もっと上手く


 もっと上手くやれば良いのにと思う。要領の悪い人間に大してではなく、悪知恵の働く人間に対して。

 一般的な方法を嫌い、余計な欲を出して、愚かな自己満足の為、結局は自分自身の人生を損なっている。

自分を賢いと思いながら、望んで見当違いの方向へ進んで行く。

 人には嫌われ、自分にも何も残らない。そんな生き方こそ馬鹿馬鹿しいと思う。

 要領よくと人は言うが、果たして本当にそんなものが良い生き方なのだろうか。人はそんなもので満足

できるものだろうか。

 花の実を取り出す為、包むようにして咲く花びらを一つ一つ剥いていても、ついそんな事を考えてしま

う。そういう意味で私の人生もこういう人間の為に損なわれている。

 考えなければ良いのだが、どうもそういかない。

 何しろすぐ横に居る奴が正にそういう人間なのだ。要領が良いと言われるが、結局損なっている人間。

何も身に付かない人間。要領が良いのではなく、単にそう勘違いしている人間。勘違いされている人間。

 自分は人より優れ、人を上手く使い自分の望みを達し、自分自身は楽をして生きる。そう思い込んでい

る人間。雑でいい加減な人間。

 こいつはいつもこせこせしている。落ち着かず、いつも慌しく、無用に忙しくする事によって、自分が

如何にも懸命に生きているかのように装い、しかしながらその実何もしていない。

 何かをしているが、それは何の意味も持たず、何の役にも立たない。

 確かに一生懸命動き、自分は頭の回転が速く行動の素早い人間です、という尤もらしい顔付きをしてい

るが、そこに何の意義も意味も見出せない。

 まるで鶏がばたばたと羽を広げて走り回っているようなものだ。

 花びら一つ剥けてやしない。

 とにかく多くの人間と交友し、顔の広い人間だと思われたい。しかしそれだけの為の付き合いだから、

誰とも顔見知り程度で、深くは付き合えない。誰一人真面目な関係を結んでおらず、顔見知り程度の付き

合いでしかない。

 そのくせ常に注目を浴びておらねば気が済まず、そうでなければ生きていられない。常に寂しく、満た

されない。当たり前だ。こいつは誰一人としてまともな関係を結べていないのだから。

 鶏頭でばたついている暇があるなら一枚でも花びらを剥けば良いのに、そういう真面目なというか、当

たり前の行動だけはしたくないらしい。いずれは剥かなければならないのに、全部剥かなければ終わらな

いのに、どうしてもそれだけはしたくないらしい。

 そのくせ自分は誰よりも要領よく剥いていると勘違いしている。まだ一枚も剥けていないのに、誰より

も進んでいると考えている。

 何て無意味で馬鹿らしいのだろう。

 一生懸命無意味に動いていた分を、真面目に花びらを剥く事に費やしていたら、今頃は悠々と終わって

いたかもしれないのに。

 まさか遠回りする事に意義を感じているのだろうか。

 解らない。

 こいつは誰よりも効率的で上手い方法をやっている、少なくとも目指していると本気で考えている。

 それなのに一番早く、一番簡単な、だからこそありふれた方法を決して採らない。

 どうもどこかが致命的に間違っているようだ。大事な所がひん曲がってしまっている。

 そう思うと憐れみが浮かんでくる。一番良い方法を馬鹿にして、全く無駄な方法で無意味に有頂天にな

っているこの人間をどうするべきか。勿論、憐れむ他にない。

 だからこいつは人からの同情、憐れみによって何とか生かされている。こいつの愚かさを皆が許すのは、

こいつが誰よりも憐れだからだ。

 勿論こいつ自身はそう思っていない。自分は優れている。頭が良い。だから他の人に尊敬してもらうの

も、好意を寄せられるのも当然だとすら考えている。

 自分が好かれているのではなく、本当は憐れまれているだけだと知ったら、こいつはどう思うのだろう。

 いや、本当はこいつも薄々は感付いているのかもしれない。

 だからいつもこいつの目は死んでいるのだ。こうも全てが胡散臭いのだ。そこに一片の真意も感じられ

ないのだ。

 解っても必死で誤魔化そうとしているその心が、全てに現れ、こいつの全てを損なっている。

 認めて、改善すればすぐに良くなるだろうに。自分を誤魔化しながら、気付かない振りを続けながら、

虚しい生活を続けている。

 それが憐れみで済んでいる間に、改めれば良いのだが。

 そして花びらを剥けばいい。そうすればいつか実が出てくる。

 どんなに丁寧に包まれていても、どんなに花びらの枚数が多くとも、それを剥いていけばいつかは中身

が見えてくる。真実は見えてくる。

 だから今日も花びらを剥く。ただ独りを除いて。

 でもそれも、必要な事なのかもしれない。

 人には人を憐れむ事も、そしてその対象となる愚か者も、必要なのかもしれない。

 こいつは鏡なのだ。

 そんな風に思いながら剥いていると、うっすらと色が見えてきた。

 もうすぐそれが現れるだろう。

 それがどんな形、どんな匂い、どんな味をしているのかは、まだ解らないけれど。




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