならば誰でも理解しているような事を、君達はまったくもって身に付けて居ないのか。

 なんという無様さ。なんという愚かしさ。

 私は人選を間違えたようだ。ああ、なんという事か。

 ああ、落ちていく。肉体が落ちていく。

 臭うか。当たり前だ、私は腐っているのだから。腐れば臭う、そんな事も知らないのか。

 おお、そんな物で私を打つか。やはり打つのか。もう一度打つのか。はは、やってみろ、やってみるが

いい。気の済むまで打ってみよ。

 ほら、肉が飛び散るだけだよ。ほら、内臓が飛び出した。中には蝿がいたか、蛆がいたか。当たり前だ。

彼らも私を大地へ還す手助けをしてくれているのだ。それが自然だ。人間も土くれに還るのだ。そして彼

らは私を食べるのだ。

 ふはは、頭をやるか。いいぞ、頭を打て、潰してしまえ。

 頭が砕かれ、脳が飛び出したぞ。良いぞ、良い打ち方だ。スポーツ選手にでもなったら良かったな。だ

が痛みはない、私には痛みも何も無い。

 最早私は神経や肉体で動いているのではないのだよ。私は最早悪霊だ。そうだ、悪霊。

 そうでないのならば、何故私は動いているのか。君達はどう思う。死体がどうやって動いていると思う

のかね。

 背骨もすでに砕け折れ、骨たちも肉と共に落ちている。どうして動いていると思う。どうしてだ。どう

してなのか。

 私も解らない。知らないさ、そんな事は。

 ああ、その目は止めろ。その目を止めろ。

 誰が君達を襲うと言った。襲っているのは君達の方だ。私を襲っている君達の方が人殺しではないか。

 私が君達の死を望むと言うか。人類の死を望むと言うか。

 誰がそんな事を望むものか。私の望む事はただ一つ。滅び、滅びである。

 さあ、私を滅ぼせ。それが私を生み出した君達の責任というものだ。さあ、私を滅ぼせ。

 私をあそこへ帰してくれ!

 何故逃げる。何故離れていく。

 わざわざ滅ぼさなくとも、私は勝手に滅びると言うのか。

 ならば何故、私は今も意識があるのだ。体はすでに死んでいると言うのに。

 ああ、首がもげていく。頬がもげていく。頭が脳が落ちていく。ぼとぼと、ぼとぼとと。何たる音を奏

でるのだ。ああ、嫌だ嫌だ。だれかこの音を止めてくれ。自分が腐り落ちていく音など、誰が聴きたいと

思う。さあ止めろ、私を滅ぼせ。

 何故だ。何故だ。何故逃げていく。

 ああ、一人。私は独りになってしまった。周りには誰も居ない。

 しかし私はもう動けない。死体ですらなく、もうただの腐った肉の塊になってしまった。それでも私は

まだ生きている。

 一体いつ私は還れるのか。死ねるのか。ああ誰か、大人しく眠らせてくれ、私をもう眠らせてくれ。

 私が宿る、私の死体を、誰か、誰か消してくれ。

 私を助けて、助けてくれ。誰か、私を。

 ああ、良かった。私をこの施設ごと吹き飛ばしてくれるのか。自爆させる気なのか。そうか、それなら

いい。私も健やかに滅びる事が出来るだろう。君達も最後の最後で良い判断を下した。

 もうすぐだ。もうすぐだ。

 赤い爆音、私がはぜる。燃えていく。私の体は完全に粉々に破壊され、燃え尽くしてしまった。

 なのに何故だ、何故私は消えない。

 ああ、いつまでここに。私はいつまでここに居れば良いのだろう。

 誰も居ない。誰も来ない。こんな所で私はいつまで待てば良いのか。

 それとも、ここがすでにその場所だったのか。

 私の召される場所であったのか。

 ああ、私は滅びないのか。滅べないのか。

 いつまでも、いつまでも。

 苦痛も喜びも無く、ただ意識だけが取り残されて。

 私は、私と言う存在は、もう。

 私ももげていく。私と言う心ももげていく。

 しかし私はここに永遠に居続ける。決して何処へも逝けない。

 腐れ、燃やされ、土くれとなり、灰となっても、我が肉片が痕跡まで完全に消え去らない限り、きっと

私は消えやしない。そうだ、死体がもう一度死ねる訳が無かった。考えてみれば当たり前の事。

 なんと言う事だ。なんと言う事だろう。

 これが不死というのなら、私は一体何を望んでいたのか。 

 ああ、私はいつまで生き続けねばならないのか・・・・。

 灰となり、大地と融合しても尚、私の意識は消えない。

 永遠に、空を見上げたまま。

 

              

                                                         了




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