植木の側に一匹の虫が仰向けに倒れている。

 手足を伸ばし、縮め、最後の時を迎えようとしていた。

 床の上で苦しげに、或いは幻惑に包まれて。

 植木には土がある。おそらくそこまでたどりつきたかったのだろう。床の上で風化してしまうよりも、最

後は土に戻りたい。生まれ出でてきたのと似た場所に帰りたいのだと。

 それは帰巣本能にも似た故郷を焦がれる想い。

 しかしその時の私は特に気にかけるでもなく、眠気に誘われるまま存分に睡眠をとった。

 朝目を覚まし上半身を起こすと、ふと亡骸が目に入った。

 昨夜動いていた手足は縮み、ぴくりとも動かない。

 そして思い出す。

 私は憐れみを覚えた。

 目障りな亡骸を捨てようという気持ちもあったが、ここまできて届かなかった、命をかけてきて報われな

かったという事が、私を酷く理不尽に思わせた。

 この指先程度の虫が、私の心を同情の念で満たさせたのである。

 私はそっとその骸を紙で包み、窓から外へ放り投げた。

 それでどうなる訳でもない。

 埋めてやるでもなく、草むらに置いてやるでもなく、ただ放り捨てた。

 しかしその僅かな想いが、私にその骸を土へ運ばせた。本来ならくずかごにでも捨てるだけのそれを、永

遠に土には戻れないだろうそれを、わざわざ土へ運ばせた。

 何の関係もない、むしろ嫌いで忌むべき虫けらでも、一片の同情心で私を突き動かしたのである。例えほ

んの僅かであったとしても。

 そこにはある種の使命感に似たものがあった事も否定できない。

 人の心は不思議だと、このような時に深く思う。

 それは自己満足でしかないとしても、確かに人を動かす力があるのである。

 不思議なものだ。本当に。




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