腹痛椋鳥


 ある所に真っ白な椋鳥がおりました。

 白くて美しい自分には町が似合ってると考え、とっとことっとこ森から出て来たのですが、何もかも初

めてで右も左も解りません。

 そうして途方にくれながら飛んでいたのですが、いつも食べてる木の実は見付からず、運悪く虫も見付

かりません。仲間は一羽として居らず、たまに鳥を見かければ鴉ばかりで追い立てられるしまつ。いい加

減お腹が空いて堪りません。

 空腹を堪え、何とか木々のある場所まで辿り着き。見れば鳩が人間達から餌をいただいているようでし

たので、これ幸いリャーリャー、キュルキュルと鳴いてみましたが、これが間違いの素。人間達には見向

きもされず、鳩達には餌場を荒らすなとまたもや追い立てられます。

 これはいかんと慌てて飛び立ちましたが、お腹が減って力が入らず、少し先の草むらに何とか隠れてや

り過ごしました。

 でも流石にもう動けません。

 折角町まで出て来たのに、こんな所で自分は死んでしまうのかと、悲嘆にくれたその時、ふと椋鳥の目

に入った物があります。

 何の木の実だか解りませんが、とにかく木の実です。椋鳥はこれこそ天の助けとばかり、良く見もせず

にがっと喰らいました。

 ところが不幸は重なるもので、この木の実には一匹の小さな毛虫が住んでいたのです。良く良く見れば、

木の実に穴があき、誰かが住んで居るのが解るのですが。空腹に耐えかねた椋鳥は気付きません。

 もう勢いよく、ごくんと飲み下してしまいました。

 これで椋鳥は一心地付けたのでありますが、怒ったのがこの毛虫。

 何も悪い事はせず、真面目に静かに生きて来たものを、何故この自分が家ごと食べられてしまわなけれ

ばならないのかと、もう大変な怒りよう。

 仕舞いには椋鳥の胃袋の中で暴れ始めてしまいました。

「あいたたた、あいたたた!」

 これに驚いたのが椋鳥。

 さてはあの木の実は毒持ちかと、慌てて吐き出そうとしましたが、どうにも上手くいきません。

「あいたたた、あいたたた!」

 転げ回って泣いておりますと、何やら腹の中から声が聴こえます。

「こら出せ、そら出せ、うんと出せ」

 椋鳥はたまらず声をかけました。

「誰か知らないけれど、止めておくれ。止めておくれよ」

 すると毛虫が答えます。

「ならば出せ、ここからすぐに出せ」

 解った解ったと椋鳥が吐き出そうとしましたが、何故かどうしても上手くいきません。困った椋鳥は、

毛虫に自分で這い出てくれるように頼みました。

 毛虫も仕方なく頷き。

「こうなったら仕方ない。家は諦めよう」

 椋鳥を逆立ちするかのように口を下にさせて、えっちらおっちら口の方へと向いました。

 ところが何しろ毛虫です。胃袋から喉を這う度に、ちくちく、ちくちくと毛が椋鳥を刺すのです。

「あいたたた、あいたたた!」

 たまらず椋鳥転げ回り、毛虫は努力虚しく、再び胃袋まで落ちてしまいました。

「こらこら、暴れると出れないじゃあないか」

「で、でも、毛虫さんが通るとなにやらちくちくして」

「毛がちくちくするのは仕方がないよ」

「仕方がなくとも、痛いものは痛いのです」

 こうしてどうにもこうにも出来ず、二人して悩んで居ると、そこへ一羽の鴉が通りかかりました。

 暫く不思議そうに眺めておりましたが、興味を抑えられなかったらしく、椋鳥の側に降りて来ます。

「どうかしたのかい」

 椋鳥はわらにもすがる思いで、今までの事をこの鴉に話しました。

 すると鴉は一飛び何処かへ行き、暫くすると何やらクチバシにくわえて戻って来たではありませんか。

「これを口から入れて、毛虫はこれを登ってくればちくちくしまい」

 そう言って椋鳥の口に差し込もうとしますが、椋鳥は怖くて仕方ありません。

「そ、そんな物を入れて大丈夫でしょうか?」

「これはストローと言って、口で使う物。君は知らないだろうけど、人間達は良くこれを喉に入れている。

さあ、君も早く入れなさい」

 椋鳥はこんな物を飲み込みたくはありませんでしたが、あれやこれやとしている間に、鴉に無理矢理口

に入れられてしまいました。

「くるしい、くるしい」

 けれどストローを飲まされた椋鳥はたまりません、今まで以上にばたばたと暴れ初め、それで毛虫が胃

の中をころころと転げ回るものですから、益々ちくちく痛くて、仕舞いには泣き出してしまいました。

 そうして暫く暴れて居ましたが。どこをどうした事か、幸運な事にストローを吐き出す勢いに押されて、

毛虫も一緒にポロっと出て来ました。

「やれ、助かった。やれ助かった」

 毛虫は喜び、鴉につつかれないようにと、そそくさと木陰に逃げて行きました。

 椋鳥はそれから少しの間鳴きながら転がっておりましたが、ようやく痛みが取れたらしく、落ち着いた

様子で立ち上がりました。

「ふう、ふう、酷い目にあった」

 ところがあまりに転げ回ったものですから、美しかった白い毛は汚れて黒くなってしまいました。

「ああ、ああ、何て事だろう。こんな目に遭うなんて」

 椋鳥があまりにも悲しむものですから、見ていた鴉も何だかかわいそうになってしまい。

「まあまあ、そう落ち込まずに。そうだちょっと待ってなさい、良い物がある」

 再び鴉は飛び立ち、今度は何処からか橙色のペンキを持って来ました。

「さあさあ、これで綺麗にしてあげよう」

 しかしペンキの量が少なく、結局足とクチバシしか塗ってあげられません。

 それなのに鴉は一人で満足して、もう飽きたのか椋鳥を放って飛び立ってしまいました。

 残された椋鳥はもう泣くしかありません。

「ああ、ああ、こんな姿になるなんて」

 こんな姿では、恥ずかしくてとても森には帰れません。

 仕方なく街に住む事にしたのですが。これにこりて、椋鳥は人里のあまり人目に付かない所で、こっそ

りと生活するようになったと言う事です。

 そんな話。




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