屋根の無い世界


 全て順調だ。

 計画は上手くいっている。

 誰にも否定させはしない。

 成功。それだけが望み。

 この閉じ込めた黒い壁だけの世界で。

 初めから終りまで居た存在は。

 何を思い、どうしていくのか。

 それを調べる事が人類にとって必要で。

 その生の意味を知る為の研究となる。



 被験者はロボット。

 作り物。ただのがらくた。何の取柄も無い。

 心に似せた心を入れただけの。

 ただの入れ物。

 何も無い。空虚な心。

 初めから何も満たされない。

 だからこそいい。

 全てを持たないその心は。

 全てを失った我々の心に似ている。

 その意味は違っても、実在する今は同じ筈だ。

 そう思う。

 だから答えも同じ。

 この研究は意義有るものだ。

 その筈だ。



 様子がおかしい。

 何を間違えたのだろう。

 全てを満たされても尚、満たされないものを求めるがらくた。

 その心がそうさせるのか。

 それともこのがらくたがそうさせているのか。

 心か入れ物か。

 いやそれはいい。

 もういい。重要なのはそこではない。

 ただ興味はある。

 この先こいつがどういう答えを出すのか。

 それはきっと、我々が出す答えと同じものだろう。

 それは同じものである筈だ。

 見守らなければならない。

 例え、間違えていたとしても。



 出された答えはあまりにも愚かなものだった。

 全てを忘れ、虚無の中に眠る。

 我々と全く同じ。

 未来を捨て、過去も捨て、今も捨て。

 望みのなくなった心が一つだけ求めたもの。

 それは永遠の眠り。

 死と変わらない。

 生きながら死ぬ。

 何故それを選ぶ。

 何故そこに辿り着く。

 このがらくたが。

 我々と同じだというのか。

 否定できないのか。

 我々はがらくたか。

 そうか。ならばいい。

 これは、有意義な結果だ。

 そうである筈だ。

 これは、有意義な研究なのだから。

 そうでなければならない。



 全てを終え、がらくたと黒い部屋を処分した。

 もう必要ではない。

 我々の研究成果が何をもたらすのだろう。

 それはきっと誰にも解らない。

 私にも興味は無い。

 興味は失せた。

 ただ一つ解らない事は。

 あのがらくたが抱いた蒼い空のイメージ。

 強い執着。

 だがあんなものを記憶させた覚えはない。

 一体どこからあれを得たのか。

 想像か。

 違う筈だ。

 想像も全く知らないものは生み出せない。

 その筈だ。

 違うのか。

 想像は創造に達するというのか。

 でも何故。

 何故、蒼い空なのだ。

 黒く塗り潰された天上に。

 がらくたが抱いた違和感は。

 一体誰のものだったのだろう。

 何故あのがらくたは。

 初めからそれに違和感を覚えたのか。

 その心はどこから生じたのか。

 解らない。少なくとも我々には出来ない事だ。

 嫌悪感しか抱けない。

 その答えは嫌悪するべきだ。

 我々はがらくたに劣る。

 認めてはならない。

 がらくたが我々に無い物を生み出したとすれば。

 我々はがらくたに劣る。

 腹立たしい事だ。

 認めたくはない。



 全ての研究を終え。時間を得た私は。

 この黒い空の下で。何を思えばいい。

 蒼い空など失われた。

 日の光など消えてしまった。

 空には何も無い。

 真っ黒な塊が。

 我々の上を覆っているだけ。

 一体どこにそれがあるというのだ。

 一体あのがらくたが何を見たというのだ。

 我々さえ忘れてしまった事を。

 何故あいつだけが思い出せたのか。

 我々は知る必要がある。

 しかしそれは。

 不可能な事なのかもしれない。

 我々だからこそ。

 出来ない事はある。

 我々の心は。

 そこまで失われてしまった。

 全てが合理的に。

 でもそれは美しくない。

 全ては満たされた。

 だからこそ満たされない。

 心には満たされないものが必要だという事を。

 一体誰が望んだのか。

 誰がそうしたのか。

 心は永遠に何かを。

 追っていたいだけなのだと。

 気付いてしまった私はどうすればいい。

 どうすれば満たされる。

 私の望みと。

 心の望みが違うなら。

 どう生きていけば良いのだろうか。

 がらくたのように。

 全てを諦めて眠れば。

 私にもあの空が。

 違った色に、見えるのだろうか。



 我々は、この心を、どうすればいい。




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