お前はどうなの


 友達の知り合いの友達らと飲みに行った帰り。時刻も遅く、完全に酔っ払ってしまっていた為、出費が

厳しかったけど、仕方なくタクシーを使う事にした。

 男でも夜の一人歩きは物騒だろうし、安全には換えられない。

 飲み屋は街の中心部から離れ、少し落ち着いた場所にあったから、なかなか捉まらなかったものの、数

十分もの格闘の末、何とかタクシーに乗る事が出来た。

 こんな事なら、初めからタクシー会社に電話してタクシーを呼べば良かったと思ったが、もう後の祭り。

何だかんだ言っても、結局タクシー捉まったから良いじゃないかと、自分を慰める事にする。

 やっぱり酔ってるから頭が上手く回らないのか。はたまた元から鈍いだけなのか。

 何にしてもやれやれと席に着き。

「取り合えず、駅までお願いします」

「あいよ」

 タクシーが発車し、ぐんぐんとスピードを上げていく。

 深夜に近いからって、少し上げ過ぎじゃないかと思ったけど、どうも運転手に苦手な雰囲気が漂ってい

たので、そのまま黙っておいた。

 確かスピード違反だと、同乗者も罰金だったような、などと思うが、もう後は祈るしかない。

「あ、あれ?」

 諦め半分でぼんやり窓を眺めていると、スピード云々よりもとある事に気が付いた。

「あのう、駅へはあっちの道じゃなかったですか」

「いやいや、こっちからのが近いのですよ、お客さん」

「・・・・・そうなのですか」

 そう言われれば黙るしかない。自分が道を良く知っていればまだしも、ここ付近に転勤してきたばかり

で、まだほとんど道は知らない。知らない以上、任せるしかなかった。

 辛うじて家から職場までは覚えたけれど、覚えたルートから一歩でも外れようものなら、途端に何も解

らなくなる。

 大体昔から方向やら方角とかを覚えるのが苦手だったんだ。三つ目の曲がり角を右、それから二つ目・

・・とか言われた時点で、頭が真っ白になってしまう。

 その曲がり角ってやつを見逃したらどうなるんだ。細い道だったり、初めて見ると解らない変化だった

りしたら。そりゃ教えてくれる方は良くわかってるから良いけど、こっちとしたら不安極まりない。三つ

だの四つだの言わず、もっと解りやすく説明してくれれば良いんだよ。まったく。

「大丈夫ですか、お客さん。一度止めますかい」

「あ、いいえ。大丈夫です」

 どうやら我知らず独り言を言ってたらしい。ちょっと恥ずかしかったけど、運転手が案外良い人だと解

って、何だかほっとした。

「ん、ここは・・・」

 ほっとした途端、気が抜けてしまったのだろう。どうやら少しばかり眠っていたらしい。

 窓から外を眺めると、丁度トンネルの中を通っているらしかった。

「あれ、トンネル??」

 ちょっと待て、駅の近くにトンネルなんて無かったぞ。どころか、飲み屋に行く時でさえ、そんな物は

一つとして見なかったと思う。

「ちょっと、運転手さん」

 慌てて問い詰めるが、運転手はじっと黙って運転を続けている。

 聴こえないはずはなかったし、さっきまでは何か言えば返事をきちんと返してくれてたのに。

 もしかして居眠り運転かと思えばそうでもない。ちゃんとハンドル操作している姿が、首を伸ばせば目

に入る。

 一体どういうつもりなのだろう。

 わざと道を遠くするのなら聞いた事があるが、それにしても真逆の方向に行く訳はないだろうし。わざ

わざ怪しまれるようにだんまりを続けるだろうか。

 何やらおかしな雰囲気になってきた。もしかしたら強盗の類だろうか。そう言えば、タクシーランプの

ようなアレが付いて無かったような・・・。それに今朝ニュースでそういう事件があったとか何とか、言

ってたような気もしてくる。

「何処行ってんの? ねえ、ちょっとッ!」

 意を決し、運転手の肩を掴むと、どさりと音がした。同時に膝の当りへ重みがかかる

 何だろうと思って頭を振り、酔った視線を定めて見ると・・・・。

「お客さん、一緒にゆっくり逝きましょうや」

 なんと言う事か、運転手の首が自分の膝に乗り、こっちを見ているじゃないか。

 当たり前だけど、前に乗ってる運転手の首は無く、体だけが今までと同じように運転している。まるで

胴体にも目や脳があるみたいだ。

 初めは驚いて声も出なかったけど。見ている内に、怖いと言うよりも、何故だか腹が立ってきた。

「おい、ちゃんと前見て運転しろ!」

「んあ?」

 これには運転手も虚を突かれたらしく、あんぐりと口を開けて、不思議そうにこちらを見返す。ある意

味貴重な体験だったのだろう。

「お前、わしが怖くないのかい」

「何を馬鹿な事を言ってるんだ。前も見ずに運転する馬鹿がどこにいますか。それになんだ、大体が・・

・・えーっとなんだ、そう、お化け、いや違う、幽霊、そう幽霊さんよ。お前怖くないだの何だの聞くけ

れど、あんたはどうなんだ。お前、生きてる人間は怖くないのか?」

「え?」

「だから首なしオヤジが、首ありの俺らが怖くないのかって、そう言ってんだ!」

 そうとう酔いが回ってたから言えたのだと思う。

 しかも首なしじゃあなくて、正確には首だけだろうし。

 それからその首に、説教のようなものまでしてしまった。

「あんたらだって、生きてる頃は頑張ってたはずだろ。それが何で死んだら生きてる人間を脅かそうだな

んて思うんだ。そんなもので何か良い事があるのか、え、幽霊仲間と競争でもしてるのか。それとも脅か

せば脅かす程天国が近くなるのかい。え、良い機会だ、この際俺に言ってみな。え、この首なしめが」

 そして首をむんずと掴み、確か窓を開けて、怒りに任せ思いっきり外へ投げたんだと思う。

「な、何すんだお前、この罰あたりぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ」

 確か首はそんな事を言って飛んでったと思う、多分言ったはず。最後が伸びてるのは、タクシーから遠

ざかって行ったからだろう。どうもこの辺りから記憶がおかしくなってるけど、概ねそんな感じだと思う。

 それを見たのか知ったのか、運転手の体は急ブレーキをかけ、外へと慌てて首を拾いに行った。

 俺はもう運転手には構わず、それから散々悪態だの怒声だの、非常に周りに迷惑な言葉を発していたの

だろうけれども、そこからはもうほとんど覚えていない。

 気が付くと朝日が顔を照らしてて、側には捨てられたのだろう古ぼけたタクシーがあり、辺りを見回す

とどうやら山のふもとにでも居るようだった。

 その日が休日で助かったけど、平日なら完璧に遅刻して大目玉食らってたろう。

 すでに酔いは覚め、思考ははっきりしていた。そしてそれからが大変だった。何しろ見知らぬ場所で、

俺は言ってみれば方向音痴。

 とにかくふもとを一周して、何とか道らしきものを見つけて進み。どこをどう行ったか、思い出すのも

苦痛なくらい歩いた後、最後にはどうにか帰宅できたけれど。あの苦労は一生忘れられない。

 そして、古ぼけたタクシーを離れる際。

「もう生きてる人間には関わらねえ。大人しく成仏した方がましだ」

 という声が聴こえた事も。


                                                               了  




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