遅出しの王様


「王様は、我侭だー、我侭だァー(半音上げる)」

 という歌にもあるように、この国の王様はとても我侭で負けず嫌い。

 自分が負ける、損する、悪くなる、そう言う事にとても敏感で、いつもピリピリ、ジャキジャキ。

 腹が立つと、いつも持ってるハサミでジャキジャキ。

 思うようにならないと、いつも持ってるハサミでジャキジャキ。

「王様は、我侭だー、我侭だァー(最後のァのみ半音上げる)」

 と毎年合唱されるくらい、とっても困った王様なのです。

 所構わず、何でもジャキジャキするので、国民達は怖くて仕方ありません。

 服をジャキジャキ切り取られたり、売り物をジャキジャキ切り裂かれたり。王様も別に悪さしようとし

ている訳ではなくて、ただ手元にハサミがあるから、ついついそれを使ってしまう訳ですが。そんな事は

国民には関係ありません。

 ジャキジャキ、ピリピリ、王様をとっても恐れて、それ以上に嫌っていました。

 でもそれに納得いかないのが当の王様。何しろ悪く思われるのも我慢できない性格ですから、いつも国

民から慕われてないと、とっても機嫌が悪くなります。

 機嫌が悪くなると、所構わずハサミでジャキジャキ。

 お城だろうと街の中だろうと、どこでもジャキジャキ。

 今日も街に遊びに来ていたのですが、ちょっとした事で機嫌が悪くなり、いつものようにハサミを取り

出しました。

 国民達は我先にと逃げ、切られない様に避難します。

 すると逃げる国民を見て、益々王様は怒ります。

 ジャキジャキ、ジャキジャキ、王様は真っ赤な顔してハサミを振り回しました。

 いつもならこのまま大暴れして、すっきりした所で帰って行くのですが。国民の中にも機転の利く者が

居て、思いつくままとっさに王様の前に出て、握り拳を突き出し。

「王様、ハサミはチョキ。ハサミを出されるのであれば、貴方は負けてしまいますよ」

 と堂々と言った。

 王様は吃驚して、吃驚した拍子に我に還り。

「む、むむう」

 唸った後にハサミを置いて、片手を開いてパーを出しました。

 機転の利く者はさっと平伏し。

「流石王様、参りました」

 その場に居た者達は一斉に拍手。満場の拍手の前に、王様の機嫌も良くなり、それに皆に良く思われた

い王様ですから、こうなってはもう怒れません。

「見事じゃ、お前に褒美を取らせてやる」

 機転の利く者は拳一個分の金を受け取り、褒められて下がりました。

 でも本当は王様はまだちょっと怒っているのを知ってましたので、機転の利く者はその日の内に、ちょ

っと遠くの親類の方へと、逃げて行ってしまいました。

 ともかく、こうしてその場は丸く収まり、皆満足して帰ったのですが。おかしな事に、このせいで困っ

た事が出来てしまいました。

 そう、王様がハサミを出す度に、皆が我先にと拳を突き出すようになったのです。

 王様としても、こうされれば同じように褒め、褒美を出さないといけません。不公平だと思われるのも、

王様は嫌いなのです。

 でもそんな事をしていたら、金がいくらあっても足りません。

 王様の持っているお金は見る間に減って、流石の我侭王様も、このままではいけないと思うようになり

ました。

 そこで仕方なく、王様は我慢する事を覚えて、なるべくハサミを出さないように、国民に怒らないよう

にしていました。

 ところが怒られないと解った国民は段々調子に乗ってきて、前はあれだけ怒られないように怒られない

ようにとビクビクしていたのに、今度は逆に王様を何とかして怒らせよう、ハサミを出させよう、などと

考え始めてしまったのです。

 王様が折角懲りて、大人しくしようと考えたのに、それを喜ぶべきはずの国民が、王様の頑張りを止め

させようとしたのです。

 何だか妙な事になっておりますが、欲に目がくらんだ国民達は、誰もそれを妙とは思いません。

「王様は、金蔓だー、金蔓だァー(大声で、拳を突き上げて)」

 などと意地の悪い替え歌を作る者まで現れ、流石の王様も怒るのを通り越して疲れてしまい、ぐったり

してきました。

 怒ろうにも、もう怒る気力が湧きません。怒れば怒るほどお金が無くなるのです。余計にイライラして

きましたが、怒ると損をするので、王様は何も出来ません。

 損をするくらいなら、イライラしてた方が良いと思う、そんな王様なのです。

 王様は街に出るのも嫌になり、お城に閉じこもるようになりました。

 王様も王様なりに国民が好きで、だから遊びに出かけていたのですが、もう嫌になってきたのです。

 自分が嫌がられていた訳も、何となく解ってきたのですが。だからといって機嫌が直る事はありません。

余計に腹が立つし、イライラするしで、独りで部屋で暴れる事が多くなってきました。

 家臣達は困り果て、このままでは国までおかしな事になってしまうと、例の機転の利く者に助けを願い

ました。

 家臣達もいばりくさっている事が多かったのですが、自分がいざ困ると、途端に弱気になるのです。

 機転の利く者は国の状況を聞いて、これはいけないと思いました。

 だから急いで国に戻り、王様に会わせてくれるよう、お城まで頼みに行ったのです。

「また妙な事になりはすまいか」

 そもそもこの者のせいで、こんな事になったのですから、初めは心配したのですが。でも会わないのも

損な気がしたので、王様はとにかく会ってみる事にしました。

 ここは街ではなく、城の中なので、何があってもおかしな事にはならないだろうと考えたのです。

 機転の利く者は汗まみれの姿で現れ、頭を下げながらたくさんの紙を差し出して、こう言いました。

「王様、今こうなってしまったのも、私が余計な事をした為でございます。私は少しでも王様が考え直し

て下されば良いと思っただけで、こんな状況を望んでいたのではございません。ですから、どんな罰を受

けても構いません。

 でもどうかその前に、私に責任を取らせていただけませんか。私に一つ考えがございます。もし失敗す

れば、いや成功しても、私はどうなろうと構いません。でも一度だけ、一度だけ試していただけないでし

ょうか。このままではこの国は酷い事になってしまいます。

 王様、国民が拳を突き出してきたら、この紙を見せて、こう言うのです」

 その話を聞くと、王様の顔はぱっと明るくなりました。

 今まで疑っていた事も忘れて喜び、何だかこの者が好きになってきます。

「ふむふむ、なるほど、なるほど。天晴れじゃ、褒美を取らそう。罰するなどとんでもない、むしろわし

に仕えてくれぬか」

 しかし機転の利く者は悲しそうに首を振ると、そのまま独りでお城を出て行ってしまいました。それ以

後、その人をこの近辺で見かける事は無くなったそうです。

 王様が罰してくれなかったので、自分自身で罰したのかもしれません。

 機転の利く者が帰った後、王様は嬉々として我慢できず、早速やってみる事にしました。不安もありま

したが、どうせこのままではどうにもならないのです。それなら、ダメで元々、やらないよりは得だろう

と思ったのです。

 この時点で王様は、例の機転の利く者の事など、忘れてしまいました。

 こうして王様は、半分楽しみ半分不安な気持ちのまま、例の紙を持って、前と同じように街に出かけた

のです。

 国民の方では、久しぶりに王様が来るというので、皆待ち構えてまして。あまりの混雑ぶりに整理券が

配られ、立見席、座敷席まで作られ売られる始末。

 お祭のような騒ぎで、誰も彼もが浮かれておりました。

 王様の姿が見えると、我先にと国民が押し寄せ、拳を握って機会を待ちます。目がらんらんと輝き、口

は欲深そうに汚く曲がっておりましたが、鏡が無いので、誰も自分の顔を見る事が出来ません。

 ただ隣あった者同士、お互いがお互いを。

「こいつ、なんて汚い顔しているんだろう」

 などと思うくらいでした。

 王様は汚い顔の大群の中を、我慢して進んで行きましたが。その内痺れを切らした者が居て、どでんと

王様の行列の前に大きな石を投げ、その余りの無礼さに王様は本気で怒ってしまいました。

 でもあまりにも本気で怒ったので、かえって頭の中は冷静になり、機転の利く者が言った言葉が、ゆっ

くりと脳裏に浮かんだのです。

 今しかない。

「無礼なッ!!」

 王様が何か取り出そうとしたのを見て、その場に居たほぼ全ての国民が、一斉に拳を突き上げます。

「王様、ハサミはチョキ!! ハサミを出されるのであれば、貴方は負けてしまいますよ!!!!」

 しかし王様が取り出したのは、ハサミではなくて、沢山の紙でした。そしてその紙を皆にばら撒きなが

ら、王様はこう言います。

「拳はグー、紙はパー、私の一人勝ちだッ!! さあ、無礼な者共、道を開けろ!!」

 それから大きな鏡を、お供の者達がそれぞれ取り出したので敵いません。

 皆醜い自分の顔を見て悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすようにして、逃げ帰ってしまいました。

 

 こうして国民達は反省し、王様もすっきり機嫌を直し、その我侭ぶりは治りませんでしたが、それでも

今までよりもずっと上手く国が治まるようになったと云う事です。 

 

 そんなお話。

                                                            了




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