今、その時


 隕石が雨のように降ってくる。もう誰にも止められない。常に響いている轟音にも慣れてしまった。

 誰の目にも希望は映っていない。ただそこにある死だけを見ている。

 そこには何もない。

「・・・・・・あぁ」

 虚ろな目は何をする気力もなく、小さくあえいでは目を伏せる。やけになる力すらなく、せまり来る絶

望の雨の前に、人は須く無力で、等しく絶望している。

 暴動が起きるとか、大騒ぎになるとか、そういう段階はすでに越えていた。それが解った時点で、もう

すぐそこに滅亡が迫っていたのである。何もする事は出来なかった。

 誰の目にもそれは明らかで、誰にも隠す事は出来ず、当たり前のように降ってくる隕石を見ては、諦め

の吐息をもらす。

 一つ一つは大した事はない。どちらかといえば小さな隕石ばかりで、それらが一つ二つ当たろうと、地

表に地球から見れば僅かな穴を穿つのみ。いや、穴とすらいえないかもしれない。地球をほんの少しへこ

ませるだけ。その程度の大きさの隕石。

 しかしそれが数え切れない程降ってくれば話は別だ。地球はこのまま少しずつ削られ、少なくとも地表

に住まう生命は全て死に絶える。何一つ例外はない。全て葬られる。ご丁寧に隙間なく隕石が降り注ぐ計

算である。

「・・・・・あぁ」

 だから人は諦めの吐息をもらす。絶望に浸る。隠れても無意味である事は確かで、核シェルターなども

通用しない。例え耐えられたとしても宇宙に放り出され、放浪の棺桶と化すだろう。

 人が支配している地上と、そしてほんの少しの地下などは全てこの隕石群によって破壊尽くされる。

 誰も助かりはしない。そしてその時は刻一刻と近付き、この間も一秒毎に無数の命が失われている。

 ただ降り注ぐだけの隕石、何の意志もなくただ自然の法則のままに行われるそれは、何よりも無慈悲で、

何者にも抗えない。まさにこれこそが神の力だとでも言わんばかりに、それは絶大であり、絶対である。

 しかしここにただ一人抗おうとする者が居た。

 何に、と言えば解らない。ただただ抗っている。例え圧倒的な脅威であっても、とにかく屈するのだけ

は嫌で、ただそれだけの為に意地になっているかのように、ただ抗う為に抗う。

 この状況を打破しようというのではない。ただ抗う為に抗っている。意味がないとかあるとかではなく、

ただただ抗っている。

 人を救おうだとか、世界を護ろうだとか、そんな気持ちでやっているのではない。

 ただ抗いたくて、全ての人間が絶望する事に我慢がならなくて、滅びの運命に一矢報いてやろうとでも

いうつもりで抗っている。

 何を、といえば、決して諦めない事である。

 とにかく諦めない。最後まで抗う。自分が死ぬだろうもう数分先の未来まで、たったそれだけの時間を

とにかく懸命に何かをしながら、或いは何かをしたというふりをしながら生き抜く。それがたった一人だ

けの戦い。最後の人の戦い。

 もう少し具体的に言うなら、落ちてきた隕石に怒りを込めて石なり瓦礫なりをぶつけ、少しでも破壊し

てやる事。気を晴らす事。

 そんな事をしても意味はない。隕石の強度によっては全く打撃を与えられないという事も考えられるだ

ろう。

 しかしそうでもするしか方法がない。

 この者だって、出来れば隕石を宇宙に打ち返すとか、そういう派手で解り易い解決の仕方をしたい。だ

がそんな事が出来る訳がなく、そんな面白い事が出来たとしたら、人はもっと楽しく生きていられた筈だ。

 でもそんな事は無理だ。だからせめて他の人間のように諦めるのではなく、精一杯の、例え無意味であ

っても、人という種の全ての怒りを、ほんの少しでも隕石に味わわせる事が、唯一の抗う手段なのである。

 人は決してこの運命を素直に受け容れた訳ではない。本当はこの無慈悲な仕打ちに対して怒っているん

だぞ、と訴える事だけが、人に残された最後の手段。

 人だって今まで無慈悲に好き勝手やってきたのだから、今隕石に無慈悲に滅ぼされる事に何の異議があ

るのか、などと言われても関係ない。好き勝手やっていようと、様々なものを慮って生きてこようと、ど

ういう生き方をしても、腹が立つ事には腹が立つし、納得出来ない事は納得しない。

 そこに意味があるとかないとか、自分はどうだとか勝手だとか、そういう事も一切関係ない。ただこの

仕打ちに対する怒り、苛立ちを自分を棚に上げてぶつけるのみである。

 自分が今まで何をやってきたのか、何がしたかったのか、そしてこれから何をしていくつもりだったの

か。そういう事も全く関係ない。ただただ腹立たしく無慈悲な現実めがけ、怒りを投じる。

 何も変わらない事は充分解っている。それでも尚それをする。それ以外には思いつかなかったから。

 それだけの事、それだけの事を生きられる後僅かな時間の間、精一杯にやり続ける。これは何よりも無

意味だが、恐らく今までの全ての人生の中でも、最も人としての意志をもった行動だろう。意志のこもっ

た行動だろう。

 それを見せられれば良い。それだけで満足だ。満足でもしない限り、どうしようもない。

 そして隕石は落ち続ける。終わりの時はもうすぐそこだ。

 人の最後も、いつも通りに終わるのだ。




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