旅するオポオポ


 オポオポさんはへんてこな姿。

 埴輪(はにわ)のような質感に、まあるく空いた目口鼻。丸長い体型に、ちょっぴり短いおみ足。卍の

ように曲がった腕を振り上げ、一生懸命歩きます。

 体が硬いので、少し動くだけでも辛いのです。

 エイトコエッホ、エイトコヤッホ、掛け声発して歩きます。気合が要るのです

 道は沢山、どこからでもどこまででも続いています。でもオポオポさんには関係ない。どの道この道構

わずに、ただただ真っ直ぐ進みます。オポオポさんに道は無用、遅いけれどどこでもどこまででも好きに

進めるのでした。

 毎日毎日少しずつ、それでもちゃんと進んでますと、流石にそろそろ疲れてきました。このまま休まず

歩き続けると、ふらふらこけて、欠けてしまうかもしれません。

 オポオポさんは硬いですけど埴輪ですから、ぶつかればガシャンと壊れて欠けてしまうのです。

 欠けてしまうともう大変、きちんと合わせないとくっ付きません。乱暴に付けるとまた壊れてしまいま

すし、もし隙間が残ってたりしたら、そこからスウスウ風が入ってきます。

 体が硬くてあまり動かせませんから、手の届かない場所なんかが欠けてしまうと、それはそれは大変な

事になります。くっ付けようにも手が届きませんから、ほんとにどうしようもないのです。

 欠けたまま放っておくと、風だけでなく、そのうち雨が降れば雨水が溜まってしまって、タップンタッ

プン音がしてしまいます。重くて重くて足が動きません。

 空いた目口鼻から出せば良いのですが、そんな所から出すとオポオポさんも辛いのです。咽(むせ)て

しまうかもしれません。

 だから気をつけて歩きます。固い地面なんかがあったら要注意、こけてしまおうものなら、ガシャガシ

ャガシャンと音がして、見事に見事に欠けてしまいます。もしかしたらバラバラに崩れてしまうかもしれ

ません。それはそれは怖いのです。

 疲れたら休む。オポオポさんはそう決めてます。

「オポオポ、オポオポ」

 オポオポさんはオポオポとしか声が出せません。だから一息ついてもオポオポ、怒ってもオポオポ、困

ってもオポオポと言うのです。

 そのオポオポが何を意味しているのか、それはオポオポさんにしか解りません。

 オポオポさんは地面にごろりと横になり、どうやら日光浴をするみたいです。

 温かい日差しは時に痛いくらい眩しいですけども、目を閉じれば・・・、あ、オポオポさんは空いたま

まですから、目が痛いも痒いもないようでした。日差しは安心みたいです。

 ん、じっとしたまま動きませんね。眠ってしまったのでしょうか。

 オポオポさんも気持ちよく日に当ると、眠くなるみたいです。

「オポオポ、オポオポ」

 寝言でしょうか、小さいけれどはっきりとしたオポオポが聴こえてきました。勿論その意味は解りませ

んけれど。

 太陽がゆっくりとオポオポさんを横切って、ずんずんと降りていきます。日差しも弛んで、少し寒気が

出てきました。オポオポさんも寒いのでしょう。ガタガタと身震いして、むくりと起き上がりました。

「オポオポ・・・」

 あらら、日に焼けたのでしょうか、オポオポさんの体がくっきり赤くなっているではありませんか。元

々赤茶けた色でしたけれど、今は落ちてくお日様のように真っ赤です。

 これは困りました。これでは濃オポオポさんと呼ばないといけません。赤いと言うよりも、むしろ濃い

のですね、これは。

 でも濃オポオポさんは気にしていない様子。そのままエイトコエッホ、エイトコヤッホと歩き出しまし

た。体には何も違和感が無いようです。これならわざわざ濃と付けなくても良いかもしれませんね。安心

しました。

 オポオポさんは道の上、道無き上を区別無く、真っ直ぐ真っ直ぐ遠慮なしに進んで行きます。

 時には道行く人に会ったりもします。道行く動物に会ったりもします。けれどもオポオポさんは構いま

せん。いてもいなくてもエイトコエッホと進んで行きました。

 通りがかった人達は吃驚し、動物たちは逃げていきますけれど、やっぱりオポオポさんは気にしません。

ずんずんと、でもぶつからないようにだけ、気をつけて進んでおります。

 そんな風ですから、例えどんなに気をつけていても・・・・、あ! やりました、やってしまいました。

オポオポさんがずっこけて、丁度腰の辺りがズンガラガシャンと砕けてしまったようです。

 道の切れ目に足をひっかけて、石か何かにぶつけてしまったのです。これは大変、早くしないと腰まで

水が溜まってしまいます。足が水浸しです。水浸しで歩くのは気持ちが悪いのです。早く治さなければ。

 オポオポさんも慌てて手を伸ばそうとします。けれど、ああ、何という事でしょう。手が届きません。

自分の腰なのに、あんなに直角に手が曲がっているせいで、とてもとても届かないのです。

 腰に空いた穴はぽっかり暗くて、見ているだけで眩暈を起こしそう。まるで目が破片でふさがれてしま

ったかのように、何やらごつごつした物が視界を閉ざしてます。ころんだ衝撃で、目もおかしくなってし

まったのでしょうか。

 あ、違いました。本当に破片が目に入っていたようです。下を向いた時にころりと落ちました。

 でも腰の方はこうはいきません。空いた穴からころりと出ても、余計に穴が空くだけでしょう。

 困ります。困っております。

「オポオポ、オポオポ」

 この声なら誰でも解ります。確かにオポオポさんは泣いているのです。

 人間で例えるなら、きっと赤ん坊くらいに泣いていると思います。それくらい悲壮なオポオポ音なので

した。

 オポオポさんは泣きます。いつまでも泣きます。

 その内空がどんより曇り、雨がぽつりぽつりと降り出してきました。けれども、オポオポさんにはどう

にも出来ません。雨が降るのは雨の勝手なのですから。

 腰に空いた穴から、空洞の目口鼻から、雨がどんどん体に流れ込み、足の方から溜まっていきます。

 止まりません。雨は勢いを増して止まりません。

 とうとう腰まで溜まりました。腰からドボドボと水が流れ落ちていきます。オポオポさんは必死に手で

押さえようとしましたが、勿論手は届きません。

 その間もどんどん漏れて、もう垂れ流しでした。

 元々目口鼻が空いていたのだから、初めからこうなる都合だったのかもしれません。でももし穴さえあ

いてなければ、下を向いて入る雨を少なく出来たのです。顔さえ隠せば良かったのです。

 今は腰に穴が空いていますから、塞ぐ事も隠す事も出来ません。どんどん溜まっていきます。防げませ

ん。どうにも出来ません。泣きながら水を溜めるしか無かったのです。

 何と言う悲しい定め。こうして雨水を溜め、砕け口から垂れ流すオポオポ生だなんて、何と悲しいオポ

オポ生でしょうか。何と辛い生き様でしょう。

「オ、オポオポッ」

 しかし垂れ流す自分の体を見ていると、ふとオポオポさんは気付いた事がありました。

 そうしてガシャガシャ、ジャボジャボ起き上がると。

「オポオポッ!」

 自分から片足をぶつけ、丁度つま先の辺りを砕いてしまったのです。

 そうです。これならいくら雨水が溜まっても、足先からそのまま出て行ってくれます。例え側に誰かが

居たとしても、腰から出る水がかかる事は、よほどの水量が無ければありません。

 しかも体に溜まらないから、重くならないのです。

 そして体の上から下まで水が流れる事によって、オポオポさんは体の中まで綺麗に洗われたのでした。

 こうなると逆にもうこれは幸運です。オポオポさんは自動洗い機能が付いたのでした。

 物は考えようというやつですね。砕けても気にしなければ良かったのです。初めから痛みもありません

し、これで今まで通り歩いて行けます。

 こうしてオポオポさんはも一度元気に歩き始めました。勿論、もう砕けなくて済むように、前よりもち

ょっとだけ気をつけながら。いくら痛くないと言っても、穴だらけは恥ずかしいのです。


                                                          了




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